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そこは奇妙な街だった。とても高い塔の林立する街で、蜘蛛の巣のように塔から塔へ無数の空中回廊や索道が張り巡らされている。その塔の街をグリュエーらしき幼い少女が巨人の軍団に遭遇したかのように圧倒された様子で見上げていた。

そのグリュエーをベルニージュは自分自身が存在しないまま端から見ていた。これは夢だ、と直ぐに分かった。

ベルニージュは大抵夢を忘れてしまうのだが、この夢は覚えていられそうだという妙な確信を感じた。


「グリュエー。お待たせしました。何を見ているのですか?」と呼びかけたのはハーミュラーだ。


今より幾分若い。にこやかな笑みを浮かべ、グリュエーの隣で、目線を合わせるように屈み、幼い視線を追う。

この夢は過去夢なのだろうか。見たことのない街だがクヴラフワの様式が各所に見て取れる。起きたらグリュエーに確認する必要がある。


「昔は沢山の人が住んでいたんだよね? 衝突の前」グリュエーは怯えた表情で涙を浮かべ、口にするのも恐ろしいという様子だ。

「そうですね。最盛期にはビアーミナ市以上の人口を擁したそうです。今や屍の街ですが」

「クヴラフワを救ってもあの人たちは生き返れないんだね」

「……そうですね。未だ蘇生の医療は確立されていません。でも、クヴラフワ衝突時に去って行った屍使いたちは戻ってくるかもしれません。その人たちが、新たな、懐かしい生活を取り戻せるならとても喜ばしいことでしょう」


グリュエーは心の内の暗い感情を追い出すように元気に頷く。


「そうだね。うん。グリュエーもそう思う」

「おじさんもそう思うよ」とベルニージュの視界の端から聞き覚えのある声が聞こえる。




ベルニージュは目が覚める。跳ねるように起きて鞄から取り出した羊皮紙に今の夢を全て書き記す。やはり夢を覚えていた。嫌な夢だった。特に最後は最悪だ。この夢が本当のことだとしても今となっては全てが過去のことだが、ジェスラン自らグリュエーを攫ったようだ。


二人はソヴォラの家で一泊した。というのもソヴォラによると、今ジョザ村に向かっても、村民はみんな眠っているとのことだった。昼か夜かなど当人が決めれば良いとベルニージュは思っていて、ビアーミナ市で聞くハーミュラーの時報の歌は参考にしかしていないが、ジョザ村では全員で昼夜を示し合わせて生活しているらしい。そしてソヴォラもそれに合わせていた。そのようなわけでジョザ村が目覚めるのを待つことにしたのだった。

ここは屋根裏の隠し部屋だ。いざという時に逃げ込む部屋なのだとソヴォラは笑って教えてくれた。


ふと同じ寝台で眠っていたグリュエーも目を覚ましていることに気づく。

グリュエーは涙を溜めていた目を拭う。


「おはよう、ベルニージュ。良い朝だね」

「おはよう、グリュエー。もしかして悪い夢を見た?」


グリュエーは気恥しそうに笑う。


「欠伸だって誤魔化す前にばれちゃった」

「ハーミュラーと別れた時の夢?」


救済機構によって、救童軍総長ジェスランによって、人攫い組織人喰い衆の頭目サリーズによって攫われた日の夢。

グリュエーが目を開き、声を出さずにぽかんと口が開く。


「なんでそこまで詳しく分かったの!?」

「同じ夢を見たみたいだね」ベルニージュは身を起こして伸びをする。「でももちろん普通はこんなことは起きない。ユカリが各地でグリュエーの過去を幻視した現象と似た何かが起きたんだと思う」

「グリュエーの魂に触れちゃったってこと?」

「おそらくね」ベルニージュは曖昧に頷く。「でもキールズ領を訪れたことはないんだよね?」

「うん。それに内容はシュカー領での出来事だったよ。あの都市はムローっていう街だから」


ベルニージュは腕を組んで壁にもたれる。


「グリュエーが使命を与えていない、呪いの盾にした小さな魂が勝手に移動してるかどうか、なんて……」

「分からない。仕組み上知りようもないからね」

「今の自身の魂の状態は分かる? 無意識に魂を分割したことは?」

「感覚的だけど、今は問題ないと思う。無意識に分割したことはない、はず、たぶん、知る限り」


ベルニージュは深刻にならない程度に険しい顔を作る。


「妖術を完全には支配できていないんだとしたら少しまずいね。ワタシも対策を考えてみるよ」

「ごめんね。ありがとう、ベルニージュ。グリュエーはどうしたらいい?」

「妖術の感覚をできるだけ言語化してくれると力を貸しやすいと思う」

「言葉にするんだね。分かった。頑張る」




既に目覚め、快活に立ち働いていたソヴォラと共に軽い朝食を摂る。昨夜のスープに負けず劣らず心に染み入る温もりがあり、グリュエーも美味しそうに食べている。至れり尽くせりで申し訳なく思い、二人で魔術的お手伝いをした。綻びかけた結界の修繕、村で売っているという護符作り、薪割り、水汲み等々。


一仕事を終え、いよいよ出かける段になり、ソヴォラに地図を確認してもらったところ、やはり集落の絵が描かれた辺りにジョザ村があるらしい。しかも地図上より近いそうだ。

二人はソヴォラに礼を言い、出発した。孤独な老魔法使いは名残惜しそうだったので、帰るときにはまた立ち寄ると約束した。


ソヴォラの家が木立ちの向こうに見えなくなったところでベルニージュは立ち止まってグリュエーに向き直る。


「体調は大丈夫?」

「え? うん。どうして?」

「見知らぬ魔法使いの出した食事には気を付けた方が良いよ」


素直な観衆のように葉擦れの音が騒めいて、グリュエーの反応を待つ。何を聞かされるのか不安そうだったグリュエーの表情が驚愕へと変わる。


「ええ!? ソヴォラさんのこと疑ってたの?」

「ワタシは誰でも疑うの。良い人も悪い人もね」


そして純真な少女は少しばかり非難するような顔をする。


「ベルニージュは朝食べてないの? あと昨日のスープも? 美味しかったのに」

「食べたし飲んだよ。ソヴォラさんが食べて飲んだ後にね」


グリュエーは不満げに再び歩を進める。茂りの少ない森をまだ見ぬ人里へ向かって。


「そうやって誰も彼も疑うの、よくないと思う」

「そんなことないよ。誰も彼も信じるよりずっと良い」

「グリュエーは誰も彼も信じたりしない」とグリュエーは抗弁する。

「そうかな? ソヴォラさんが里に歓迎されたらいいのにって思ってない?」


グリュエーははっと顔を上げて図星を突いたらしいベルニージュを見上げる。


「それって悪いこと?」

「ううん。まだ良いことか悪いことか分からないってこと。まだ片方の言い分しか聞いてないよ」

「それは……、そうだけど。ソヴォラさん、辛そうだったよ」

「人助け自体は良いことだよ。でもワタシたち、やること沢山あるからね。魔導書の捜索、祟り神の調伏、克服者は、たぶんいないかな、どうだろ」

「言っておくけどグリュエーは直ぐ目前で困っている人がいたら、そういう目的は後回しにするからね。良い人か悪い人か分からないから手を差し伸べない、なんてことしないよ」

「もちろん。ワタシだって人非人ひとでなしじゃないんだから。グリュエーは善意に基づいているだけユカリよりましだね」


枯れ枝を踏みしめ、乾いた音が鳴る。誰もが聞くべき大事な音であるかのように高らかに響き、キールズの谷にこだまする。


「ユカリは善意で人助けしてないって?」グリュエーはベルニージュに疑うような眼差しを向ける。

「善意だけ、じゃない。ユカリの場合、人助けするような人間に憧れてるんだよ」

「そういう意味なら、それくらいのことなら誰だってそうだよ。混じり気なしの善意なんてないでしょ?」

「グリュエーはそうなんじゃないか、とワタシは思ってるよ」


グリュエーは呆れたような眼差しでベルニージュを見つめ返し、照れ臭そうに眼を反らす。


「買い被り、なんて珍しいね。ベルニージュにしては」


ベルニージュはくすりと笑いつつ視線の先の何かに気づく。


「見えてきた。ジョザ村だ」


森を抜ける前から木々の隙間から家々の連なりが見えてきた。傾斜も構わず人里が山にへばりついている。せり出すような建物や地面に斜めに半分埋まったような建物もあり、平らな道と坂や階段が交差している。今や荒れた階段状の農耕地はとても広々としていて、衝突前はそれなりに繁栄していたことが伺える。行き来する住人の姿も見える。


「大丈夫かな」グリュエーは立ち止まり、不安な声色で呟く。

「大丈夫」としっかりと答えてベルニージュはグリュエーの野の花のような小さな手を包み込むように握る。「未だ正体の分からないこのキールズ領の呪いの方がずっと怖いよ」

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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