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耀聖(ようせい)
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ささみチーズ。
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【空の自宅】
事件から一週間が経った。
美羅は流石に今期のガイドの仕事を続けることを諦めた。とはいっても、シーズン終了まで残り二週間ほど。収入面では問題ないらしい。
しかし――。
「うふふ、おはよーソラ。朝ご飯作ったよ!」
「おお、ありがとう」
以前なら週末だけ泊まりに来ていた美羅だったが、あの雪崩事故以降、自然と空の家で過ごす時間が増えていた。
今朝のメニューは納豆汁と塩鮭。
鮭はそのまま焼かず、一度お湯で温めてから軽く焼き目を付けている。その方が身がふんわりして食べやすいのだ。
「リオンちゃん、いってらっしゃーい」
「……ふん」
玄関から出てきたリオンに、美羅が笑顔で声を掛ける。しかし返ってきたのは、あからさまな不機嫌顔だった。
「あらら……ライバル認定されたのかしら」
「泥棒猫……」
小さな声だったが、しっかり空の耳には届いていた。
「リオン、聞こえているぞ」
「だって空……おはよ」
ベランダから顔を出した空を見て、リオンは気まずそうに頬を膨らませる。
「美羅は……やっと立ち直ったんだよ」
空の言葉に、リオンの表情が少し曇った。
美羅は今まで雪崩に巻き込まれたことなどなかった。
あの日、雪の中で身動きが取れなかった恐怖は、簡単に消えるものではない。
最近まで、部屋の電気を消すだけで不安そうな顔をすることもあった。
「……そう、なのね」
リオンは分かっている。美羅を責めることなんてできない。
命が助かったばかりの彼女を、嫉妬で傷つけるなんてしたくない。
でも――。
空が好き。
その気持ちだけは、どうしても消えてくれなかった。
※※※※※
【その日の夜・リオンの部屋】
「リオン、ご飯食べないの?」
母親の智子が部屋を覗くと、リオンは暗い部屋の隅で膝を抱えて座っていた。
「うん……今から食べる」
返事はするものの、いつもの元気はない。
スーパーの手伝いが終わると、そのまま部屋に閉じこもっていた。
「そんなに空くんのことが好きなの?」
「……うん」
リオンは小さく頷いた。
「最近、特に思うようになった」
「でもリオン、前に彼氏ができそうって言ってなかった?」
智子が尋ねると、リオンは少し苦笑する。
「うん。でも……やっぱり違った」
「違った?」
「寂しいからって、誰かで埋めようとしてただけだったんだと思う」
以前、同級生から告白された。
心配するふりをしながら近付いてきた相手は、リオンが弱っている隙を狙っていたのかもしれない。
けれど、リオンの気持ちはそんな簡単なものではなかった。
「そう……貴女の好きにしなさい」
智子は優しく笑う。
「でもね、もし空くんがあの人と結婚することになったら、その時はちゃんと受け入れるんだよ」
「……分かってる」
リオンは少し寂しそうに笑った。
「ほら、ご飯食べよう。今日はリオンの好きなものだから」
「え?」
「牛すじ入りブラウンシチュー」
その言葉を聞いた瞬間、リオンの表情が少しだけ明るくなる。
【食事中】
「久しぶりに作ったんだよ」
智子は笑う。
「リオンが元気になればいいなって思ってね」
「ありがとう……やっぱりこれ好き」
「空くんに作り方教えてもらったけど、慣れれば簡単よ」
もっとも、最初に教わったレシピを実際に作り込んだのは智子だった。
空は料理が上手い。だが高級な食材を使うわけではない。
安い材料を工夫して、どうすれば一番美味しくなるかを考えるのが得意なのだ。
「牛すじって手間掛かるんだよね?」
「そうね。でも下処理さえすれば美味しいよ」
牛脂を取り除き、食べやすい部分を残す。
筋の部分は一度焼いてから圧力鍋で柔らかく煮込む。
そして残った煮汁を冷やし、余分な脂を取り除く。
そこに残ったコラーゲンと旨味が、シチューの濃厚な味になる。
「だからこの味になるんだ」
リオンはスプーンで大きな牛すじを崩す。
「柔らかい……」
「細かくすると溶けちゃうからね。大きめに作った方が美味しいのよ」
「このトロトロ、大好き」
久しぶりに、リオンの顔に自然な笑顔が戻った。
「美味しいもの食べると元気になるでしょう?」
「うん……ありがとう、お母さん」
智子は知っていた。
最近、美羅が空の家に泊まるたび、リオンが寂しそうな顔をしていたことを。
だから分かっていた。
いつか限界が来るかもしれないと。
その時に少しでも支えになればと思い、大好きな料理を作ったのだった。
※※※※※
【ソラの家・夕食後】
「今日はいっぱい甘えたいな、ソラ」
食後の片付けを終えた美羅は、いつものように空の隣へ座ると、その腕に寄り掛かった。
「ここ連日、甘えという名の蹂躙が続いていますが?」
「なによそれ。私、病み上がりのか弱い女性なんですけど」
「どこが?」
空が呆れたように笑う。
確かに、いつもの美羅だった。
豪快で、よく笑って、猪や熊を狩りたいなんて物騒な夢を語る彼女。
しかし空には分かっていた。
時々、彼女の笑顔の奥にあるものを。
雪の中に埋まった恐怖。
そして……自分がいつまで隣にいられるのかという不安を。
「ねぇ、ソラ」
「ん?」
「私ね……怖かったんだ」
「雪崩のこと?」
「うん……」
美羅は小さく頷く。
「雪の中で動けなくなった時、本当に思ったの。ああ、ここで終わるのかなって」
「……」
「でもね、その時に一番最初に浮かんだのは、自分のことじゃなかった」
美羅は空の手を握る。
「ソラに……もう一度会いたいって思った」
空は何も言わず、彼女の手を握り返した。
「今までね、ずっと我慢してたの」
「何を?」
「未来のこと」
美羅は少しだけ笑った。
「結婚とか、子供とか……普通なら考えること」
「美羅……」
「でも私、分かってるから」
その一言で、空の表情が曇る。
美羅自身が、自分の時間が長くないことを知っている。
だからこそ、彼女は今まで空に何かを求めることを避けていた。
自分がいなくなった後、空を縛ってしまうのが怖かったから。
「だから……ソラの人生を私が奪っちゃいけないって思ってた」
「そんなこと――」
「分かってる。ソラがそんな風に思ってないことくらい」
美羅は空の胸に顔を埋める。
「でもね……雪の中で死ぬかもしれないって思った時、初めて欲張りになった」
「……」
「もっと一緒にいたいって」
しばらく沈黙が流れる。
そして美羅は少し照れながら顔を上げた。
「あのね、ソラ」
「ん?」
「今日は……安全日だから」
「え?」
「だから……」
少しだけ頬を赤くする。
「もし……何かあっても」
言葉が震えた。
本当は違う言葉を続けたかった。
「――もし私がいなくなっても」
でも、それだけは言えなかった。
「……出来たら責任取るから」
空は驚いたように美羅を見る。
「大丈夫なの?」
「うん」
美羅は笑う。
「今まで怖かったんだ。でもね……もう時間を怖がってばかりいるの、やめようと思った」
「美羅……」
「ソラの子供なら……きっと幸せだと思うから」
その言葉に、空は優しく彼女を抱きしめる。
「責任とかじゃないよ」
「え?」
「俺は……美羅と一緒にいたい」
美羅は一瞬だけ目を閉じた。
そして小さく笑う。
「……ありがとう」
その夜の美羅は、いつも以上に情熱的だった。
まるで残された時間を確かめるように。
何度も空の名前を呼び、何度もその温もりを求めた。
空には分からなかった。
彼女がその時間を、心の奥で必死に刻み込んでいたことを。
コメント
1件
うわぁ……第5話、読み終わりました。リオンの気持ちがすごく伝わってきて、胸がぎゅっとなりました。「寂しいからって誰かで埋めようとしてた」っていう自己分析、深いなあって。それに智子さん、牛すじシチューで娘を元気づけるって、さすがお母さんですね。料理の描写が具体的で、愛情が伝わってきました。 で、ラストの美羅の「安全日だから」は……もう、読んでて息が止まりました。雪崩の恐怖を経て「欲張りになった」って言葉、すごく重い。普段は豪快な美羅の、隠れた脆さと、それでも空の隣にいたいっていう想いが切なくてたまらなかったです。続き、すごく気になります……!