テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#悪役令嬢
#ドアマットヒロイン
眩い光に、周囲の森人族たちが怯んだ。
「この光は!?」
「まさか」
(なんだかよく分からないけれど、逃げるなら今だわ!)
私は召喚された儀式の部屋から飛び出し、神殿のような白い柱が等間隔になっている廊下を走る。風を敬う種族だからか、白い布が天上から垂れ下がっていた。やけに広い。
周りを見るとこの神殿は、大樹の枝の一つに建てていたようだ。
(も、ものすごく高い! 高層ビル20階以上かも)
心地よい風が頬に当たる。周囲は木々が生い茂り、緑豊かな印象を受けた。見る限り貧困に喘ぐような環境ではなさそうだ。穏やかな場所で、なぜ聖女が必要なのか。そう考えるも、まずはこの場所から逃げることが最優先だ。
***
召喚儀式で人払いしていたのか廊下には見張りはいない。神殿と思われる出口まで妨害されず一直線に向かって走るも、眼前に広がる光景に足が止まった。
(──って、橋を降ろさないと渡れない!?)
橋には当然のように見張りもいて、こちらに気づいた。
「そこのお前、止まれ」
森人族の兵士は、背負っていた弓を手に取る。
(どうしようどうしよう! え、本当に撃ってこないよね!?)
「待て、その者は比翼連理の片翼かもしれない! 殺すな!」
「ひゅ」
遠くから聞こえた言葉に、天空都市での記憶が脳裏に過った。
片翼。
転生しても魂が同じであれば、片翼とみなされるのか。あるいはこの世界は、前世と同じ世界なのか。
思考が巡る。考えがまとまらない。
心臓の音がバクバクとうるさい。
(どうして《比翼連理の片翼》だってバレたの!? あの光のせい?)
片翼として、また戻る。
あの閉じた天空都市に。
人族を道具と言い切ったあの一族の元に。
またあの人と、出会うのか。
「──ッ」
反射的に体が動いた。本能的に、ここから逃げないと──。
ベッドだけある部屋。
独房。嵌め殺しされた小さな窓。
昼間は罵倒と嫌がらせ、夜は妻としての役割。絶望と地獄そのもの。
生きたいという本能と同じくらい、天狐族に見つかるぐらいなら辱めを受ける前に、尊厳を奪われる前に──死んだほうが幾分かマシだ。
そう一瞬でも思った時には、神殿の端から身を投げていた。
(あ。……独りで生きるって、決めたのにぃいい!)
復讐したい、よくもやってくれたなって、思ったりもした。でも結局、いざとなったら、立ち向かわず死ぬことで、逃げようとした。
(私の馬鹿ぁああ!)
服がはためき、一瞬の浮遊感の後はあっという間に落下する。落下するときに天井から垂れ下がっていた布が私の体を包み込む。落下まで大地が見えないようにと、まるで餞別だ。
あっけない。
(私、全然、変われてなかった……。本当はずっと前世に怯えていた。結局変わることが出来なくて、ああーー、本当に悔しい!)
瞼を閉じて、その時を待つ。
痛みを覚悟していたが、その時は訪れず浮遊感から誰かに抱き留められて落下が止まった。
(ん!?)
「……っ、間に合って本当に、よかった」
「──っ!?」
聞き覚えのある声。
蕩けるように甘く、耳に残る低い声。夜の寝室でしか聞いたことがなかったけれど、独特な声は天狐族次期国王ヴィクトル・ラクーナルの声にそっくりだ。
心臓がバクバクと煩くて、汗がどっと噴き出す。
(前世のブリジットの片翼にして夫だった人。天狐族は世界の調停者で、基本的に天空都市から出てこないのに……どうして……?)
幸いにも白い布に包まれているおかげで、顔を見ずに済んだ。
なぜ森人族は私が《比翼連理の片翼》の人族だと気づいたのか。あの白い光だけで判断したとしては決め手に欠ける。
(前世の世界じゃなくて、違う世界線! あるいはパラレルワールドであって!)
「怪我は、痛みは、苦しいとか吐き気はありますか?」
(は?)
驚くほど優しい声に、胸がギュッと苦しくなった。ブリジットに対して、そんな風に気遣ったことなんて一度も無かったくせに。
「……だいじょうぶ……でしゅ」
緊張したからか、舌足らずな声になってしまった。もぞもぞと顔を出すと、眩い日差しで目が眩みそうになる。
(別の世界線! どうか前世の世界線じゃありませんように!)
黒い外套を羽織った魔法使いのような恰好の美青年が、私を抱き上げていた。
(……この人は)
森人族とはまた違った造形の美しさだ。白銀の長い髪に、黒い角は片方が折れていたが、十九年前と変わらない姿だった。狐耳や尾は外套とフードで見えないけれど、琥珀色の瞳は間違いないヴィクトルだ。
(前世の世界の可能性が一気に高くなった!)
詰んだ。
もう、会うことないと安心していたのに、神様はなんて酷い運命を用意したのだろう。琥珀の瞳と目があった。そこには侮蔑も怒りもなく、宝石のように美しい瞳を潤ませて泣きそうな顔をしていた。
(なんで、そんな顔をしているの? それじゃあ、まるで私のことをずっと大切に思っているみたいに見えるじゃない。それともワンチャン、パラレルワールドとか?)
「私は、この森の管理者を務めるルティと申します。貴女のお名前を聞いても?」
「え?」
ヴィクトルとは名乗らなかった。角が欠けている以外は、まったく同じ姿なのに、別人というのはあり得るのだろうか。
(他人の空似、それとも似て非なるパラレルワールドっぽい!?)
名前を言っても平気だろうか。けれど助けて貰ったのに、名乗らないのも失礼な気がする。
「私は──」
「あーーーー! ほらあそこよ。春夏秋冬さんをちゃんと捕縛して!!」
キンキンと喚く声に、一瞬で誰が来たのか分かってしまった。
美玲はギャアギャア喚きながらも森人に担がれながら、大樹から降りてきた。森人族たちは木々から木々へ飛び移りながら、軽々と着地していく。身軽すぎ。
(──って、包囲されてる!?)
その手に弓は持っていなかったが、武装した狩人の存在は怖い。すすすっと、彼の服を掴んだ。少なくとも《比翼連理の片翼》の片割れなら、相手側に死なれると困るはずだ。そう思っての行動だった。
「……可愛いっ」
「!??」
「そうですね。私にしっかり掴まっていてください」
(……え、誰!?)
取捨選択の結果なのだが、彼は私が気を許したと思ったのか嬉しそうに頬を赤らめていた。その姿が前世のヴィクトルとは全然違って、やっぱり別人なのではという説が濃厚になる。
「森の大賢者ルティ様!」
「貴方様が来られるということは、ようやく見つかったのですね」
「おめでとうございます」
その場にいた森人族全員が、片膝を突いて頭を下げた。天狐族は上位種族、怒りを買うようなことはしない。そんなことをすれば、里や国が一瞬で滅ぶ。
(この世界も前世と似たような階級制度がある? それとも十九年後の前世の世界? それにしてはルティ様の雰囲気が、あの人と全く違う)
今、私を抱き上げているこの人は私を大事に抱きかかえていて、言葉も眼差しも温かい。
「彼女は私の大切な人だ。無礼な扱いは止めて貰おうか」
「も、申し訳ございません。事前に情報は聞いていたのですが。すぐに大賢者ルティ様の片翼だったとは気づかず……」
(事前情報ってなに!?)
「ちょっと! 春夏秋冬さんの身包みを引っぺがして、里の外に放り出すんでしょう? なのになんであんなイケメンに抱っこされて──ん? 春夏秋冬さん、ちぢ」
空気を読まない彼女はベラベラと思ったことを口にするが、何かに気づいて黙った。
凍るような敵意と威圧。
玲奈は歯をカチカチと鳴らして、震えていた。
「お前たち種族は、子どもに対しても身投げをさせるほど追い詰めるのか? 何よりこんなに愛くるしい存在の身包みを剥ぐだと?」
「ひっ」
「め、滅相もありません」
(子ども?)
その言葉になんだかムカッとした。確かに髪は真っ黒で、童顔だから十九歳に見られることは少ないけれど、言い回し的にどう考えても小さな子どもと言っているのが、なんだか悔しい。
「いえ、その……」
森人族は、私を見ると困惑した顔をしていた。彼らの認識では、私は大人だと思っていたのだろう。
(顔を真っ青にして震えている……)
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!