私には何もできないわ。
私なんかが何をしても無駄よ。
だって私はただの小娘にすぎないもの。
私にできることなんてたかが知れてるわ。
だから私がどんなことを言っても意味がないでしょうね。
私じゃ無理だよ。
僕なんかが何をしたって無駄さ。
僕はちっぽけな存在なんだから。
きっと何も変わらないよ。
みんなが頑張ってくれればそれでいいんじゃないかな。
どうしてあなたは頑張らないのですか? あなたは努力してきましたよね? なのに何故あなただけが報われないのですか? 皆が幸せになる為にあなたの犠牲が必要なのです。
それはおかしいですよ! 自分の為だけにしか生きられないなんて間違っています! 貴女は何の為に生きているのですか? 貴女の存在意義を教えてください。
貴方はなぜ存在するのですか? 私が存在している理由? そんなこと急に言われても困っちゃうなぁ。
でも、あえて言うならば……
「私は『物語』の主人公になりたいんです!」
これはとある女の子の物語。
彼女は自分のことをよくわかっていた。自分がどんな人間であるかを理解していたのだ。だから彼女がまずやったことといえば、自分に自信をつけることだった。彼女の容姿は完璧だったから、そこらへんにいる男たちに声をかければ簡単に釣れた。もちろん彼女たちの目的は体目当てであって愛ではなかったけれど、それでも彼女は十分に楽しかった。
それに、行為のあとでは必ずと言っていいほど男は彼女にプレゼントを渡してくれた。アクセサリーであったり服であったりと様々だったが、どれも安物ばかりで彼女を喜ばせるものはなかった。しかしそれも仕方のない事だと彼女は思う。なぜならば彼女の彼に対する評価はいつも同じだったから。『金払いの悪い』男であったのだ。
彼女が付き合っていた男の数は全部で七人だった。皆一様に年上であったが、誰一人として長く続いたものはいなかった。それは彼女自身にも原因があったのだが、結局どの男とも上手くいかずに別れてしまった。
彼女と男たちの関係はとてもドライなものではあったが、それでも時折見せる優しさに惹かれてはいた。ただそれだけの事なのだ。
***
「ねえ、あんたさあ……あたしのこと好き?」
男が運転する車の助手席に座っていた女は、ふと思い出したように言った。
「ねえ、知ってる?」
男は首を傾げる。
「何をだよ」
「あのね……」
女の答えを聞いた後、男は少し考え込んだ。
「お前、そういうことを言い出すから、友達がいないんだよ」
男の返事を聞いて、女は不機嫌そうな顔になる。
「なんでよ! 本当なのに!」
「ああいうことを言う奴に限って、嘘つきなんだよ。ほら、もうすぐ着くぞ」
車は高速道路を降りて、山道に入った。
車内では、相変わらず沈黙が続いていた。
私は窓の外を流れる景色を見ながら、これからのことをぼんやりと考えていた。
「……あの、ちょっと聞いてもいいですか?」
不意に声をかけられて、私はハッとした。
「あぁ、はい!なんでしょう!?」
思わず声が大きくなってしまって、慌てて口を閉じた。
「いえ、そんなに驚かなくても大丈夫ですよ。少し聞きたいことがあるんですけど……」
彼女は、申し訳なさそうな顔をしながら続けた。
「どうしてあなたはそうなってしまったんです?」
『それは……』
「あー! またですか!? あなたのそういうところがダメだって言ってるんですよ!」
『ごめんなさい!』
「もういいです! 勝手にして下さい!!」
『本当にすみませんでした!!』
「ああ!! 謝れば許されると思ってるんでしょ!!!」
『思ってません!』
「嘘つき!!」
『ウソじゃないです!』
「じゃあなんでいつもそうやって逃げるように部屋から出ちゃうんですかぁ!」
『逃げてなんかいないですよ! ただちょっとお話するのが苦手なだけです!』
「同じことじゃんかよぉおおおッ!!」
『違いますぅ~っ!!』
◆
――朝。
目を覚ました僕は、まず最初にこう思った。
(今日も始まった)
カーテン越しに差し込む朝日を浴びながら、僕はベッドの上で上半身を起こす。そのまましばらくボーっとしていたけど、やがて頭がはっきりしてくるにつれて昨晩の出来事を思い出してきた。
夢の中で聞いた声のことを思い返す。僕が夢の中に見たのは女性の声だった。それもただの女性ではなく、夢の中の登場人物である僕のことを好きと言ってくれた女性の声で……。
――もしも、あの夢を見たことが本当ならば、僕は彼女のために何をしてあげられるだろう。彼女には何を望んでいるんだろうか。彼女が望むことがあれば叶えてあげたいけれど……。
そんなことを考えながらベッドから起き上がる。カーテンを開けると窓の向こう側に雲ひとつ無い青空が広がっていた。
今日も良い天気になりそうだと思いつつ、洗面所に向かって顔を洗い歯磨きをする。それからキッチンに行って朝食の準備を始める。といってもトーストを焼いて目玉焼きを作るぐらいしかできないのだけれども。
朝食を作り終えると、リビングにあるテレビをつけてニュースを見る。相変わらず昨日起きた事件について報道されていた。犯人がまだ捕まっていないのだから当然といえば当然なのだけど。
『次のニュースです』
不意にニュースキャスターが言った言葉を聞いて思わず動きを止める。画面の中では女性がマイクを手に取って原稿を読み始めていた。
『昨夜未明、××県○○市の住宅街にて男性の遺体が発見されました。遺体の状態から見て事件に巻き込まれたものと思われています。また警察は殺人事件として捜査を進めております。以上です』
画面に映し出されていたのは僕がよく知っている場所の名前と住所だった。
嘘だと思って何度も確認したけど間違いなかった。
心臓の鼓動が激しくなる。まさかこんなことになるなんて思ってもいなかった。
「どうして……?」
口から漏れ出た呟きに応える者はいない。ただ独り言だけが薄暗い部屋に響き渡るだけだ。しかしそれは言葉を発するたびに激情へと変わっていく。やがて彼女は堪えきれずに声を上げた。
「もう嫌!こんなの耐えられない!」
叫びながら勢いよく立ち上がると、椅子が大きな音を立てて倒れた。それでもお構いなしに大股歩きで部屋を横断し、机の上に置かれた小さな箱を手に取る。そしてベッドに飛び込むように腰掛けると、そのまま枕に顔を埋めて大きく息を吸い込んだ。彼女の身体から発散された熱で、シーツに温もりが生まれる。
しばらくそうして荒くなった呼吸を整えてから、おもむろに上体を起こして小箱を開ける。中には一通の手紙が入っていた。そこに書かれている文章を読み上げる。
「親愛なる我が娘へ……」
手紙の差出人は彼女の父親だった。
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