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◻︎橋
「この橋はね、私は渡ってはいけない橋なんです」
どこか遠くを見るように、里子は話し始めた。
この橋は長さが15メートルほどの、どちらかというと小さめの橋だ。
住んでいる人には生活のために必要で、毎日通る人もいるはず。
「どうしてですか?何かあるんですか?」
同じ橋でも、そこを通る人にはそれぞれ意味があるんだろうなということはわかる。
でも渡れない橋なんてどういうことだろう。
私の質問に、少しはにかんだような笑みを見せる里子。
「昔、そうね、30年くらい前だったかしら?ある人と誰にも言えない恋をしてしまってね。私は橋のこちら側に住んでいて、その人はそちら側の人でした」
そう言って橋の東西をそれぞれ指した。
「まるで七夕みたいですね、川を挟んでの恋なんて」
「もうその時は40になろうとしてたから、だいぶくたびれた織姫てましたけどね。お互いに家庭があったから不倫。不倫が悪いことだってわかっていた、けれどどうしても気持ちを抑えることができなくて。だから誰にも知られないように、完璧に隠して20年ほど続きました」
「20年?そんなに続くなんて、もうそれはある意味、純愛みたいですね」
里子の話を聞きながら、私は隣に佇む雪平さんを見た。
私もこれからずっと、たとえば20年とか続いていくのかな?と。
雪平さんは穏やかに話を聞いている。
「純愛?そんなに綺麗なものじゃない時もあっりました。人間だから卑怯な場面もあったし悔しくて泣いてしまうことも。でも、私たちはずっとこのままで続けていけると信じていた。それほどお互いを想う気持ちは強かった…」
橋の欄干から川面を見つめる里子の目には、好きだった人が映っているような気がした。
「30年前に出会って20年続いたということは、10年前に?」
雪平さんが里子に切り出す。
「そう…ある日突然だった…」
雪平さんの方に向き直る里子。
「体調が思わしくない、もう君を抱けない、毎日生きてるだけでツラいんだと、あの人から言われました」
「何かの病気ですか?」
「男性にもあるそうですね?更年期というやつです」
「更年期…」
私は自分の体調のことも考えた。以前汗が噴き出したこと以外には思い当たることはなかった。
___男性にも?
思わず雪平さんを見る。
「聞いたことがあります。僕の知り合いにもそんな症状に苦しんでる人がいますし。とてもツラいそうですね」
「…そうみたいです。でも、ショックでした…20年もお互いだけを見てあんなに愛し合っていたのに、会うことの方がツラいと言われてしまうなんて。あの積み重ねた愛しい瞬間はなんだったのだろうって悲しみよりも虚しくなりました。私も多少そんな症状がありましたが、私はあの人と会えたらそれでよくなっていたから」
「それが終わりだったんですか?」
「そう。いっそのことね、お前のことが嫌いになった!そう言われた方がずっと気が楽だと思ってるんですけどね」
その里子の言い方に、まだその人のことが好きで忘れられないんだろうなと感じた。