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周りが呆然とその光景を眺める中、その場にいた誰かが呟いた。
「なんだよ、アレ……」
そこには空の上を飛び回る竜騎士、それと敵対するワイバーンたちと……1体の黒いワイバーンの姿があった。
私たちがファングリザードとアーススネークとの戦闘を終えた時、魔物たちの勢いが衰える瞬間が訪れた。
程なくして一時的にではあったが完全に敵の姿が付近から消えてなくなり、その間に負傷した兵士を後方へと下がらせた私たちは、再び訪れる魔物たちの群れに備えてその場で待機していたのだ。
そしてその状態のまま遠くの空でワイバーンが飛んでいるのを見つけ、竜騎士隊とぶつかり合う様子を見物していた。
10騎に及ぶ竜騎士によって構成されたその部隊は数の利を生かし、確実にワイバーンを仕留めていく――はずであった。
6体のワイバーンのうちの1体が他のワイバーンや竜騎士とは一線を画すスピードで飛び回り、巨大な黒い炎を吐き出しながら竜騎士たちを攻撃しているのだ。
その1体は見たところ他のワイバーンが茶色であるのに対し、黒色であること以外は外見的にも差がないように見える。大きさだって、他のワイバーンと変わらない。
しかし、あれだけが異様に強いのだ。
竜騎士は健闘するものの黒いワイバーンに致命傷を与えることができていない。
地上からも魔導士隊が援護をしているようで、色とりどりの光が地上から空の上に向かって飛び交っているが他のワイバーンはまだしもその黒い個体は素早い動きで避けてしまう。
そのうちに1騎、また1騎と撃ち落とされていく。
竜騎士が全滅すると、次に攻撃されるのは地上部隊だ。そうなると戦況が覆りかねない。
――だが、そんなことはさせないつもりだ。
一度コウカと顔を見合わせ、頷き合う。
「ショコラ、私たちがアレをどうにかするよ」
「でしたら、ショコラたちも――」
「ううん、それは駄目。スタンピードはまだまだ続いてる。ショコラたちがここを離れたら、この場所を守れないでしょ」
今この場所に魔物の姿はないが、それも一時的なものだろう。
ここを離れても大丈夫なのは、全体をカバーするために動きまわっていた私たちだけだ。
国王様との約束はショコラを守ることであり、彼女の側にいることではない。
私たちがこれからやろうとしていることはショコラを含めた全員を守ることに繋がる。詭弁かもしれないが、あの黒いワイバーンを倒さないと全滅する可能性だってあるのだ。
「……わかりましたわ。どうかよろしくお願いいたします」
「うん、任せて。すみません、フィナンシアさん。ショコラのことをお願いします!」
ハッキリ言って、アレをどうにかする具体的な策はまだ何もない。
遥か上空を飛んでいるというのが非常に厄介だ。私はもちろんのこと、スライムたちだって飛ぶことができない。
例外としてノドカは宙に浮かぶことができるが、残念なことにノドカだけではあのワイバーンを倒すことはできないだろう。
現状ワイバーンを一撃で倒し得るのはオーガジェネラルを倒した時のコウカの魔法だが、あれは発動させるまでに時間がかかるため飛び回るワイバーンとは非常に相性が悪い。
みんなで魔法を当て続けることでいつか倒せるとは思うが、現状として王国の魔導士隊が魔法を全く当てることができていない以上、それも難しいと言わざるを得ない。
そんなことを考えているうちに防衛線の中央まで戻ってきた。
空の上では残った4騎の竜騎士と黒いワイバーンを含めた3体のワイバーンが戦っている。
一方、地上の部隊は地上の魔物に対応する部隊と竜騎士隊を援護する部隊に分かれて戦闘を繰り広げているようだ。
私たちは上空を援護する部隊に混ざり、コウカたちの魔法で空の上のワイバーンへと攻撃を加えてもらう。
しかしながら、やはりというべきか攻撃そのものが当たらない。
そうこうしているうちに空の上で1騎の竜騎士が負傷して、もんどり打つように落ちてくる。
数秒後に訪れるであろう凄惨な光景を想像して思わず悲鳴を上げそうになったが、腕の中のノドカが風の魔法で竜騎士の体を包み込み、落下速度を減速させたことで事なきを得たようだ。
それはよかったのだが、今度は別の問題に目を向けなければならなかった。これでまた1騎、空の戦力が失われたのだ。
「負傷兵だ、救護班!」
落下してきた竜騎士が乗っていた人間に飼い慣らされている飛竜は無事なようで、竜騎士の近くに降り立ち、運ばれていく竜騎士のことをジッと見つめていた。
――そんな時だ。
私と同じようにその飛竜へと視線を送っていたコウカが突如として駆け出し、騎手を失った飛竜の背中へと飛び乗る。
「行ってください!」
「ちょっとコウカ!?」
突然の彼女の行動によって私は混乱してしまっていた。
それにまさか竜騎士ではないコウカの言うことなど聞くはずがないと思っていたのに、コウカの顔を見た飛竜は何かを感じ取った様子でコウカを乗せたまま戦場へ舞い戻ろうと飛翔する。
――そして、私はそんな彼女たちの姿をただ黙って見送ることしかできなかった。
◇◇◇
飛竜に乗り、空中へ舞い上がったコウカだが、彼女自身もここまでうまく事が運ぶとは思っていなかった。だがどんな理由があるにせよ、言うことを聞いてくれるのは好都合である。
コウカは高度を上げていく飛竜の背中から、心配そうな表情で見上げてくる少女の姿を見下ろす。
「必ずわたしがマスターの敵を討ち倒します。だから、あなたはそこから見守っていてください」
コウカは心の中で決意を固めると真っ直ぐ空を見上げ、標的である黒い飛竜を睨みつけた。
(やっぱり嫌な感じがする。まるであのとき戦った黒髪の男みたいな……)
そんな彼女の乗る飛竜に別の個体が近づいてきた。
それは敵ではなく、竜騎士を乗せた飛竜であった。
「おい、アンタは?」
「これに乗っていた人が怪我をしたようなので、借りています」
素っ気なくそれだけを告げると、コウカは自分の乗る飛竜に速度を上げるように命令した。
後ろからは竜騎士の戸惑うような声が聞こえてくるが彼女はそれを無視し、敵の動きを見逃さないように集中力を高める。
黒いワイバーンは先ほどまで別の竜騎士と戦っていたが、たった今その戦いも終わったようだ。
結果としては当然のように竜騎士の敗北に終わったらしい。だがそれに臆することなく、コウカはさらにスピードを上げて標的へと肉薄する。
コウカの乗る飛竜と敵の黒いワイバーンではその能力に差があり、コウカの飛竜のほうが不利となる。
もちろんスピードで勝るのは黒いワイバーンとなり、普通に追っていても追い付けないだろう。
だが近づいてくるコウカを見つけた黒いワイバーンは好戦的にも新たな獲物を捉えるために方向を変え、自ら向かってくる素振りを見せた。
「……来る!」
高速でワイバーンと飛竜が接近し、そのまま交差する。
すれ違いざまに放ったコウカの一閃とコウカを狙った黒いワイバーンの鉤爪による攻撃は互いに命中することがなかった。
コウカの乗る飛竜が大きくカーブを描くように旋回して、再び黒いワイバーンを目掛けて飛んでいこうとした。
すると黒いワイバーンとは別の個体がそれを阻止するかの如く急接近してきて、鋭い爪でコウカを引き裂こうとする。
だが、その目論見が成功することはなかった。
体を捻ることで回避した彼女の反撃によってそのワイバーンは皮膜に深い傷を負い、体を回転させながら重力に引かれて地上へと落下していったのだ。
そしてその直後、再びコウカと黒いワイバーンが交差する。
しかし今回、敵が標的に選んだのはコウカではなく彼女の乗る飛竜のほうで、鋭い爪に喉元を引き裂かれたコウカの乗る飛竜は赤い血を周囲に撒き散らしながら――絶命してしまった。
力を失ったことで落下し始めたワイバーンの背を蹴り、空中へと離脱したコウカはすぐさま次の行動へと移る。
コウカから一度離れようと再加速する素振りを見せた黒いワイバーンを逃がすまいと、その角を左手で掴んだのだ。
そして彼女は右手に持っている剣をワイバーンの喉元に向けて振るう。
だがそれは黒い鱗に阻まれるがために届くことはなかった。
「刃が通らない……だったら!」
コウカは剣を逆手に持ち直し、ワイバーンの血のように赤い眼へと突き刺す。
鱗に守られていない場所であれば刃が通るだろうというコウカの予想は的中し、剣が突き立てられたワイバーンの瞳から血が噴き出した。
「このまま落としてみせる!」
叫ぶコウカが剣を通してワイバーンの体へ電気を流そうとするが、これには敵も堪らずといった様子で彼女を振り落とそうと必死に藻掻きはじめた。
咄嗟に魔法を中断し、腕に力を込めて振り落とされんとしていたコウカ。
だが遂に耐え切ることができずに左手が角から滑り落ちてしまい、ワイバーンの目に突き刺さっていた剣も抜け落ちてしまった。
――そうなると、コウカの体は空中へ投げ出される形となってしまう。
空中で無防備な姿を晒したコウカに残っていたもう1体のワイバーンが接近してきた。
ワイバーンの鋭い爪による攻撃は、空中でなんとか体を捻って避けようとするコウカの左腕に決して浅くはない傷跡を残す。
「ぐっ……でも!」
痛みに顔を歪めた彼女であったが、咄嗟に負傷した左腕を伸ばして離脱しようとするワイバーンの足首を掴んでいた。
そして掴んだ左手に力を込めて体を持ち上げると彼女は曲芸師のように空中で体を回転させ、その勢いを利用することでワイバーンの喉元を切り裂くことに成功する。
(しまった。黒いヤツが――ッ!)
だが再び空中で無防備な状態を晒すコウカに黒い影が迫ってきていた。それは彼女によって目を潰されたことで、怒り心頭の黒いワイバーンだった。
黒いワイバーンは落下するコウカの上から彼女に肉薄してその鋭利な牙で無防備な体をかみ砕こうとしていた。
だが彼女だって何もせずに見ているだけということはなく、右手に握られた剣を使ってワイバーンの牙を近付かせないように抵抗するが、それにも限度があった。
一際甲高い音が響き、コウカの持っていたロングソードが根元から折れてしまったのだ。
それを見たコウカの顔が憤怒に染まる。
「――ッ! よくも!」
その剣はただの武器屋において格安で買ったなまくらの剣なのだが、そんなことはコウカには関係ない。コウカにとっては己の主から貰った世界にたった1つの大切な剣だったのだから。
だが怒ったところで今のコウカにはワイバーンにその怒りをぶつける術がない。
たしかに魔法という攻撃方法があるにはあるが、ワイバーンの攻撃が迫り続けるような逼迫した状況下では放とうとしても大した魔力を込められないのだ。
(やっぱり魔力が……)
ワイバーンが口を大きく開けて迫っているにもかかわらず、コウカは迷わず左手を前方へ突き出した。
そして彼女は自身の左腕に食らい付こうとするワイバーンの口が閉じられるギリギリのタイミングで魔法を放つ。
コウカの放った魔法だが口の中という防御力が薄い場所に放ったことでワイバーンを怯ませることには成功した。
だが術式を構築する時間が短かったことから、やはり満足するほどの威力が発揮できず、ダメージはほとんど与えられなかった。
それによって、無情にも閉じられたワイバーンの鋭い牙がコウカから左腕を奪い去る。
失った左腕のことなど意に介さずにコウカは魔法を撃ち続けた。しかし黒いワイバーンに効果的なダメージを与えることは叶わない。
怯んだ状態から回復したワイバーンがコウカに向けて再び大きな口を開く。だが今度は噛み付こうとしているわけではなかった。
魔法による反撃を受けたワイバーンが、今度は反撃されないように少し離れた場所から炎を使うことでコウカを焼き尽くそうとしていたのだ。
コウカもさせまいと魔法の勢いを強めるが口の中を狙った攻撃は回避され、それ以外の攻撃も黒い外皮に阻まれるせいでほとんど効果がなかった。
――ワイバーンの口の奥に黒い炎が灯り膨れ上がっていく。
(なにもできない……。わたしは……わたしの、生きてきた意味は……)
コウカにはその瞬間がまるでゆっくりと流れていくように感じられた。
(わたしがここで消えてしまえば、マスターは――)
視界を黒い炎が覆っていく中、コウカの脳裏に浮かんだのは膝を抱えて涙を流す1人の少女の姿だった。
――しかし、どれほど時間が経とうとも黒い炎がコウカを覆いつくすことはなかった。
コウカの目の前で何かに阻まれた炎が彼女を避けるように割れていき、その直後に激流が炎を打ち消してしまったかと思えば間を置かずに烈火がワイバーンの体を焼き尽くしたのだ。
(この魔法は……あの子たちの……)
彼女は視界に映るその光景に目を見開いた。