テラーノベル
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迷っているうちに、再びチャイムが鳴り、澪は思わず息を呑んだ。
ロビーの呼び出し音ではない。住居ドアの、チャイムだ。
(くそっ……どうする……)
心臓が早鐘を打つ。息を殺し、気配を消して、いっそこのままやり過ごそうとした。
だが、焦った拍子に、床に置いてあったキートレイの小銭を、派手にばらまいてしまった。
チャリン、カラカラ、と、硬い金属音が響き渡る。
――しまった。
血の気が引いた。
直後、ドアの向こうの気配が、ぴたりと止まる。チャイムは、もう鳴らない。
代わりに、ドア一枚を隔てた向こうから、じっと見透かされているような、奇妙な圧力が伝わってきた。
仕方なく、鍵を回し、ドアノブを引く。
冷えた夜気が、頬を撫でた。
そこに立っていたのは――一瞬、誰だか分からなかった。
社内の、あの前髪もっさりで冴えない根暗な営業マンの面影など、微塵もない。前髪を掻き上げ、艶やかにセットされた髪と端正な顔立ちは、夜の薄明かりの中で、とんでもなく無駄に色気を振り撒く優男のそれだった。どこか嗜虐的な光を帯びた瞳が、眼鏡越しの澪を、冷ややかに見下ろしている。
「こんばんは、編集長」
声が、出なかった。
脳が、目の前の男が「職場で気まずそうにしていた地味な部下」であるという事実の処理を拒絶する。口の中が、からからに乾いていく。
(なんで。どうやって。ロビーは――)
「っ、……!」
我に返った身体が、反射でドアを引き戻そうとした。
だが、澪の動きより、ほんの一拍だけ、芹沢のほうが早かった。
閉まりかけた隙間に、革靴の爪先が差し込まれる。ドアの縁を掴んだ大きな手が、鈍く軋む音を立てて、それを止めた。そのまま、スルリと芹沢の身体が滑り込んでくる。
勢いに煽られて、眼鏡がずれた。直す間もない。ぼやけた視界のすぐ鼻先に、シャツ越しの確かな体温と、微かな洗剤、そして煙草の残り香が、一気に押し寄せてくる。
「な、なぜお前が此処に?」
「嫌だなぁ。金曜にお邪魔しますって、お伝えしたじゃないですか」
「了承した覚えはない」
「断られた覚えも、ありませんよ」
さらりと返された言葉に、反論が喉で詰まる。
「ロビーのセキュリティはどうした。入居者の確認なしでは、通れないはずだ」
「守衛さんに、桐島編集長の部下ですって伝えたら、快く通してくれましたよ?」
けろっとした顔で言ってのける男の、嘘くさい笑顔に、眩暈がした。
(確認の内線くらい入れろよ……!)
簡単に部外者を信用して通すとは。いつも決まった時間に座っている、ほんわかと人好きのする守衛の顔を思い浮かべ、澪はチッと舌打ちした。
コメント
1件
わあ、第6話もすごかったですね……! 澪さんが自宅で芹沢くんに追い詰められるシーン、息をするのも忘れちゃいました。あの「ドアの向こうからじっと見透かされているような圧力」って表現がゾクゾクしました。前髪あげた芹沢くん、別人すぎて怖いのに色気あってズルい! 最後の「断られた覚えもありませんよ」の返し、ひえ~ってなりましたよ😱 もう次の展開が気になって仕方ないです…!
#四季総受け
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