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夢主の設定
・白河百合(しらかわ ゆり)
・伊黒小芭内の1つ下の幼馴染み
・現パロ 大学生設定
・夢主との恋愛要素は含みません
・おばみつを生温かい目で見守る夢主です
デートに向けて
「百合。頼みがあるんだ」
弁当を幸せそうに頬張る幼馴染みに、俺は頭を下げる。
『んえ、ふぉうふぃふぁお?』
口に入れたまま喋るな……。
まあ俺が話し掛けるタイミングも悪かったが。
お前に好意を抱いている男共が見たらがっかりするぞ。
…いや、これはこれでまた人気を集めるかもしれないな。
ごくん、と口の中のものを飲み込み、大きな瞳をこちらに向ける百合。
『頼みって?』
「…実は、来週、甘露寺と紅葉を見に行く約束をしたんだ」
俺の言葉に、百合が大きな瞳をさらに大きく見開く。
『え!?甘露寺…って、蜜璃先輩と!?』
黙って頷く。
『蜜璃先輩といえば、ダンス部のエースでマドンナじゃない!小芭内、蜜璃先輩と接点あったっけ?』
「1年の時から同じ講義を受けてたからな」
基本的に女性が苦手な自分が気楽に話せる唯一の相手。
それが幼馴染みの白河百合だ。
家が隣で親同士も仲がよく、赤ん坊の頃から兄妹同然に育った。
そして、こんな自分が百合以外の女を好きになった。
甘露寺蜜璃。
同じ大学の同級生で、快活で裏表のない性格で誰にでも優しい。
そして百合が言ったようにダンス部のエースだ。
身体が柔らかく、抜群のスタイルで笑顔を振り撒き踊る姿には一瞬で男も女も心臓を鷲掴みにされてしまう。
1つ年下の百合も甘露寺と仲がいいみたいで、よく彼女の手づくりのスイーツをもらっては、俺に自慢してくる。まあ、その後一緒に食べるまでが一連の流れだが。
『蜜璃先輩と紅葉デートなんて!どっちから誘ったの?』
「………」
『まさか小芭内から!?すごい!小芭内にしては頑張ったんだね!』
「どういう意味だ貴様」
『だって女嫌いな小芭内が…女性を、しかも大学のマドンナを自分からデートに誘うなんて!』
今日はお赤飯炊かなきゃ〜!と嬉しそうに話す百合。
赤飯はやめろ。
『…あ、ごめん。それで、頼みって何?』
「…………当日着て行く服を選んで欲しい……」
目を丸くしてこちらを見てくる。
『まさか小芭内が…自分のファッションを気にする日が来るなんて……』
正直、服なんて着られればどうでもいいと思っている。
流石に式典の時はスーツを着るが、普段の授業の日は上も下も適当に引っ張り出したものを何も考えずに着てきている。
『小芭内…せっかく整った顔立ちなのに服装が壊滅的で勿体ないってみんなが言ってたの、知ってた?まあ、それはそれで一周回って魅力的だとも言われてたけど。やっとちゃんとした格好しようと思ってくれて、私ゃ嬉しいよ…… 』
こいつは自分も可憐な容姿をしている癖に、時々古臭い口調になる。
それがまた彼女の人気の理由のひとつなのだろう。
「…だからこうして頼んでるんだ」
『あ、服装が壊滅的なの自覚してたんだ』
「うるさい」
はいはい、と百合が笑う。
『よし!デートは来週よね?変なファッションの小芭内を絶対格好よくするんだから!今日帰ってから服選びするよ!』
変なファッションとか言うな。傷付くだろ。
内心そう思いながら、 「ああ、頼む」 と返事をして、それぞれ午後の講義へと向かった。
夕方。
講義が終わり、大学の中庭で百合を待っていると、名前も学年も知らない女たちから取り囲まれた。
「伊黒くん、この後暇?ちょっと遊びに行こうよ!」
「映えるスイーツのお店見つけたからさ、一緒に食べに行こ〜!」
「てか、連絡先教えてよ」
「ね、好きなタイプは?よく一緒にいる白河さん…だっけ?付き合ってんの?」
黄色い声でマシンガンのように話し掛けられ、頭がくらくらする。
『おばなーい!お待たせ、帰るよ〜』
聞き慣れた声が聞こえ、心底ほっとする。
『あ、お話中でした?すみません』
「白河さん。伊黒くんと仲いいよね。付き合ってる?」
『え〜!家が隣で兄妹みたいに育った相手と今更恋仲になんて発展しませんよお〜!』
「あ、そうなの?じゃあさ、せっかくだし白河さんも一緒にカラオケでも行こうよ」
「いいね!めっちゃ歌上手いって噂じゃん」
勘弁してくれ。
いくら百合が一緒でも知らない女たちと狭い個室に入るなんて息が詰まる。
断われ。頼むから断ってくれ。
変な汗をかきながら横目で百合を見る。
『楽しそうですね!…でも今から予定があって。この壊滅的なファッションセンスの伊黒小芭内をプロデュースしないといけないんです。せっかく誘ってもらったのにすみません』
おい、壊滅的なファッションセンスとか傷付くんだが。
「ウケる。そうなんだ。じゃあ仕方ないね」
「今の伊黒くんの服装もダサくて面白くて逆にそれがいいけど、格好いいのも見てみたいわ」
「大学にも着せて来てね!」
「楽しみにしてるから〜!」
女たちは遊びの誘いを断られたのにも関わらず、わいわいと楽しそうに去っていった。
相手の意見を否定せず一旦賛同し、具体的な理由を述べて丁重に断わり、誘ってきた相手の好意を受け止め尊重する姿勢。丁寧さと少しのギャグ要素で奴らの気分を害することなく追い払ってくれた百合。
彼女のコミュニケーション能力の高さには毎度頭が下がる。
『さ!帰ろっか』
「ああ、ありがとう。助かった」
俺たちは並んで帰路についた。
(主に百合が)他愛のない話をしながら歩く。
道に植えられたイチョウが大分黄色く姿を変えていた。
『もう直接、小芭内の家に行っていいの?』
「ああ、構わん」
俺たちは伊黒家に帰ってきて早速自室に向かった。
百合に指示され、今の季節の服を片っ端から出してきてベッドに並べる。
そして、まずは一旦、自分がこれがいいと思った服を組み合わせて着てみる。
「いいぞ」
俺が着替えている間、後ろを向いていた百合がこちらに向き直る。
『え…小芭内…それおふざけなしで、本気で選んだんだよね……?』
「ああ、そうだ」
俺の格好を見た百合が頭を抱えた。
『…小芭内……。ストライプの上着に、ズボンはチェック柄なんて見てるほうは目が痛いよ。しかもさ、そのズボン、高校の時の制服だよね?そんで中に着てるヨレヨレのキャラTは何?』
「いや、ストライプは身体のラインがすっきり見えると聞いたことがあるし、チェックはこの秋のトレンドなんだろ?…“抜け感”とかいう言葉もあるし、Tシャツはそれを意識したんだが……」
俺の説明に、百合が更に頭を抱える。
『これは酷い。服に執着ないし適当に着てるの知ってたけど、まさかここまでセンスがないとは……。しかもトレンドだの抜け感だの、そういうワードはいっちょ前に使ってくるし……』
小声でぶつぶつ言ってるが全部聞こえてるぞ。
『…あのね、小芭内。流行りとか抜け感とかを気にするのもいいけど、まずは統一感とか意識したがいいよ。あと、制服のズボン履くなんてナシ』
「そうなのか」
百合は眉間に皺をよせて、俺の全身と、出してある服の数々を交互に眺める。
『大変だ……。この服たちを組み合わせるの、どれも微妙に合わない!』
なんてことだ。
「…どうしたらいい……?」
『買いに行くよ!今から!』
「い、今からか!?」
『当たり前でしょ!こんな格好で蜜璃先輩とのデートに送り出せないよ!』
ちょいちょいグサッとくるな。
仕方ない。服を選んでくれと頼んだのはこちらだ。
百合に着替えさせられた俺は、彼女と一緒に近所の服屋へと急いだ。
ユニグロにやって来た。
手頃な価格で、服の質もいいらしい。
普段自分が着ているのはスーパーの衣料品売り場にあるようなものばかりだったので、どれもとても上等な服に見える。
百合は迷いなくメンズコーナーへと進んでいく。
俺も彼女を追って歩く。
『これ、あとこれ、こっちも!』
「そんなに買うのか??」
『試着するのよ!全部似合いそうだけど実際着てみないと分かんないんだから!』
試着なんて、制服やスーツの採寸でしかしたことないぞ。
俺は試着室に押し込められ、服の入ったカゴを手渡される。
『着たらその都度出てきて見せてね』
こんなたくさんの服をどう組み合わせたらいいんだ、と思ったが、ご丁寧にアウター・トップス・ボトムスまで組み合わせた上で、それぞれのコーディネートに分けてカゴに入れてくれていた。
気が利く奴だな、全く。
百合の選んだ服を着て、その都度彼女に見せる。
上から下までじっくりチェックされ、こっちがいいかも、とか、さっきのジャケットにこれ合わせてみて、とか言われ更に試着の回数を重ねる。
そしてようやくコーディネートが完成した。
『わ!いいじゃん!小芭内、似合ってるよ!』
「そうか?」
『なんかすごくスマートに見える!これなら安心して蜜璃先輩との紅葉デートに行かせられる』
「それはよかった。ありがとな」
会計を済ませて家路につく。
タグを切り、百合に言われネットに入れて洗濯機へ。
服をネットに入れるなんてことも今までしたことがなかった。
一旦洗って乾かして、必要ならアイロンも掛けないといけないので、それを考えて、まだ予定まで数日あるにも関わらず大急ぎで服を買いに行ったようだ。
そして、甘露寺とのデート当日。
朝から百合がやって来て、俺の服装を念入りにチェックする。
百合が選んだ服は二通り買ったが、今日は焦がしたキャラメルのような、黄色みのある濃い茶色のジャケットの中に、臙脂色のタートルネックのカットソーを合わせ、下半身には(デニムに見えない)デニムパンツの組み合わせ。
服が俺の顔色を暗くしないよう、配色にも気を配ってコーディネートが組まれた。
そして、普段は顔を隠すように下ろした髪も、百合のアドバイスで後ろでひとつに結んだ。
『小芭内、すごく格好いいよ!』
「…そうか?……なんか急に緊張してきた…」
『似合ってるから!自身持って』
「…ああ」
『せっかく格好いいんだから今日くらいマスク外したら?』
「いや、マスクはだめだっ!マスクは要る!」
俺の必死の訴えに、
『うーん。…まあいいか。マスクは心のパンツだもんね』
と独特の表現を口にして了承してくれた。
「…そろそろ出ないとだな」
『あ、ほんとだ。小芭内、行ってらっしゃい。楽しんでね!いつも私にしてくれてるみたいに、車道側歩いたり蜜璃先輩の荷物持ったりしてあげてね』
「!…ああ」
俺にとっては習慣化していた行動も、女の百合にとっては嬉しかったようだ。
ぎゅっとハグをする。
これも日常なのでドキドキのドの字もない。
待ち合わせ時間になった。
「伊黒さーん!」
鈴を転がすような明るい声が聞こえ、心臓が早鐘を打つ。
甘露寺は今日も可愛い。一段と可愛い。
ワインレッドのカーディガンの中に、控えめなフリルのついた白いブラウス、焦げ茶色のチェックのスカート。そして頭にはスカートのより少し柔らかい色のベレー帽。
「!!…伊黒さん、今日の服装とっても素敵!」
「…っ。あ、ああ。ありがとう。……その、甘露寺も…いつにも増して可愛いよ……」
精一杯の勇気を掻き集めて想い人の服装を褒める。
これも百合に言われたことだ。
俺がデートに向けて服を揃えたりするのと同じように、相手も何日も前から服を選んだり当日も可愛くメイクをしてくるのだから、ちゃんと相手の努力を汲んで素直に褒めるべきだと。
「伊黒さん、いつもの不思議なファッションも可愛いけど、今日の服装もすごく似合ってるわ!ドキドキしちゃう!」
ドキドキしてるのか?甘露寺が?俺に?
「…ありがとう。実は、自分はファッションのこと全く分からなくてな。幼馴染みに選んでもらったんだ」
『えっ!そうなの?…もしかして、百合ちゃん?』
「!…ああ、そうだ」
『あの…実は…私も百合ちゃんにお洋服選びに付き合ってもらったの……』
顔を真っ赤にして甘露寺が言う。
そうだったのか!?
「その…伊黒さんはこういうのが好きって教えてくれて……」
ドンピシャだ。
まあ、何を着ていても甘露寺は可愛いんだがな。
「そうなのか。…よく見たら、俺たちの服装、少し似てるな」
「あ!ほんとね。私の帽子とスカートと、伊黒さんのジャケットが似たような茶色で、私のカーディガンと伊黒さんのトップスも近い色ね!……これ、リンクコーデっていうのよね」
「りんくこーで?」
耳馴染みのないワードだ。
「そう。がっつりお揃いじゃなくて、色とか柄を合わせたり、素材を合わせたりするの。…百合ちゃん、ここまで考えてくれてたのね」
甘露寺と、りんくこーで。
何ていい響きなんだ。
「…行こうか」
俺が恐る恐る手を差し伸べると、
「うん!」
甘露寺は花が咲いたように笑って俺の手を握り返してくれた。
嬉しくて昇天しそうだ。
俺たちは手を繋いで(←ここ重要)赤く色づいた紅葉を見て回った。
終わり