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前書き
今回からエピソードゼロの回収回が始まります。
(サブタイトルに 『エピソード』 と付く回は全て回収回となります)
序章 『1.エピソードゼロ』 を読み返して頂くと、
より解り易く、楽しんで頂けると思います^^
何とか、ふっとい体を押し込む事で内部に入り込んだコユキの前に広がった景色は、常軌を逸していた。
壁面に描かれた絵画はウネウネと命を持ったように蠢き、まるで毒かと疑うほどの濃密な瘴気を自らの前を行き過ぎる侵入者に向けてぶつけ続けていた。
周辺に漂う空気、それ自体も酷く饐(す)えて、人の侵入を拒むように足元には蠍(サソリ)や百足(ムカデ)の様な有毒の虫、恐らく魔物であろう、それらが這い動いていたのであった。
その先、部屋の奥に一人佇む存在……
その不確かな世界の中で、只一つの現実の存在であるかのように、立っていた人、人か?
それは、一体の老婆の姿をしていた。
老婆はコユキに向けてその重そうな口を開いた。
「お前が、私を試してくれるのかい? ふふふ、楽しみだねぇ、大罪になって二十四年、初めてのお客様がお前だよ」
美しく響いた声であった、老婆のそれとはとても思えないほどの……
続けて老婆は言った。
「アタシは虚栄(きょえい)の罪、グローリアさね! さあ、アンタのお好みはどんな虚栄だい! そいつを拝見させてもらおうかね…… ひひひっ!」
「きょ、虚栄?」
コユキは虚栄の意味が分からなかった為に聞き返したが、頭の良さそうなグローリアは、気にしないで何か大事そうな事を言った。
「人ってのはね、常に自分自身を演じ続け、嵩増し(かさまし)続ける下らない存在なのだよ…… でもね、そんな下らない事に執着していたからこそ、今のアタシがこうして自我を保っていられるんだがね…… アタシのお仕事はお前等人間に、『虚栄』自分本来の能力、容姿、立場、賢愚(けんぐ)ではない、仮初(かりそめ)の姿を与えることさね、くふふふ、さあ、恐れずに吐露(とろ)しなさいな! どんな『虚栄』を欲するんだい? 家柄か、学歴か、豊かさか、献身的な信望か、大らかさか、愉快さか、美しさか、お前はどんな『虚栄』でその身を包みたいと願っているんだい? くれてやるよ、とっておき上質な虚飾をね」
分かって居ないながらもコユキはグローリアに言い放ったのであった。
「何かくれるの? んでも、どうせ大した物でも無いんでしょ? だって只のお婆さんだもんね、期待はしてないわよ」
と、根拠も無く言い放ったのであった!
「んひひひ、そう見えるかい? 人の子さんよ…… こう見えてもアタシは極大の罪、大罪を背負った女なんだよ? 己の真実の姿を偽り、心交わした人々を欺き(あざむき)続けて、自分だけのエゴを満足させて一顧(いっこ)だにしなかった虚飾の固まりさね。 アンタみたいな善良な小娘には、思い付きもしない様な『虚栄』の操り手(たぐりて)なのじゃ…… さて、言葉を交わしていても埒(らち)が明かぬ、まずは、偉そうにほざくお前の『虚栄』を覗かせて貰おうとしようじゃないかえ?」
そう言いながらグローリアは心の中で小躍りするほど喜んでいた。
――――ひひひひひひ、まさか初めての客が聖女様とは! 化粧っ気も無いし身に付けている物も質素じゃのぅ、純真無垢で虚栄などその身に帯びる処か、心の中で想像した事すらも無いんじゃろうなぁ…… こりゃドレスか、アクセサリー程度で凋落(ちょうらく)出来そうじゃわい♪ 奪った無垢な魂を献じれば、最上階のお方の覚えが良くなる事は確実じゃ! もしやすれば、大罪から大徳に昇格させてくれるやも、知れん! こりゃぁ、気合が入るわい!
一時停止したように考えに没頭しているグローリアは悪そうな笑顔を浮かべており、その表情を見てコユキは思った。
――――むっ? 悪魔っぽい顔をしてんじゃない! そうだった、見た目に惑わされちゃいけないわね、うん…… そうと決まればっ!
「先手必勝! アクセル! スっ!」
叫ぶと同時に一気にグローリアの目の前まで移動したコユキは、両手に持った神聖銀の神器、かぎ棒をいつもの様に刺し込むのだった。
グローリアの胸に刺し込まれたかぎ棒からは、いつもの手応えは返っては来なかった、当然魔力が霧散する事も無い。
一瞬ハテナと思ったコユキだったが、次の瞬間ハッとした表情を浮かべてつい先程の事を思い出すのであった。
――――そうだ! さっきタロだかジロだかワサオだか言う秋田犬(魔狼(まろう))がかぎ棒も物理攻撃も効かないとか言ってた様な…… そうか、大切な事を言ってたのか…… ちゃんと聞いとけば良かったわね、まあ、畜生の言っていた事だし念の為にもう一度確かめてみるとするか?
「散弾(ショット)!」
グローリアの上半身を同時に襲った数十の拳は、老婆の姿をすり抜けてしまった、まるで立体映像を叩いた様に何の抵抗も感じさせる事無く。
「くっ! アクセル!」
かぎ棒も物理攻撃も無効だと理解したコユキは、慌ててグローリアから距離を取って、打開策に頭を巡らせるのであった。
必死にはっちゃけ~はっちゃけ~とやっていると、虚栄のグローリアが話し掛けて来た。
「聖女にしては乱暴な様じゃのぅ? 口より先に手が出るタイプとは、じゃが、今の攻撃でアタシを倒す事は出来ぬと理解したじゃろうて、とはいえ念には念を入れて動けなくさせてもらおうか、果たしてアンタみたいに清廉潔白な聖女様に如何ほどの効果があるかは分からんがのぅ」
言い終わるのを待たずに、話し掛けて来ていたグローリアの両の瞳が怪しい光りを放った。
その瞬間まるで金縛りにでも掛かったように、コユキは自分の体を動かす事が出来なくなってしまったのであった。
「くっ! う、動けな、い?」
苦しそうに言葉を搾り出したコユキの姿を、愉快そうに見つめながら『虚栄のグローリア』は下卑(げび)た笑みを浮かべて嬉しそうな声をあげる。
「ほっほう! 真面目そうな聖女様かと思いきや、人並みに虚飾も嗜(たしな)んでいたとはな、虚栄を捨てきれぬ人間は、このアタシ、グローリアの瞳の前では身動き一つも出来ぬのじゃ! このカマトト聖女めが、ひひひひひひ、では覗いてやるぞい、聖女様の『虚栄の罪』をのぅ、ひひひひ」