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ゆうき あきや
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#心理描写重視
第148話:物理法則のバグ。神獣の絶対冷気空間と、熱画像カメラを持った映画監督
秋の気配が近づいていたはずの十勝地方を、季節外れの猛烈な「フェーン現象」が襲っていた。
午前中だというのに、外気温はまたたく間に三十五度を突破。遮るもののない広大な畑の向こうには、ゆらゆらと濃厚な陽炎が立ち上っている。
古民家の庭に駐車された都会のロケ車は、強烈な直射日光を浴びてボンネットで目玉焼きが焼けそうなほどに熱せられていた。
「あ、暑い……。お兄さん、本当に死んじゃいます……。十勝の残暑って、こんなに暴力的だったんですか……」
いつもの夏服の襟元をパタパタと扇ぎながら、小春ちゃんが縁側で行き倒れたようにつぶやいた。
前話で巨大ヒグマのベアハグによって完全に脳をメルトされ、すっかり牙を抜かれたはずの都会のシニカル監督・黒岩徹は、今日もいまだに古民家の庭に居座っていた。
彼は無精髭の生えた顔を限界までだらしなく歪め、業務用カメラのバッテリーの熱と戦いながら、死にそうな声を出す。
「ハァ、ハァ……。東京のコンクリートジャングルも地獄だが、この遮蔽物のない大自然の直射日光は……生命の危機を感じるな。おい、カメラマン、熱中症で倒れる前に、あのヤラセのクマの皮膚温度を測っておけ……」
黒岩監督の指示を受け、フラフラのカメラマンが操作を始めたのは、高級三脚に据え付けられた『プロ仕様の超大型サーモグラフィ(熱画像カメラ)』だった。
彼らがレンズを向けた先、縁側の傍らでは、体長三メートルの巨大ヒグマが「グルォォ……(暑くて溶けるぜ)」と仰向けになり、文字通り毛皮のクッションと化していた。
サーモグラフィのモニターに映るヒグマの体表温度は、真っ赤を通り越して「白色(危険領域)」を示している。
キタキツネのコン吉とコン次郎も、タライに入れた氷水を交互に舐めながら、長い舌をだらりと垂らして伸びていた。
みんなが猛暑の暴力に平伏する中、特等席である座布団の上で、純白の神獣シロ様がスッと高貴に身を起こした。
『ミャウ(まったく、不甲斐ない人間たちね。少し涼しくしてあげるわ)』
シロ様が、神秘的な『オッドアイ』の瞳――左目のサファイアブルーと右目の琥珀色――を美しく輝かせ、ちいさな肉球をポン、と畳の上に突いた。
その瞬間、地鳴りのような音もなく、プラチナ色の淡い光の粒子が、縁側をぐるりと取り囲むようにしてカーテン状に広がった。
それは、あらゆる物理的攻撃を遮断するシロ様の無敵の能力――『絶対防壁』の応用だった。
彼女はその障壁の内部の熱運動を、神獣の権能によって分子レベルで強制停止(冷却)させたのだ。
フワァァァァァァァッ……!!
「え……っ? 冷たい……!?」
小春ちゃんが、驚愕して目をカッと見開いた。
次の瞬間、古民家の縁側の周囲だけが、まるで日本の最高峰の避暑地――盛夏の『軽井沢の高原』のような、室温二十二度、湿度四十パーセントの、信じられないほど爽やかで涼しい気候へと一瞬にして変貌を遂げたのだ。
ひんやりとした心地よい高原の風が、縁側の風鈴をチリンと涼しげに鳴らす。
外の庭は三十五度を超える地獄の酷暑なのに、この縁側の空間だけが、まるで目に見えないガラスで隔てられたかのように、完璧な極楽冷房空間と化していた。
「キュインッ!!」「コンッ!!」
涼しさを敏感に察知したキツネ兄弟が、一瞬で縁側になだれ込んで丸くなり、巨大ヒグマも「グルォォォ(生き返るぜぇ)」と巨体をずるずると引きずって、縁側の冷気境界線の内側へと滑り込んできた。
「ば、馬鹿な……っ!? なんだ、この急激な気温低下は……っ!?」
あり得ない超常現象にガタガタと震え出した黒岩監督が、慌てて自分用の確認用小型サーモグラフィを取り出し、縁側へと向けた。
そして、その液晶画面を見た瞬間、彼のシニカルな脳細胞はまたしても機能停止(バグ)を起こした。
「おい……映らないぞ……。いや、映ってはいるが、物理的におかしい!!」
黒岩監督が叫びながら指差す画面には、狂気的な映像が映し出されていた。
縁側の一歩外側は、三十五度を示す真っ赤な色彩。だが、縁側の境界線を跨いだ瞬間、サーモグラフィの画面は、完璧な適温を示す美しいブルーへと一瞬にして切り替わっていたのだ。
空気の境界線が、定規で引いたかのように真っ二つに分かれている。グラデーションによる温度変化など微塵もない。物理学の熱拡散の法則を、正面から鼻で笑うような超常現象だった。
「エアコンの配管も、室外機もない!! それなのに、一歩またぐだけで温度が十三度も下がるだと!? 物理法則を……熱力学第二法則を完全に無視している……!!」
大物ドキュメンタリー監督が、小型サーモグラフィを何度も空中に振り回しながら、完全にアイデンティティを崩壊させて困惑していた。
そんな、世界の物理学者が卒倒するような大バグ空間の真っ只中で。
俺は一人、静かに折りたたみチェアに深く腰掛け、いつものタッパーを開けていた。
中に入っているのは、完璧な温度管理をされた『冷やし玄米』と、自家製の『大豆ミートと夏野菜の冷しゃぶ風・特製ポン酢和え』だ。
「……よし。局地的な環境の最適化(ロジスティクス)を確認した。これより指揮官は、残暑を戦い抜くためのカロリー補給を開始する」
俺は、小型サーモグラフィを持ってパニックになっている黒岩監督を背景に、一切の感情を排した元・社畜の顔で、ストイックに冷やし大豆ミートを咀嚼し始めた。
「お、お兄さぁぁぁん!!! エアコンもないのに家の一角だけが避暑地になって世界中の科学者が腰を抜かすレベルの怪奇現象が起きてるのに、なんで一人だけ真顔で大豆の冷しゃぶ食べてるんですか!!」
小春ちゃんがパニックを起こし、黒岩監督のスタッフが驚きのあまり庭に落とした『超大型の熱画像カメラ(高級三脚付き)』をいつの間にか担ぎ上げ、凄まじいジト目でツッコミを入れてくる。
だが、俺は玄米の咀嚼を止めない。
「小春ちゃん、落ち着け。どれほど局所的な気温変化が発生しようとも、元・陸上自衛隊需品科たるもの、熱中症という見えない敵から陣地を守るための栄養補給は最優先事項だ。いかなる時もルーティンを維持する。これが兵站の鉄則だ」
俺は冷たいほうじ茶で喉を潤すと、一千万人を超えてサーバーの限界を試し続ける配信カメラの前に向き直り、キリッとした真顔でいつもの『限界言い訳タイム』を発動した。
「世界中の皆さま。画面の向こうで、エアコンなしで縁側だけが軽井沢のような涼しさになり、神獣の魔法だと感動されているかもしれませんが、冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『サーモグラフィが真っ二つに割れてるのに、まだ言い訳する気か!!!』
『主の限界言い訳タイム・絶対冷気空間編ww』
『さあ、この熱力学の崩壊をどう論破するつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これは、シロの超能力による冷気などではありません。これは、地元の農協と某大手家電メーカーが共同開発した、最新鋭の『超微細・局所気化熱ミスト噴射機』のテスト運用です。ナノメートル単位の極小ミストを高圧で噴射することにより、人間の目には見えないレベルで水分を蒸発させ、局所的な気化熱冷却を達成しているに過ぎません。温度の境界線がハッキリ分かれているのも、特殊な『高密度エアカーテン技術』によって、周囲の熱気を完全に遮断しているという、純粋な流体力学の結晶です。ええ、すべてはただの『最新家電のデモンストレーション』と『気化熱による合理的な室温管理』ですね」
「んなわけあるかあああ!!!」
ドガァァァァンッ!!!!
小春ちゃんが、持っていた高級三脚付きの巨大な熱画像カメラを、重量挙げの要領でブン回し、俺の背中に向かって完璧なヘビー級・スマッシュを見舞った。
「ミスト噴射機のノズルも配管もどこにもないでしょうが!! エアカーテンのモーター音すらしてないですよ!! そもそも、気化熱冷却だったら縁側の畳が結露でベチャベチャになるはずなのに、サラッサラじゃないですか!! どう見たって、暑がりの小春たちのために、シロちゃんが最強の冷気バフで守ってくれたんでしょうが!! 素直に『うちの猫は世界一のエアコンだ』って認めなさいよ!!」
『小春ちゃんのヘビー級サーモグラフィスマッシュ炸裂www(機材が心配)』
『超微細・局所気化熱ミスト(シロ様の絶対冷気バフ)』
『高密度エアカーテン(ただの無敵の絶対防壁)』
『適応力バグおじさん、ついに熱力学の法則の崩壊まで最新家電のせいにするww』
『言い訳の無理矢理さが、ノーベル物理学賞の選考委員会から怒られるレベルww』
俺の理不尽極まりない熱力学的な限界言い訳と、小春ちゃんのキレキレの超重量級ツッコミに、一千万人を超える視聴者たちは、小型サーモグラフィを持って呆然とする黒岩監督の困惑を横目に、腹がよじれるほどの大爆笑の渦へと叩き落とされた。
画面の向こうのトップVIPたちも、この「物理法則を無視した冷房空間」に理性を失って大暴走を始めていた。
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”Incredible! That air curtain technology could solve the global warming crisis! I’ll invest 10 billion yen right now!“(信じられない! そのエアカーテン技術は地球温暖化危機を解決できる! 今すぐ百億円投資する!)』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”Master! Bring that white cat to Dubai immediately! I will pay her 1 million dollars per hour to cool my palace!“(主よ! その白い猫を今すぐドバイへ連れてきてくれ! 私の宮殿を冷やすために時給百万円払う!)』
『ミャウ(ふふっ、時給百万円でも、私はこの座布団から動かないわよ)』
シロ様が、世界中からの巨額のオファーを鼻で笑うように尻尾を揺らし、涼しい高原の風の中で気持ちよさそうに喉を鳴らした。
黒岩監督は、ついに小型サーモグラフィを地面に落とし、「私は……今まで何を信じてドキュメンタリーを作ってきたんだ……」と、画面に映るブルーの縁側を見つめながら、シニカルな魂を完全に浄化させていた。
「……まぁ、理由はどうあれ。俺の冷やし玄米の温度が保たれ、熱中症が予防できたなら、それが一番だ」
俺は背中の三脚の鈍い痛みをさすりながら苦笑し、涼しい縁側から、陽炎の立つ十勝の猛暑を見つめた。
都会からヤラセを暴きにきた刺客すらも、物理法則ごともふもふの深淵へと叩き落とす、聖域の圧倒的な力。
最強のエアコン(神獣)と、どれだけ空間がバグっても平然と大豆ミートを食べる元需品科の『限界日常』は、世界一賑やかな大爆笑に包まれながら、どこまでも涼やかに更けていくのだった。
コメント
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シロ様の軽井沢冷房、神すぎるでしょ…!!🥺💕 サーモグラフィで温度境界線がパッキリ分かれてるの、もう完全に物理法則無視って感じで笑ったw それなのに「最新家電のミスト噴射機です」って真顔で言い訳するお兄さん、肝が据わりすぎてて面白すぎる😂 小春ちゃんの三脚スマッシュもツッコミが軽やかでめっちゃ好き!! 今回も癒しと笑いをありがとうございます✨