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68 - 第68話 里子の電話の話

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2025年03月29日

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◻︎里子の思い出話し



「あら、私ってばこんなつまらない話、見ず知らずの人にツラツラしゃべってしまうなんて。ごめんなさいね、こんな所におとめして」


ふと我に返ったようで照れ臭そうに顔を覆う里子は、可愛らしい。

それは年齢を重ねたから感じられる可愛さのようなものだ。

誰かを好きになることに、年齢なんて関係ない。



「いいんです、急いでないし。なんだか素敵なお話を聞かせてもらったみたいで」

「もう、嫌だわ、おばあちゃんの思い出話なんだから忘れてくださいな」

「そんなこと言わずに。もしよろしかったらその…さっきの電話の話もお聞きしたいです」


男性側の病気のせいで終わりになったことはわかったけど、それがさっきの電話につながるのがわからない。


「すみませんね、この女性は小説を書いていてそのせいかいろんなことに興味津々なんですよ。嫌でなければ、聞かせてください」


雪平さんが私のことを小説家のように説明してしまって、私は慌てた。


「小説なんて、ちょっと趣味で書いてるだけですから」

「あら、じゃあ…小説のネタになったりするかしら?」

「というより、ただ、なんとなく知りたくて」


雪平さんも同じ気持ちなのかもしれない。

この年齢だからこそ、別れの原因が病気のこともある。

事故だってことも。


「じゃあ、聞いていただけますか?」

「はい」


里子は橋の反対側を見ながら、ゆっくり記憶を辿るように話し始めた。


「私とあの人の最初の出会いは、学生の頃でした。私が大学、あの人は高校生でした。最初に出会った時からなんとなく惹かれるものがあったのですが、あの人は知り合いの弟だったので深く入り込めませんでした。

そのまま何年も過ぎて、40になる頃に偶然再会したんです」


過ぎてしまった遠い日を辿るように、一息つく。


「その頃にはそれぞれ家族があったのに、深く愛し合うようになるのに時間はかからなかった。二人だけで睦み合う時だけはあの人は私のもので私はあの人のものだった。とても深く愛してしまったから、誰にも邪魔されたくなくて。私たちは誰にも知られないように細心の注意を払って、完璧に隠し通していた。あの日、あの人から別れを切り出されるまでは」


里子とその恋人は、とても濃密な時間を過ごしたのだろうと、想像できる。

思い出を話しながら、里子の瞳は潤んでいた。


「もう会えないと言われた時は、悲しいよりも悔しくて腹が立った。まさか病気に負けるなんて。その時にすぐに連絡先も消したのに、何度も目にした番号は忘れることができなくて。何度も電話をしてしまいそうになって、苦しくて。それは10年近くたった今でも」


「苦しいですね、それは…」


「あの日からここへは絶対来ることはありませんでした。でも、何故か今日は来てしまって。ぼんやり川を眺めていたら、さっき電話が鳴ったんです、懐かしい番号から。夢かと思って、なかなか出ることができなくて。手が震えて」


「もしかして願いが通じたのでは?」


「あの人は“すまん、間違えた”って。私は慌てて体調はどうなの?と聞きました。そしたら“だいぶ良くなった”って。“私がそばにいたらそっと癒してあげたのに残念ね”って言っておきました。あの人には奥様がいるから私なんて必要ないんですけどね。

最後に“じゃあ、また”って言ってくれて。多分昔の癖だと思うんだけど、それがホントに夢みたいで」




じゃあ、また…か。

次もまた同じように会えると信じてる言い方だ。


「もしかして、また、があるんじゃないですか?きっと間違い電話なんかじゃなくて、声が聞きたかったんだと思いますよ」


なんとなく、里子とその人がもう一度会えたらいいなと思った。気持ちが離れたからじゃなくて、病気で会えなくなったのなら、その病気がよくなればまた昔のようになる、そんな気がした…のだけど。


「また、は、ないです」

「どうしてですか?ずっと会いたかったのでは?」

「はい、ずっと会いたかったんです、会えないと思ってたから。でもこうやって電話で話してみたら、もう会うことはできないと思いました。10年は長過ぎました。あの頃とは変わってしまったんです私。もしも叶うなら10年前のままで会いたい。こんな年寄になってしまっては、いまさら会えません。あの人が元気だということがわかれば、それでいいと気付きました」


わかる気もする。女はいくつになっても女でいたい生き物だ。

里子は自分には女としての魅力がなくなったと思い込んでいるのだろう。

決してそんなことはないのだけど、思い出の中の自分と今の自分を比べているに違いない。


「橋を、越えないんですか?」


雪平さんがが訊く。


「もしも…もしも橋を越えてしまったら、今度こそ私はあの人と離れることができなくなってしまいそうで怖いんです。いまなら、年をとってしまったからと諦めがつくので、このままでいいんです」

「諦めなければいけないんですか?それはやはり誰にも認められない関係だから?」


里子は、その質問には答えず黙ってしまった。


「あの、ごめんなさい。勝手に里子さんの人生に口を挟んでしまって」


分かりきったことを訊いている自分が、恥ずかしくなった。

いつかは終わりが来るし、終わらせなければいけない関係なんだとわかっているはずなのに。

自分と雪平さんのことを重ねてしまって、終わりが来ることを認めたくなくなっている。


「私は、もう一人なのでなにもしがらみはありません。でもあの人には家族があります」

「里子さんは、お一人なんですか?」

「はい、60になった年に離婚しました。あの人とはもう終わってましたが、そのせいか夫との生活を続けるのが苦しくなってしまいまして。おかしな話ですよね?不倫していることで引け目を感じて、それまでは夫の嫌なところも見えなくなっていたんですから。あの人とのことが終わった途端、夫とも続けていくことができなくなりました」


「そうでしたか。でもそれはなんとなく理解できます。僕もそういうこところはありますから」

「雪平さんも?」


私は驚いた。

奥さんとは仲良しだと聞いていたから、雪平さんのその答えは思いもよらなかった。


「うちの場合は、奥さんが何年か前に心を病んでしまってね。よくわからないけど…色々うまくいかないことは全て僕のせいだと言われるようになって。でもこうやって、家庭から離れたところでもう一人の自分の時間があることで、奥さんからの理不尽な言葉も受け止めることができるようになった…なんて、こんな話、美和子さんにしてはいけませんね」


雪平さんは、申し訳なさそうに私を見た。









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