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ふみくんの言葉が心温まる感じで感動しました✨
春の風が、ゆっくりと窓を揺らしていた。
カーテンがふわりと持ち上がり、空気の波紋のように静かに舞う。
窓の隙間から入り込んだ風が部屋を優しく撫で、ほんのりと甘い若葉の香りを運んできた。
その香りは、深く眠っていた何かをそっと起こすような、柔らかくて、でも確かな気配だった。
部屋の中は静かだった。
聞こえるのは、風に揺れるカーテンの音と、遠くで鳴く鳥の声。
都会の中心にあるとは思えないほど穏やかで、まるで時が一瞬だけ止まったかのようだった。
SHOOTは、ベランダに面した小さなスペースで膝を抱えて座っていた。
頬にかかる髪が、そよぐ風に揺れる。
その目はどこか虚ろで、けれどどこか懐かしい光を探しているようにも見えた。
昨日まで、彼にとって世界は色を失っていた。
朝が来ても、空が青くても、花が咲いても、それがただの「風景」にしか映らなかった。
けれど今、風の中に混ざった匂いや、陽の光のやさしいぬくもりに、ほんの少しだけ心が揺れているのを感じている。
壁にもたれかかり、SHOOTはそっと目を閉じる。
まぶたの裏に浮かぶのは、昨夜のみんなの声だった。
――「一緒に乗り越えよう」
――「10人でBUDDiiSだろ」
――「頼ってくれたら、ちゃんとそばにいるから」
それはただの言葉ではなく、自分の存在を認めてくれる「音」だった。
これまで、どんなに叫んでも、どこにも届かないような気がしていた。
けれどその声たちは、自分を通り過ぎることなく、確かに胸の奥に降りてきていた。
沈黙に包まれた心の奥で、張りつめていた氷が少しだけひび割れる音がした。
そのひびから、やわらかい春の光が差し込んでくるような気がした。
そのとき、部屋のインターホンが控えめに鳴った。
短く、遠慮がちで、けれどどこかあたたかい音だった。
SHOOTは一瞬驚いたように顔を上げ、重たい身体をゆっくりと起こした。
玄関へ向かう足取りはまだぎこちない。けれど、それでも自分の意思で歩き出す一歩だった。
ドアを開けると、春の光に背を押されるようにして、FUMINORIがそこに立っていた。
両手には紙袋。袋の口からは、ほかほかと立ちのぼる湯気と一緒に、やさしい匂いがふわりと漂ってきた。
「……朝飯、まだだろ? パンとスープ、作ってきた。とりあえず、食えよ。」
言葉に照れをにじませながらも、その目はまっすぐにSHOOTを見つめていた。
SHOOTは、小さく息をのんで、眉をゆるめる。
今にも消えてしまいそうな小さな笑みだったが、それは確かに本物だった。
「……なんで、そこまでしてくれるんですか?」
問いかけは、つぶやくように静かだった。
まるで、自分自身に問うているかのような響きがあった。
FUMINORIは肩をすくめ、困ったように、でもどこか嬉しそうに笑った。
「お前が俺たちの仲間だからだろ。理由なんて、いるか?」
その一言に、SHOOTの喉が詰まる。
目の奥が熱くなる。
声にするには言葉が足りなさすぎて、ただ、うなずくことしかできなかった。
部屋の中の丸い小さなテーブルに湯気が立ちのぼる。
紙コップに注がれたスープの香りが、ふたりの間に温度を運ぶ。
白いパンにかじりつくたび、しみ込んだバターのやさしい甘さが口に広がった。
「……うまい。」
ぽつりとこぼれた一言は、素直で、飾りのない気持ちだった。
「当たり前。俺、料理もできるリーダーだから。」
FUMINORIが自信たっぷりに胸を張って言うと、SHOOTは思わず吹き出した。
くしゃりと笑ったその顔は、ずっと見えなかった朝の光に、やっと照らされたように思えた。
ふたりの笑い声が、静かな部屋の中に溶けていった。
午後。
SHOOTはひとりでスタジオに向かった。
ビルの自動ドアをくぐると、冷えた空気が肌を撫でる。
廊下を歩くたびに響く足音が、少しだけ不安と期待を混ぜ合わせた心の音と重なっていく。
練習室のドアを開けると、無人の空間が広がっていた。
床は磨かれ、正面の鏡には彼自身の姿が静かに映っている。
窓の外では、春の光が建物の影に反射してきらきらと揺れていた。
スピーカーに音楽をつなぎ、BUDDiiSの曲を流す。
イントロが流れ始めた瞬間、心の奥にしまいこんでいたものがひとつずつ、形になっていくようだった。
SHOOTは踊り始める。
最初の動きはたどたどしく、足元がすこし覚束なかった。
けれど、音に合わせるたびに、少しずつ身体が思い出していく。
何度も練習してきた動き。
みんなと汗を流しながら磨いてきた日々。
それは確かに、ここにあった。
「また、みんなと笑えるようになりたい」
「声を届けられるようになりたい」
その想いが、踊るたびに心を突き動かす。
鏡の中の自分が、少しずつ変わっていく。
曇っていた目に、かすかに光が宿っていた。
そのとき、ドアが開いて、MORRIEが顔を出した。
「……勝手に始めてんじゃねぇよ。」
その声に、SHOOTは驚きながらも笑った。
「……リハ、遅れた分、取り返さないと。」
MORRIEは何も言わずに部屋に入り、スピーカーの音量を少し上げた。
「……じゃあ、俺も付き合ってやるよ。」
ふたりの影が、スタジオの床にゆっくりと重なっていく。
窓から差し込む春の光が、その上をそっと撫でるように包み込んだ。
それは、再生の光だった。
失われた時間を取り戻すには、まだ時間がかかるかもしれない。
けれど、確かに今、希望はここにある。