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私の名前はマゴメダリ・ブロントン。
このラフレシア第三帝国ではありふれた名前の一つでしかないけど、私の父は偉大な科学者だった。
父の名はクガマヤマ都市では有名だったが、その功績のほとんどは機密扱いになっていた。そのため父が世間的にどんな人物なのか知る人はごく一部に限られていて、父を知る人の多くは、私が物心つく頃にはもう亡くなっていた。だから私にとっての父親は、写真や映像の向こう側にしかいない人だった。
だけどそんな父親についての記憶はある。幼い頃の私は、よく父親の書斎に入り浸っていたからだ。そこは本棚に囲まれて薄暗く、埃っぽく、独特の匂いが立ち込めていて……その雰囲気が好きだったのだ。だから私が父親を探しに行くなんてことは考えられなかった。
「でもね」
そう言って彼女は私を見た。その瞳からは先ほどまでの狂気じみた光が失われ、代わりに優しさのようなものが現れていた。
「君たちは違う。だって君は──」
次の瞬間、彼女の姿がかき消える。いや、正確には私の視界から外れただけだ。慌てて振り返るとそこにはもう誰もいない。ただそこに彼女が立っていた場所に、一輪の花が落ちていることだけがわかった。
私は急いでその花に近づく。それは確かに彼女だったものの欠片だ。私が拾い上げる前に花は消えてしまったけれど、それでも確信できた。彼女は間違いなくここにいたのだ。
ふわりとした浮遊感と共に、私達は再び真っ白な世界に舞い戻った。先程まで見ていたものは幻覚だろうか? それとも本当にあったことなのか……? 少なくとも、今この場所にいるのは私一人ではないようだ。隣を見ると、先ほどまで一緒に歩いていた少年が倒れているのが見える。とりあえず、彼を起こすことにした。
「大丈夫ですか?」
肩に手をかけながらそう声をかける。すると彼はゆっくりと目を開けて、辺りを見回した後、こちらを見た。
「あぁ、大丈夫だ。君は無事かい?」
「はい。あなたのおかげで助かりました」
彼の問いに答えると、私は深々と頭を下げた。そんな私を見て少し照れたように頭を掻くと、彼は立ち上がって服についた汚れを払う。
「気にしないでくれ。それより君の名前は?」
「えっと……ミコトと言います。あなたの名前を教えてもらえませんか?」
「僕の名はグリューネ。よろしく頼むよ、ミコト」
お互いに握手を交わした後、改めて自己紹介をする。グゾルと名乗った少年は、僕たちに向かって嬉々として話し始めた。
「僕はね、ずっと一人だったんだ!友達なんていなくて、いつもみんな僕のことを気味悪がって……だから嬉しいよ!」
そう言って笑う彼の笑顔は明るくて、とても幸せそうだ。けれど同時に、その瞳の奥にある仄暗い闇を感じ取ったような気がして胸騒ぎを覚えた。
「それでね、僕も君たちにお願いしたいことがあるんだけど」
グゾルとは双子であり、同じ顔を持つ二人であったが、その中身は全く違った。明るく活発的なグゾルとは対照的にナナシは物静かで大人しく、あまり笑わない子だった。両親からも愛されず、いつも一人で過ごしていた。ある日のこと、両親が死んだ時も彼女は泣くことはなく、ただ呆然としていただけだった。両親の死に対して何も感じなかったわけではないのだが、それを表現する術を持たなかったのだ。しかし、そんな彼女もグゾルと出会い、初めて他者を愛することを知った。自分が変わっていくことに戸惑いを覚えつつも、それを心地よいと感じていた。だがそれも長くは続かなかった。
両親の死をきっかけにして彼女の心に異変が生じ始める。最初は些細なものだったが徐々にそれは大きくなり、やがて彼女を蝕み始めた。初めは微かな違和感だったが、それは次第に無視できないほど大きなものへと変化を遂げていった。自分の中に得体の知れないものがいるような気がした。それが何なのか