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この小説は『Axis Powers ヘタリア』の二次創作小説です。原作者様および実在する国家・史実等とは一切関係ございません。総文字数約32,000文字と少し長めの作品ですので、お読みになる際はぜひお菓子や飲み物などをご用意いただき、休憩しながらゆっくりお楽しみください🌸
「はぁ!?俺がメイド服!?」
弾かれたように声を発した。文化祭の最終準備で賑わう教室にその声が響き渡った。目の前には、露出度の高いメイド服の肩のフリル部分を両手に持ってニコニコと頷く学級委員長…もとい本田菊。
「はい。貴方、厨房係の立候補を満場一致で却下されてお暇ですよね?」
「いや、だが、俺は生徒会長で……ッ」
その切羽詰まった一言を放った瞬間、菊はメイド服を持ったまま目をギラリと輝かせ、ズイっと顔を近づけてきた。そしてふんすと鼻息を得意げに鳴らして早口で語るように話す。
「だからいいんじゃないですか!容姿端麗でクールに生徒会業務をこなす生徒会長がこんなフリフリで可愛いメイド服を着せられて『おかえりなさいませご主人様♡』なんてやらされているのがいいんですよ!」
彼は俺の前でゆらゆらとそのメイド服を揺らしてみせた。そのいつもの穏やかな彼とは違うオタク特有の早口に圧倒され、俺も「そ、そうか…」と気圧された声を出すことしかできなかった。
「で、でも俺がやったら完全にネタ枠になってしまわないか…?」
「分かってないですね…」と水を飲む前に一言。ぷはぁ、と活きのいい息を漏らし、腰に手を当て人差し指を突き出しながら俺を諭してきた。
「いいですか?これはあくまで文化祭です!私たちはお客様を楽しませる事、つまり面白がらせる事が大切なのです!」
「その過程で『あれ意外と可愛くね…? 』とか『スタイルいいな…』とか気づいてくるわけなのです!」
菊は「いい汗かいたな」と言わんばかりに額を手の甲で拭って、今度は腕だけを俺に向かって伸ばしてメイド服を差し出してきた。
「さぁさぁ、着てください!貴方は可愛いですよ、自信もってください!」
「これを見たらアルフレッドさんもただじゃいられないでしょう!」
その名前が彼の口から出てきた瞬間、俺の身体は硬直し、心臓は口から飛び出てきそうなほどドキンと大きく跳ねた。そのアルフレッドというのは、定期テストが学年3位で運動が学年1位の隣のクラスの男子生徒で、俺の…今絶賛恋を寄せている相手でもある。
「な、菊お前……!」
俺はこの名前を出されると弱い。しかも、菊は俺の恋愛相談相手である…つまり、完全に弱みを握られてしまっているのだ。その事をいい事に、彼はいつも俺を操っているのだ。だが今回ばかりは無理だ。こんなご主人様に仕える気もなさそうなふざけた服、あいつなんかに見せられない。絶対笑われるし、一周まわって引かれる可能性だってある。
「いやごめん俺ほんとそれだけは無理……!」
「あら?そうですか?」
「おっと背中ががら空きだー」
「うわぁぁぁああ!?」
俺はまんまと制服を脱がされ、くすぐりが弱いのをいい事に腰を抜かされ菊による着せ替えが完了してしまった。俺は震える身体でなんとか立ち上がり、生まれたての子鹿のような足で姿見を見た。
「うわ、うわぁ………っ」
そこに映っていたのは、デコルテが大胆に露出されていて、胸元の布がハート形でくり抜かれていて、フリルが細かにあしらわれている短いミニエプロンがスカート部分についた、ガーリーなワンピース…を着せられた真っ赤な顔の俺。頭にはしっかりホワイトブリムがつけられている。
「んだよこれ…!痴女の極みみてぇな服じゃねぇか……!」
菊はそのあまりの自分の変わりように絶望する俺を見ながら、どこから出したかも分からないカメラを持ってローアングルから俺を撮り始めた。とりあえずそのカメラはあとでハンマーでバキバキに粉砕してからシュレッダーにかけようと思う。
「おぉ…!眼福です眼福です、あのよろしければ『萌え萌えきゅん』と言っていただいても……?」
「ぜってぇ言わねぇよぶん殴るぞ!」
片手を屈辱と怒りで強く握りしめていると、制服のポケットが光った。誰かからの通知のようだ。通知主とその下のメッセージを見てみると…
「…………え」
「どうかしましたか?」と満足気な菊が声色を変えて心配そうに振り返る。
「え、え……!」
俺は焦りと戸惑いで声も出ない。きゅっとスカートの裾を掴み爪を立てる。そしてゆっくりと菊の方に顔を向け、
「アル、今からこっち来るって……」
と震える声でぽつり。そうなのだ。その通知の内容は、『今から行くから待ってて!君たちの料理の腕前を俺が味わってあげるからね』という、上から目線で自己中心的ないかにも彼らしい文章だった。
「よかったじゃないですか!チャンスですよ…!」
菊は踊るような声を振るった後、手を口の端に添えて囁いてきた。ブラウンのパーテーションで仕切られた俺たちの教室の休憩スペースを抜けて、部屋全体を見渡してみると、もうおおむね準備は整っているようだった。その事が俺の心臓の鼓動をさらに加速させる。
「菊〜?準備でき……ヴェ!?どうしたのこれ!アーサーすっごく可愛いじゃん!」
パーテーションの隙間から、メイド役として決まっていたフェリシアーノが顔を出すなり興奮しながら俺に寄ってくる。心なしか、犬の耳と犬のしっぽが見えてくる気がする。
「か、可愛い?どこが…」
「えぇ〜?可愛いよ!」
彼は「う〜ん」と上に伸びをして、重力に従ってはたりと腕を下ろす。それから暖かい手で俺の手を取った。
「よし!メイドさんのたしなみを、俺がしっかり可愛く教えてあげるからね!」
「え?別に必要な…あ、菊!おい!」
「それではよろしくお願いしますね」と言って菊は教室を出ていってしまった。あいつは断れないレベルまで俺を仕上がらせてから逃げた。とんだ策士だ。許し難い。
「アルフレッドに気に入ってもらえるような可愛いおもてなしの仕方、じっくり教えてあげるからね!」
「は?なんでお前その事…!」
「え?だって菊が…」と人差し指を顎に当てて記憶を探るように2時の方向に目線を向ける。菊、あいつ言いやがったな。後で覚えとけよ。
「安心して!他の人にはちょっとしか言ってないからさ!」
「ちょっと言ってんじゃねぇか!」
怒鳴り声でツッコんだ。ちょっとって一体どの範囲なのか。噂は植え付ける場所を間違えたら雑草のごとく広範囲に一気に広がる。しかも俺は生徒会長。ネタにされかねない。
「ま、そんな事は置いといて…」
(置いとけねぇよ……)
「まずは首を少しだけ傾けて、明るい声で『おかえりなさいませ、ご主人様!』って笑顔で言ってね!」
彼はいとも簡単そうに言うが、そんなの俺にとっては高層ビルレベルでハードルが高い。その後もフェリシアーノは、「出迎える時のセリフは…」とか、「萌え萌えきゅんは…」とか、王道のメイドのセリフや仕草を伝授してきた。
「こんなんできる自信ねぇって……」
「大丈夫大丈夫!アーサーならできるよ!分からなくなったら…まぁとりあえず愛嬌、愛嬌!」
彼は口角に指先をちょんとつけてニコッと可愛らしく微笑んだ。彼が言うのは、俺に愛嬌があればの話。でも俺の性格は俗に言う「ツンデレ」とやらで、アルフレッドにはいつも現実を突きつけるような鋭い意見を言ったりしている。そんな危機的状況に危機的状況で対応するようなもの、よくて引きつった笑顔にしかならない。
「あ、来たんじゃない?」
「えっ!」
耳をすませてみると、廊下から彼の大きくて澄んだ勇ましい声が聞こえてきた。友達と別れる前だろう。俺が一歩を踏み出せないでいると、フェリシアーノが後ろから背中をズンズンと前に押し出してきた。とうとう、この格好でドアの前まで来てしまった。喉元がドクドク脈打つ。その時、ガラガラと教室の扉が開いた音が響いた。
「やぁアーサー!君厨房係却下されたんだっ…!…て……?」
「…お、」
「お…おかえりなさいませ、…ご、ご主人様……」
「何名様でしょうか……?」
胸の前で手をきゅっと縮めながら、上目遣いの潤んだ瞳で彼を見つめた。声が自然と震える。さすがの彼も、目を見開いて固まっていた。
「え、…あ、……1人………」
「い、1名様ですね…。お席へご案内いたします……」
コツコツと黒いパンプスの音が鳴る。11月の涼しい空気の教室の中を歩いているのに、顔の火照りが止まない。椅子を引いて、手で指し示して座らせた。
「メニュー……お決まりになりましたらこちらのベルを鳴らしてください…」
「あ、…う、うん……」
俺は逃げるようにパーテーションの奥へ駆け込んだ。そしてパーテーションの隙間から、真っ赤な顔をして俯く彼をじっと見つめる。
(は?なんでなんで?なんでアーサーがあんな、あんな可愛い服…!彼がやるとしたら裏方とかじゃ…なんでアーサーが…!)
(どうしよう、可愛い可愛い…可愛いしか頭に思い浮かばない…!)
「ねぇアーサー…!アルフレッドめっちゃ顔赤いよ…!効果てきめんなんじゃない…!?」
パーテーションの裏で俺の様子をずっと見てくれていたフェリシアーノが小声で褒めてくれた。
「だったらいいんだけどな……」
「絶対そうだよ!だって今のアーサーすっごく綺麗で可愛くて、思わず抱きしめたくなるもん……!」
そう言って彼は俺に思いきり抱きついて、鎖骨に顔をうずめた。スンスンと俺の香りを嗅いでは、はぁ〜と幸せそうに息を吐いた。会った時なんかは、俺の事をなぜか怖がってビクビクしていたのに、いつの間にこんな懐いたんだろうな。俺が抱き返そうかどうしようかという葛藤と抱きつかれた恥ずかしさでおどおどしていると、チンと卓上ベルの音がテーブルから聞こえた。
「お、じゃあ注文はフェリシアーノが……」
「何言ってるの?アーサーが行くんだよ?」
「えっ」
彼は不思議そうに顔を上げて、俺をパッと解放した後、ニコニコしながらメモ用紙の挟まったバインダーを渡してきた。黒いボールペンも添えて。
「ほら早く!行ってきて!」
「でも…!」と抗議しようとし始めた頃にはもう遅く、俺はフェリシアーノの手によってパーテーションの反対側へ押し出されてしまっていた。はぁ、とため息を一つつき、窓の外を見て待つアルフレッドの方へとぼとぼと歩いていった。
「…お、お決まり、ですか……?」
「あ、じゃ、じゃあ…この『メイド特製♡愛情たっぷりオムライス』ってやつを、えっと…『萌え萌え特典付き』?ってやつで……」
「え、ほんとですか?」と心に留めておこうと思った言葉がぽろりと零れ出てしまった。それに対して彼は「うん」と意思を変えない様子。彼がそんなサービスを選ぶなんて、意外だなと思ったし驚いた。俺が指名されなければいいけど。
「あ、あと…この『ご指名メイドの人生相談』っていうやつ…」
彼が言ったその『ご指名メイドの人生相談』というメニューは、誰か1人この中から誰でもメイドを指名できて、人生相談ができるというサービス。そして『萌え萌え特典』というのは、定番の『萌え萌えきゅん』を指名したメイド(人生相談サービスと同じメイド)と一緒にする事ができるサービス。チェキも撮ることができて、落書きもできる。このシステムたちを考えたのは菊で、みんな意外と乗り気だった。
「『萌え萌え特典』と『ご指名メイドの人生相談』のメイドはいずれも同じメイドをご指名できますが……どうなさいますか?」
「君」
「なんで……」
今にもがっくりと項垂れそうな、力ない声がふにゃりと出てきた。なんで俺なんだろう。他にも可愛い子はたくさんいるのに。そして、俺の太ももやデコルテの部分に明らかに彼の視線が当たっているのだが、なんの意味があるのだろう。引かれているのか、はたまた別の何かを思っているのか。
「え、…い、…以上で…よろしいでしょうか……」
視線を逸らして、カチリとボールペンをノックして収納すると彼が「うん」と頷く。焦りと緊張で、倍速で会釈をしてガチガチのロボットみたいな足で俯きながら厨房へ向かった。厨房へ入ると、スイーツの甘い香りやケチャップの香ばしい香りが鼻をくすぐった。
「あらぁ〜、ご苦労さん」
「うっせぇ……」
厨房係に大抜擢されたのは、料理の腕がクラスでトップのこのフランシス…と耀。
「早くしろあへん、注文は何あるか」
「あぁ、悪ぃ…えっと、オムライス特典付きと人生相談」
「えぇ?誰を指名したのあいつは」と、フランシスも先ほどのさすがの声の大きさとその注文主に気づいているようだった。
「えっと…お、俺」
「はぁ!?」
耀はその一言に開いた口が塞がらないような様子だった。フランシスはなぜかその事を分かっていたかのように得意げにニヤニヤと笑っていた。
「任せて!お前らの恋が成就するような激ウマオムライス作っちゃうんだから」
「お前『ら』……?」
フランシスも、もちろん俺がアルフレッドに恋をしている事は知っているが、なぜかアルフレッドの恋愛事情も知っているようだった。だが、あいつはアルフレッドに好きな人がいるのかすら俺に教えてくれない。
「た、頼んだぞ!」
「はぁい、その代わり後で付きっきりで勉強教えてよね」
「我も」と耀はすかさず自分を付け加えた。俺はよくこうして何かをした見返りとして勉強を教えてもらう事を選ばれる。理由は俺が学年1位の成績を持っているからだ。
「わぁったよ、よろしくな」
俺は2人にひらひらと手を振って、もう“あえて”隠す事もせずに堂々と彼の前をあくびをしながら通りかかった。本当は顔から火が出そうなほど恥ずかしい。…とりあえず待ちきれない様子のフェリシアーノに現状報告だ。
「えっと…萌え萌え特典と人生相談で俺が指名された」
「えぇっ!?やったじゃん!」
彼はキラキラした目で俺の手をとってキャッキャと飛び跳ねて自分事のように喜んだ。
「チェキ俺が撮ってあげるからね!」
「あぁ、ありがとう…」
そうだ、チェキもあるんだ。その場だけでなくしっかり思い出としても残るとなると、もう消せないという緊張感と妙な嬉しみが湧き出てくる。そのせいか、自然と顔がニヤけてしまった。
「俺、落書きのセンスマジでないぞ…」
「いいんだよ!」とフェリシアーノはにまっと笑顔で一言。そして、俺の両頬を包み込んで、真っ直ぐ瞳を見つめた。
「アーサーが直筆で文字や可愛い絵を描いてくれる事がアルフレッドにとってはどれだけ嬉しいと思う?」
「大丈夫だよ、失敗しても」
その一言に、心がぱぁっと救われた気がした。だが、あいつが本当にそうなのか。
「いやぁ、そうとは限らないけどな…」
諦め気味に呟いた時、厨房と連携しているインターホンが鳴った。料理ができたようだ。丸い金属トレーを持ちながら、少し小走りで厨房へ向かう。
「はぁ〜い、どう?お兄さんと耀の力作・『メイド特製♡愛情たっぷりオムライス』!」
メニュー名には『メイド特製』とあるが、実際はこの2人が作っているから『シェフ特製』のはずだ。だが、ここはメイド喫茶なのでそれなりのリアリティーは必要だろう。
「はぁ、はぁ、…ありがと……」
「お疲れあるな」
「そりゃあな……」と額の汗を拭って中腰のまま荒く呼吸をする。緊張、不安、焦り、羞恥で身体全体が紅潮し、汗が滝のように出てくる。とりあえず、今は一刻も早く最愛の、好きな人の元へ届けに行かなければ。
「お、…お待たせいたしました、『メイド特製♡愛情たっぷりオムライス』ぷらしゅ、あくそ噛んだ…」
「ぶふっ……」
噛んだせいで彼に笑われた。最悪、穴があったら入りたい。でも噛まない方がおかしいと思うこれは。だって、好きな人の前でメイド服着せられて、緊張しまくってるのにこんな長いメニュー名を読ませる方が鬼畜だ。気を取り直して、もう一度途中から読み直す。
「ウッウン…っ…『+萌え萌え特典付き』、『ご指名メイドの人生相談』です……」
「あ、うん…ありがと……」
とりあえず、彼の安堵したような表情が見られて一安心だ。…いやまだ安心できない。地獄はここからだ。俺にとっての最難関が迫ってきている。
「そ、それでは…今からこのオムライスに、美味しくなるおまじない、かけますね……」
そうだ、今から女の子が言ったら可愛い例のやつを言わなければいけないんだ。でも、今までの彼の反応も微妙だったし、やっぱり引かれるのではないか。もしこれがいつもだったら、「なんだいその格好」とか言って笑ってイジってくるのに。彼の喉仏が、ごくりという音と共に上下した。俺は恐る恐る手で天使ハートを作り、熱せられたような喉から精一杯声を振り絞った。
「お、美味しくなぁれ……」
「も、萌え…萌え、きゅ〜ん………!」
きゅっと目を瞑り、この思いをハートの空洞に乗せてオムライスにぶつけるようにして手を微かに前に近づけた。彼は俺のそのサービスを見るなり、椅子を自分の身体で引いて太ももに肘をついてから、両手で顔を覆って「はぁ〜…」と悩ましいため息を大きく漏らした。
「え、あ、…えっ……?」
いつもの態度で接していいのか、ちゃんと店員として接した方がいいのか分からず、おどおどとしていると、彼が
「あぁ、ごめん大丈夫…」
と髪をかきあげて椅子を元に戻した。そして「早く座りなよ」と言わんばかりの視線で椅子と俺を交互に見つめてきた。
「し、失礼します……」
ちょうど座る時に下になる余分なスカートを、太ももに沿うように持ち上げて座った。オムライスを美味しそうに頬張る可愛らしい彼を見て、「ふふ…」と笑みが零れた。いや幸福に浸ってる場合じゃなくて。俺は身を乗り出して小声でアルフレッドに聞いた。「おい、なんで俺を指名したんだよ」。
「えっ?えぇ?あぁ、まぁ〜、ね?文化祭、どこ回るかとか色々相談したかったし…ね?」
彼は目を泳がせながら、カタカタと足で床を激しく打ち付けて貧乏ゆすりをした。
「あ、あぁ…そうだよな!うん……」
てっきり、自分が可愛いからかと勘違いしていた。まさか、わざわざ彼が俺を見るためだけに指名するはずがないのに。自意識過剰だった恥ずかしさと切なさがこみ上げてくる。それと同時に「俺だけの事で頭がいっぱいになってほしい」というただ一つの欲求が生まれてくるようになる。
「て、ていうかこっちこそ質問したい事でいっぱいだよ!」
「まずその服!なんで君が着てるんだい!?」
「似合ってなかったか…?」と俯きがちに聞くと、食い気味に「No,No,No」と首を振って否定してきた。
「だってなんか…菊が無理やり着せてきたから……」
「はぁ!?菊が!?なんなんだいあいつはもう許さないんだぞ!あとで回転寿司奢ってやる!」
「咎めたいんだか称えたいんだかよく分かんねぇな……」
それから彼は再び凄まじいスピードでオムライスを食べ進めた。チラッとこっちを見ては、もう1つトレーに置いてあったスプーンを手に取って俺に差し出してくる。「一緒に食べようよ」という意味なのだろう。
「あ、ありがとうな……」
端っこの卵の部分とその下のチキンライスの部分を一口掬い、食べてみる。するとたちまち卵のコクやケチャップの甘み、チキンライスの塩味が口の中でとろりと蕩け、そのまま口全体にじんわりと染み込むように味が広がった。彼らが胸を張っていたのにも納得できるくらいの芸術的な一品だった。
そして俺はもう一度オムライスを掬って、彼の口の前に差し出した。
「え……?」
「あ、その、この特典に「メイドからのあ〜ん 」っていうのがあってさ…も、もしよければ……」
「ほんと?…あ、じゃ、じゃあ、いただこうかな……」
彼が俺のスプーンにかぶりつこうとした時、俺がある事を思い出してスプーンを引っ込めたら彼の歯が空振ってカチリと噛み合った。
「あ、ごめんこれ俺が口つけちゃったやつだから……」
「え?い、いいよいいよそのくらい…!」
(むしろご褒美です……)
彼の視線が一瞬危ない方向に揺れた気がした。俺もまた、彼が間接キスをOKした事に驚いて、期待してしまった。俺は、彼にとってそんな存在なのかと。
「じゃ、じゃあ…、あ〜ん……」
彼が咀嚼して、ゴクリと嚥下する様子を緊張しながら見つめた。そして彼が「美味しい」と笑ってくれた瞬間、はぁっと安堵のため息をついた。
「お、美味しいですか…?ご主人様……」
なんて、オプションにはない。ただ彼にもっと可愛いって思ってもらいたくてこのセリフを言った。調子に乗ってしまっていた。
「な、…っ!?」
彼は意外にも目を大きく見開かせて、口元を手で覆ってぱちぱちと瞬きをした。惨めな俺をからかってくれないのが恥ずかしくて、ゆっくり俯いた。
「け、結婚してくれ……っ」
「ん…?」
今、なんて言ったのだろう。よく聞こえなかった。でも、気のせいだろうか、彼に「結婚してくれ」って言われた気がした。勘違いかな。どうせ勘違いだ。
「ん、んん〜っっ…………」
羞恥、期待、喜び、自己嫌悪、色んな感情が入り交じってたまらなくなり、俺も紅潮した顔を隠すように口元を手で覆って、落ち着かない膝を左右に揺らしながら俯いた。目の前に映る彼は、そんな俺を見て口元を手で隠したまま、「っっ……」なんて詰まったような雄々しい声を出しながら後ろに仰け反った。
「ジーザス…ッッ……好き……!」
「え?」
彼は跳ね返るように元に戻ると、零れては消えた言葉に戸惑った俺の迷子の手を掴んで、
「ねぇ!文化祭どこ回る!?」
なんていつもの調子を取り戻した…というかエネルギーを満タンにチャージしたかのように聞いてきた。
「えぇ?えーっと……」
お前とならどこを回っても嬉しい…なんて、そんなの困らせちゃうかな。とりあえず無難に、近くのクラスにでも行ってみるか。
「…まぁ、君と回れるならどこの場所でも楽しいんだけどさ……」
「え…?」
今、なんて?でも彼はそんな聞き返す時間なんて与えてくれないかのように「と、とりあえず行くよ!」と俺の手を強く握って出口へ向かった。でもまだ、萌え萌え特典は残っている。「え、チェキは……!」。
「あ、後でまた来るからさ…君のシフトの時撮ろうよ……」
「え…?え、い、い…いいよ……?」
俺はとりあえず急いでシフトの札を『不在』の札に翻した。そして俺たちは今、人混みの中を小走りで駆けている。目的地は分かっていない。彼がどこかへ向かおうとしている間、俺はさっきの彼との会話を頭の中で反芻していた。何度思い出したってありえない、嘘だ嘘だ。信じたくない。彼も同じ、俺と同じ事…「一緒に居れるなら、どこでも楽しい」って考えていたなんて。もう、期待したくないのに。
「あ、…俺、お腹空いた。アーサーも何か食べようよ。」
「……は?」
この人が一瞬何を言っているのか分からなかった。自分の幻聴かとも思った。さっきオムライスを食べたのに…お腹が空いているだって?
「そりゃあ空いてるけどお前…さっき食ったばっかりだろ……」
「ん?まぁね!けど文化祭なんだし、どんどん食べなくちゃ!」
彼はそう言って、俺の手首を掴んだ手を次は俺の手へ滑らせた。「えっ!」と驚いた声を出してみるが、彼は前を向いたまま。だが、耳は真っ赤に染まっている。
「アル……」
驚きと不安で弱々しく名前を呼ぶと、彼がしびれを切らしたように振り返り、耳まで真っ赤な顔のままギロリと俺を睨んで言葉を放った。
「やっっっと名前呼んでくれた!遅いよ!確かに『ご主人様』もよかったけど、君にはそういう風に呼ばれないと落ち着かないっていうか…調子狂うっていうか…あぁもう!」
とんでもない事実が俺の前に今稲妻のように叩きつけられた。ずっと名前呼んで欲しかったのか、お前。意外と可愛いところもあるんだなと、いつもの調子を取り戻して唐突にイジりたくなった。
「へぇ〜?アル、そんなに呼んで欲しかったのか?アル〜、可愛いな、アル?」
彷徨いながらも確かに握られたその手を柔らかく握り返して、蒸し返すような、でも甘えるような声で真っ赤になって固まる彼に向かってほくそ笑んだ。
「っ……っっ……!!」
彼は俺の、チャンスを掴んだと言わんばかりの猛攻に、紅潮した頭をふるふると震わせて彫刻のように彫りが深くて綺麗な目を限界まで俺に向けて睨む事しかできないようだった。
「恥ずかしい?恥ずかしいよなぁ〜、なぁ?アルフレッド」
最後に名前をあだ名ではなく本名で、語尾にハートがつきそうな甘い声で囁いた。俺が満足げに彼の耳元から元に戻ると、アルフレッドは無言で手を引いてとある出し物のところへ向かった。
(やべ、怒らせたか……?)
そんな風に不安を抱えてしばらく彼を見つめていると、どうやら目的地についた様子。そこは、主に恋みくじがメインで引ける恋愛スポットのようだった。
(ふーん…『恋愛神社』……えまってまって好きな人いるの??)
そうだ。わざわざ早歩きでここに来たって事はそれだけ必死だったって事。誰の事が好きなんだろう。なんだか嫌な予感がして、俺の心臓が警鐘のように小刻みにざわつき始める。
「…ここ、入りたいんだけど」
「いい?」
彼の声はいつもより低く熱を帯びていて、普段のキンキンと鼓膜に問いかけるような演説ボイスではなく、1人の大人の男として脳裏を南京錠でジャックするような色気溢れる声だった。手に力が少しだけこもってしまう。でも、離さない。
「…う、うん……」
春の陽を浴びた桜のような透けるスズランテープののれんをくぐり、視線を上げると、そこは雅で神秘的な秘境のような神社の空間だった。元は教室だとは思えないくらい、壁に張り付くツタやささやかに光を放つランタンなどの装飾も凝っていた。
「うわ、アーサーの野郎来たですか!さっさとみくじ引いてキーホルダー作って絵馬書いて帰れですよ!」
「バッチリ全満喫コースじゃねぇか!」
一番最初に声をかけてきたのは、1年2組で俺の兄弟でもあるピーター。生意気なやつだけど、こういうところはしっかり楽しんでもらいたいという意思が表れている。クラス想いのしっかりしたやつだ。
「アーサーもおみくじ引くの?」
「まぁな…」とぶっきらぼうに返事して、六角形の木箱を手のひらに向かって振った。そして、1つの折られた小さい紙が出てくる。
「えっと…?」
結果は…小吉。まずまずだ。アルフレッドと隣、結果を一緒に眺める。
「『引くより押すべし。控えめな貴方には積極的がカギとなるだろう』…」
「『普段身につけないものやしない仕草が相手にとっては貴重な記憶として残る。さりげなく意識すべし』……」
「なるほどな……」
俺が頷きながら眺めていると、俺と同じようにおみくじを取り出しながら彼がこそっと聞いてきた。
「ねぇ……好きな人、いるの………?」
喉の振動が直接伝わってくる、湿った甘美なる声。それが耳に吹きかかった瞬間、おみくじを持つ左手がぴくんと震えた。
「……」
なんて答えればいいか分からない。だって、好きなのはあなただから。返答に困り、わずかに目を泳がせると、答えるかわりに繋いだ手の指をそっと絡めて恋人繋ぎに整え、熱く潤う煌めきの瞳で彼を見つめた。
「アーサー……? 」
彼の尖った髪が、彼の呼吸に合わせて空気を払いのけるように小さく揺れる。その髪は再び前を向き動き出した。
「あ、えっと…俺のおみくじ、大吉だった!すごいよねこれ!嬉しいなぁ」
アルフレッドが、引いたおみくじの結果を見せてきた。…でも、恋人繋ぎの手は握られたまま。……ずるい、そんなの。受け入れているようなものじゃん。これ以上期待させないでほしい、ほんとに。
「うん……」
少し気まずい雰囲気の中、次のキーホルダー作りの机へ移動した。作れるキーホルダーは2種類で、メッセージボトル風のミニチャームと香水の形のミニチャームの2つだった。
「お、かいちょ〜、なんですかその格好?めちゃ可愛いっすね。それにアルフレッドさんも」
「えーと、まず説明しますね。このボトルの中には砂と願い事を書いたメモを入れることができて、それをコルクで閉じたらチャームの出来上がりです。可愛いでしょ?」
「おぉ…」
確かに可愛い。カラーバリエーションもたくさんあるし、なにより願い事を持ち歩けるのはいつでも神様に見守られている気がして心が暖かくなる。
「そしてそして、もちろんこっちもおすすめっす!こっちは香水のボトルの中にこの色の着いた水とこのラメ、そして油性ペンでこのハートのちっちゃいフィルムに願い事を書いてぶち込めば超オシャンティなアクセサリーも作れちゃいます!」
「これ可愛いね!」
生徒の説明でアルフレッドもテンションが上がったようで、「どっちにしようかな」なんて早速もう選び始めている。でも、テーブルの下の手はなんだか名残惜しくて、まだ繋いだまま。
「俺、香水のやつにしようかな」
「いいじゃないか!じゃあ俺は星の砂にするよ」
次は色を選ぶ。どんな色にしようか迷っている時、アルフレッドが「俺は緑にしようかな!」と迷いなくライムグリーンの砂を選んだ。
「なんで緑?」
「えっとそれは……好きな色だから」
なんで好きなんだろう、と思い、理由を一つ一つ考えてみた。……絶対に違うかもだけど、一つ思い浮かんだ。
(もしかして……?)
俺は彼の方に顔を向けて、首をわずかに傾けながら、自分のペリドットの瞳を指し示した。彼は答えようか迷ったような視線をどこかにやりながらも、観念したようにコクリと控えめに頷いた。
(冗談のつもりで…聞いたのにな。)
彼が、俺の瞳の色が好きだったなんてそんな…そんなの、……一緒だったに決まってる。俺はすかさずスカイブルーの色水とソーダ色のラメパウダーとターコイズのハートのフィルムを選んだ。そして、フィルムに『あなたの瞳の色をずっと見ていたい』と油性ペンで書き込んで、彼に見せようと…した。しただけ。やっぱり乙女みたいでなんだか恥ずかしくなって、さっさと水の中に入れて小さなクリスタル型のゴムつきの蓋で閉じてしまった。
「えっ、ちょっとちょっと!願い事なに!?気になるじゃん!」
「う、うるせぇ!お前もさっさと作れ!」
彼は急いで材料を選んで、油性ペンを持ちながら少し考えるようにして斜め上を向くと、アイデアが降ってきたのかすぐに視線を元に戻してペンを持つ手に力を入れ始めた。
「…よし!できた!」
俺は香水のストラップをスマホケースに、アルフレッドは星の砂のストラップを財布につけた。…いや待てよ。これだと2人ともなくしたら困る&使ってたら使ってたで見ちゃうのに日常的に使う回数が多いものではないか。
「アーサー何ぼーっとしてるんだい?早く絵馬書こ!絵馬! 」
「あ、お、おう」
俺たちはこの部屋の最後の展示である絵馬の机へ向かった。絵馬はピンクや赤、白の模造紙が貼られたハート型のダンボールで、好きな色のビニールタイを選んで部屋の端っこに結びつけてある糸にくくりつける事ができるシステムのようだった。
「ねぇ、なんて書くの?」
群青色のペンの蓋をキュポンと抜いて、ペン先を模造紙につけようとすると、アルフレッドが肩を俺の方に寄せて俺の手元を覗き込んできた。
「うーん…『世の中のカップルが全員幸せになりますように』とか?」
「いい人すぎでしょ!」
彼は顔をくしゃっと歪めて、肩を揺らしながらけらけらと笑った。ようやく彼らしい笑いが見れて、心のどこかがふわっと解れるような感覚がした。
「あれは書かないの?だって君好きな……!ひ、と………」
さっきの出来事を思い出したのか、彼は直前で言葉を急ブレーキし、今にも爆発寸前の風船のように顔を真っ赤にして固まった。
「……」
「……」
しばらく2人の間に沈黙が流れた。時間が流れる事に、本当にわずかに、少しずつペン先は乾いていく。そのじわじわと迫ってくるような事実が、俺らのタイムリミットを蝕んでいくようだった。そんな空白を切り裂くようにアルフレッドが先に口を開いた。
「せっかくならさ…お互い内緒にしようよ。で、それが叶ったらお互いに報告するの。」
「……まぁ、それまで一緒にいれるか分からないけどね」
「……うん」
ただ、彼のその切ない言葉にそう頷く事しかできなかった。でも。一緒にいられるか分からないなら。2人だけの秘密の固い約束がいつまでも続くなら。
「……っ!」
俺は脳に電流を流されたように動き出し、ペン先を走らせた。『いつまでもずっと、一緒にいられますように』。重い意味なんて込めない。ただあなたが見れたらそれでいい。隣であなたのその笑顔が見られるなら、その大きな南国の海のような瞳が見られるなら。それでいい。
「…そうか。アーサーは、何か思いついたんだね。俺も、書くもの決まった。 」
「…見ないでよ?」
彼は警戒するように身を縮め、絵馬を手で遮って隠した。それに対して俺は、「叶った時のお楽しみにしとく」、とだけ返しておいた。
「…よし!書き終わった!じゃ、この紐につけて行こ!」
椅子から立ち上がって、ビニールタイを白い糸に巻き付ける。彼が大きく伸びをして教室を出た時、暖房の風がふわりと彼の絵馬を翻して、俺の目に彼の文章が映ってしまった。___書いてあったのは、『一生守りたい』……。ただそれだけ。誰を守るか、何を守るかなんてそんなの書いてない。書いてなくても、なんとなく伝わってくる。彼の強い意志が。
「あ……あ、ちょっと!待てよ!」
彼は自分のへその辺りを擦りながらだるそうに手を脱力させて歩いている。もしかして本当にお腹が空いているのか。
「あ、な、…なんか食うか?」
それに対して彼は、「うん!」と子供のようなキラキラした瞳で、無邪気な声色で頷いた。
「お前、ほんとに大食いだよなぁ」
「まぁね。さっきのオムライスも美味しかったけど……まだ腹3分目くらいかな。 」
「えぇ……」
そのとんでもない胃の容量に、本当に彼には失礼だが微かな戦慄を覚えた。胃袋の内壁にはブラックホールでもついているのか。監視カメラのように。
「んー、…じゃあ、あそこのクレープ屋のデカいの頼んで、2人で食べないか?」
「えっ、あぁー、う〜ん…!い、いいよ〜?」
「えっ、クレープ苦手か?ごめん、やっぱ違うとこに……」
「あ、いやいやそういう訳じゃなくて!」と両手を胸の前で必死に振る彼。その後ろに、ある人が駆け寄ってきた。
「あ、アーサーおった!アルフレッドも一緒や〜ん」
「っ!?」
褐色でふわふわの髪の毛の彼…アントーニョは、背後で自分の膝を曲げて、アルフレッドの膝裏を押した。この学校名物の、『タピオカックン』だ。
「き、君さ!俺に会う度に膝カックンしてくるのやめてよね!」
「そういや、アーサー!めっちゃおもろい展示あったで!」
「無視!?」と大声でしゃしゃり出るアルフレッドをよそに彼は、俺のそばまで来てフロアマップを開いたスマホの画面を見せて生き生きとした声で俺に話しかけてきた。
「ここめっっちゃおもろいんよ!懺悔室ってんでシスターがおるんやけどー…」
アルフレッドも近づいてきて、アントーニョの肩に顎をカクッと預けて画面を覗き込んだ。
「あ、アルフレッド怖いの行ける?行けるんやったらここバリおすすめやで!めっっちゃめちゃ怖いから!」
「え……?」
あのアントーニョでも怖がるほど……?そんなの、森羅万象をかき集めても作れないクオリティなのではないだろうか。
「どれ?『地縛霊研究所 3-1』…。へー!面白そうだね!」
アルフレッドは意外にもホラー好きのようで、わくわくしているのかアントーニョの手からスマホを奪って、新しいおもちゃを貰った子供のように嬉しそうに眺めていた。さっきの甘い空気もすっかり変わって、彼も楽しそうでよかった。 でも問題は俺の方だ。この流れでは俺も一緒に行く事になる。
「行こうよアーサー!」
「えっ……え、…」
できない。断る事なんて。だって、こんなに楽しそうな彼はこの文化祭中初めてだ。そんな彼の期待を裏切るなんて、俺にはできない。
「………うん…」
アルフレッドは、俺の手を再び握って3-1の教室に向かって歩き出した。それを見て俯く俺。手を握られているのに、全然嬉しくない。むしろ不安でいっぱいだ。
(アーサーが怖いの苦手なん、知ってて言わへんかったんやけどな)
それから俺たちはとうとう例の教室の手前まで来てしまった。しかも行列ができている。とりあえず最後尾に並んだ。教室の中から、参加した人たちの喉が剥がれ落ちそうな悲鳴が聞こえてくるたび、俺の胸の鼓動は加速していく。
「うわー、怖そう!ほんとに楽しみだなぁ。ね、そう思わない?」
「あ……う、…うん……そうだな………」
震え声で会話していたら、あっという間に列は進んで番が回ってきてしまった。紙のカーテンをくぐると、説明係の人がサイドにいた。 どうやらここは、ある地図に載っていない地域の地縛霊を研究すべく参加者に調査員として調査してもらう、という設定のようだった。
「うわーさすが3年…設定からもう凄そうだよ……!」
彼は怯むどころか、武者震いをしている。俺は設定だけでもう吐きそうなくらい怖いのに。
「あ、もう準備整ったみたいだよ!行こ!」
「……っ」
ゴクッと息を呑んだ。着たままのメイド服の裾を空いた左手で掴む。履いたままの漆黒のパンプスをカタ、と鳴らして一歩を踏み込んだ。
「うぅ……」
下を向く事しかできなかった。彼の繋いだままの手をぎゅっと握ると、彼も優しく握り返してくれた。
「『ぬいぐるみ、欲しかったなぁ……』」
「ひっ……!」
小さい子…幼女の影が映った。壊れかけのテレビのオブジェに、湖に落ちたぬいぐるみを拾おうとして溺れた幼女の映像が映った。幼女の助けを乞う声も悲鳴も、溺れる犬かきの演技も、何もかもがリアルで頬がビリビリした。
(そ、そうだ…3年1組って演劇部多いから……!)
ここから先、おそらく今日1番…いや、過去1番の、この霊たちに負けない悲鳴を発するだろう。俺は。
「『返してよ…返してよ!!』」
そんな甲高く幼い声を上げながら、壁を突き破って水死体のような顔色の悪いメイクが施された幼女…が成長して大人になった状態の地縛霊が出てきた。
「やぁっ………!」
そんな弱々しくみっともない悲鳴を上げながら、思わず俺はアルフレッドに抱きついた。
「あ、アーサー…!?」
アルフレッドのエネルギッシュに脈打つ胸の音が脇腹を通じて直に聞こえてくる。彼にはここから先もたくさん迷惑をかける事になるかもしれない。もしかしたら抱きつきすぎて、彼の腹が裂けてしまうのではないかってくらい。
「え、メイド服の会長かわよ………」
俺たちが通り過ぎていく時、一瞬幼女役の人が素に戻って俺の事をそう褒めた。気持ちは嬉しいが今は演技をしてくれ。
「…あのさ、アーサー……」
「な、何……」
もしかして、離して欲しい…とかかな。さすがに嫌だよな、こんな…メイド服の俺に抱きつかれるとか……。そんな俺の自責をよそに、アルフレッドは口を開いた。
「お、俺さ…さっきまで『楽しそう』とか言ってここまで来たけど……」
「ほんとはこういう幽霊系無理……」
え。
「……え?」
嘘だろ。
「嘘だろ………??なぁ……」
「……」
嘘だと言ってくれよ。
「大丈夫、俺が守るから……」
彼は俺の事を抱きしめ返して、暖房の風でふわりふわりと波打つホワイトブリムの上から、俺の頭を落ち着かせるように震える手で弱々しく撫でてくれた。
「……っ…!!」
「…俺にずっと、抱きついてていいから」
彼は顔をほんのり赤らめて、凛々しく前を向いた。その姿は高校生だとは思えないくらいしっかりしていて、この学校で一番…いや、世界で一番…かっこよかった。
「い……行こ」
俺…たちはお互いの顔を見つめ合って、首を1回縦に振ってから、前を向いて進み出した。
「『何だったんだろう、あそこ……』」
「…! 」
中学生くらいの男の子の影が映った。床に落ちたバキバキのタブレットの画面に、原子力発電所らしき場所とサッカーボールを持った男の子が出てきた。男の子がその中へ入っていった後、画面にノイズが走り、その後ぐにゃぐにゃに変形してボロボロになったサッカーボールだけが地面に転がっていった。
「…え………?」
小さくそう声を出した頃にはもう画面は消えていて、ポタ…と音がしたと思ったら背後に先ほどの中学生が俯きながら立っていた。前髪や身長は見違えるほど伸びていて、手にはサッカーボール…ではなく、自分の腐った死骸から取ったであろう頭を持っていた。
「あ、…っ、う……アル………!!」
そのショッキングな姿に、怖すぎて思わずアルフレッドの身体に顔を埋めた。はぁ、はぁと荒い呼吸を彼の制服に吹きかける。彼の心臓もまた、ドクドクドクドクと打ち付けるたびにそれに比例するように速度が増していく。
(かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい……)
「あ、アル…………?」
彼は目の前の幽霊というより、どこか遠くの世界を見つめているような目線をしていた。怖すぎて固まってしまったのか、俺が抱きつくのが強すぎて辛いのか。
「あ、だ、…大丈夫だよ、あともうちょっとだと思う……」
アルフレッドは俺の腰をそっと支えながら歩いてくれた。俺は「ありがと……」とささやかなお礼しか言えないまま、最終スポットまで来た。
「最後だから絶対怖いよね……」
(言うなよ余計怖くなる……!!)
一歩を進むと、最後に2人の女の人の影が映った。机には携帯電話が置かれていて、そこからは音声だけが流れていた。画面は『通話中』の画面になっている。
「『なんで…?何であなたはあの人を殺したの……? 』」
「『あなただって浮気を許したじゃない……!』」
「『許してないわよ…ずっと……ずっとあんたが憎かった!返してよ!私の夫を返して!!』」
1人の女の人が金切り声を上げて、もう1人の女の人の胸ぐらを掴んだ。最愛の夫を寝盗られて、命を奪われて。正気じゃいられないはず。思わず見入ってしまうほど、本当に演技が上手い。
「『わかったわ…それじゃあ一緒に死にましょう……?天国に行って、夫に会いに行くのよ…そしたらまた3人で、お話しましょう…!』」
「『いや、やめて……来ないで……!』」
「『いやぁぁぁぁあ!』」
悲鳴が上がった瞬間通話はブツリと切れ、奥から血みどろのワンピースを着た女の人2人が呻きながら迫ってきた。
「……な、…ひ、……っっ…………っ…!」
俺も前に参加してた人たちみたいに悲鳴を上げると思ってた。でも。それどころか、声も出ない。出せない。
「え、あ、アーサー…?大丈夫……?」
女の人2人が、俺たちの元へ歩く速度を早め一気に走り抜けていった瞬間、足元がぐらついて腰が抜けた。それが自分でも衝撃的で、しゃっくりと涙をじわりと滲ませて、広がったスカートのフリルを両方の指先で摘んだ。
「アーサー!?大丈夫!?よしよし、ゆっくり呼吸して……!」
「だ、大丈夫…!?」
幽霊役の人も心配してそばにきてくれた。アルフレッドは暖かい手で背中をさすってくれた。
「ご、ごめんなさ…っ、立てなくて………」
「まぁウチらの演技にそれだけビビってくれたのは嬉しいけどね……」
アルフレッドが俺の肩を服の上からでもわかる筋肉質な腕で包み込んで、頭を撫でてくれた。それでも気持ちは落ち着かない。呼吸は激しくなるばかり。
「すみません、俺が『楽しそう』って思って連れてきちゃったんです…この子が怖いの苦手だって知らなくて……」
「そっか…あ、ごめんちょっといいー!?」
もう1人の役の人が、受付役の人を少し張った声で呼んでくれた。受付役の人が小走りで駆け寄ってくる。
「どうしよっか…保健室、までは歩けなさそうだもんね…」
「……俺が運びます」
俺が小さく「えっ……?」と抜けた声を発した時には、視線と足が宙に浮いていた。アルフレッドは俺をお姫様抱っこをしたまま歩き出した。
「な、いや、自分で歩けるって…………!」
「……嫌な思いさせちゃったんだから、少しはかっこいいとこ見せさせてよ………」
彼は拗ねたように顔を紅潮させ、横を向いた。前髪で目が隠れていて、表情は完全には見えない。
「………うん……」
彼の反応が伝染ったように俺も恥ずかしくなり、薔薇のように赤く染まった顔を俯かせ胸の上の指をきゅっと丸めることしかできない。
「おぉ〜やるねぇえ〜」
「ひゅーひゅー!いいぞぉ後輩くん!」
幽霊役の人と受付役の人が完全に女子高生に戻り、野次を飛ばしてきた。それがもう恥ずかしいを超えて言葉に言い表せない感情になり、「〜〜っ…!!」と声にならない声を出す事しかできなかった。アルフレッドも、「や、やめてください!」と動揺して、覇気のない震えた声を出して抵抗していた。
「ごめんね〜!お大事に〜!」
廊下まで見送ってくれて、お化け屋敷のラストに貰えるお菓子も普通なら1人1個のところを1人2個にしてくれた。
「…」
気恥ずかしさ、いたたまれなさ、気まずさが相まって俺の視界はすりガラスのように曇ってぐわんぐわんと歪んでいく。ガラガラ、と保健室のドアを開けると、養護教諭の先生…エリザベータ先生が椅子に座っていた。
「あら、いらっしゃ…えぇっ!?」
先生は、口を手で抑えて、興奮を隠しきれない様子で俺たちの方へ走ってきた。
「どうしちゃったの!?え!?」
「あ、いや…アーサーが、お化け屋敷で腰抜けちゃって……」
エリザベータ先生は「はっ」と正気に戻ると、スン、と表情を戻し営業スマイルで「ごめんなさいね」と謝った。そういえば、エリザベータ先生は腐女子だって噂がどこかで流れていたような。
「ベッド、借りますね」
「すみません……」
俺が涙で震えたか弱い声で謝ると、先生は「いいのよいいのよ!そんなに怖かったのね」と慈悲深い目をして微笑んでくださった。それから先生は「不登校だった子の様子見てくるから、何かあったらこれで電話してね」と各部屋に1つずつついているテレフォンを指さしてから部屋を退出した。よく考えたらあれは、空気を読まれたのではないか。
「アーサー…なんで怖いのが苦手って言ってくれなかったの?言えば行かなかったのに」
「え、……」
アルフレッドが俺をベッドに座らせ、隣にあった丸椅子に座りながら聞いた。…だって、だって…。そんな、上手く伝える事ができないような、語彙力を失ってしまったようなやるせない気分になった。ついに、我慢していた涙が溢れ出した。
「だって、だって……ぇ!ひっ、う、…お前があんなに楽しそうなとこ…っ、初めて見たから……!」
「自分ばっかり楽しくなって、振り回したくないって…嫌われたくないって……!」
ついに本人に言ってしまった。3-1に向かう途中の廊下でも、部屋の中でもずっとずっと考えていた事を。アルフレッドは、ビクンビクンと小刻みに震える俺を優しく抱き寄せて、後頭部をポンポンとあやすように叩いた。
「…馬鹿だなぁ。君は。」
「……え…?」
「アーサーが嬉しいなら、俺も嬉しいの。だから君が行きたいところは、全部俺の行きたいところでもあるの。」
「そのくらい分かってよ。それとも何?俺がそんなに楽しくなさそうに見えた?」
その問いに対して、「そんな事ない!」と食い気味に否定した。彼は、なんでも楽しむ人に見えた。まさかそれが、その理由が、俺がいたからだなんて。
「そ、そんな…ぜったいうそ………」
そんなわけがない。彼の原動力が、俺だなんて。いつも『つまんなそうな顔』とか、『君を見ると気力が萎えるよ』とか言ってきてたのに。こんなぶっきらぼうでブサイクな顔で、それでいて何に対しても否定的で面白みもない性格で、ノリが悪くて何も取り柄がない俺が。こんな凛々しくて愛らしい顔で、何に対してもポジティブで楽観的な性格で、人を簡単に笑わせる事ができて、なんでもできる彼の喜びだなんて。
「嘘じゃないよ、もー。信じて?」
「ほんと………?」
「ほんとほんと。」といつまでも頭を撫でて、大きな手の親指で涙を拭ってくれる彼。俺は改めて、これまでに何度も思ってきた事を再びフラッシュバックさせるように思い直した。好きだ。俺はこの人が。この広い世界の全ての光の欠片を拾い集めて繋ぎ合わせたような、宝石のようにキラキラ輝く笑顔を持つこの人が。
「よしよし。怖かったね、ごめんね」
いつものキンキン響くような声とは違う、子守唄のような声で何度も俺に囁いて、何度も抱きしめる。俺の息は通常時にまで安定し、脈も安静時と同じくらいになった。…ならよかった。よく考えてみてほしい。大好きな彼に抱かれて、俺が普通でいられるわけがない。緊張で汗が出てくる。気のせいかもしれないが、それはアルフレッドも同じな気がした。声とは対照的に、心臓は彼の厚い胸板を殴るばかり。
「……アルフレッド、緊張してる?」
「…えっ」
図星だ。やっぱり。あの部屋で俺に抱きつかれた時から、ずっと鼓動は普通より速いまま。それどころか、速さは増していくばかりだ。
「どうしたんだよ、やっぱりお前も怖かったのか? 」
「いや、そういう訳じゃ…」ともごもご言い訳する彼に何かリラックスできる動画を見せてあげようと思って、スマホを開いたら、もう時刻は14時に近い。
「……あ、すまんシフトが」
「あっ……そうだっけ…!?ごめんね!行っていいよ!」
彼は、メイド喫茶を出る時「後で来る」と言っていた。おそらく俺の急な発言に脳が活発になり、記憶が置き去りにされ、忘れているのだろう。そんな事は分かっている。分かってはいるのに、泣き止んで潤んだ瞳をとろんと蕩けさせて
「………一緒に来ないのか…??」
なんて子供のようにねだってしまう。迷惑だろうか。こんな風に駄々をこねられて。
「あ、…そ、そうだったね……」
彼も俺の身体を離した後、頬のラインを人差し指で爪を立ててなぞっている。やっぱり、「ごめん、無理を言った」と謝った。
「え?ち、違うよ!そういう訳じゃない!ただ君の可愛さに狼狽えてただけで…あっ」
最後の聞き捨てならない発言に、彼は口を抑えた。
「え、え?俺が……?」
俺も俺で、その衝撃の一言を何度も繰り返し彼に聞き返した。彼はゆっくり、否定を諦めたかのようにコクリと頷いた。
「……」
彼が気まずさで固まっている時に、俺はベッドの縁に手をついて、足を組んで、首を傾げた。それから、なるべく澄んだ声で彼にもう一度問いかけた。
「俺…可愛い?」
「っ、っ……!」
彼は膝を開いて、ガクッと首を下げて太ももの上で手を組んでそこに額を当てた。「はぁ〜〜…」と大きいため息を漏らして。
「……そんなに目に毒だったか?」
「逆だよ逆…アーサーのくせに可愛かったのが無性に腹立つんだよ………」
「っ……!」
今、彼に可愛いって言われた。渾身の演技だったとはいえ、冗談半分でやったのに。身体が暑い。照れって言うのもあるが、たくさん緊張したり、歩いたり、緊迫に陥ったり、泣いたりしたのもあるかもしれない。しかも、この服は生地が重い。だから余計、暑くなってしまう。俺は身体の熱を逃がすために胸元のハートの穴の部分に指を引っかけてパタパタと前後した。汗の匂いがムワッと漏れ出てくる。
「あっつい……」
「……。」
俺がメイド服の白いサイハイソックスを下に下ろそうとしたら、アルフレッドに止められた。しかも「何する気!?」と切羽詰まった顔で。
「何って……身体の体温を逃がそうと……」
「え?あぁ…いやじゃあ窓開ければいいだろ………!」
「なんか…怒ってる?」
明らかに怒ってる顔で「怒ってない!」と食い気味に否定された。それから彼は俺の手を引っ張って「行くよ」と言って保健室を後にした。
「え、ちょっと、お前なんか変だぞ?体調悪いのか?」
「シフトなんでしょ?もうすぐ14時なんだし、他の客でももてなせば?」
「な、なんだよその言い方!」
「……」
彼は無言で、ズンズンと前に向かって大股で歩く。いつもなら振り返って俺の事を確認してくれるのに、今ではそれがない。どうしよう、また涙が出そう。これまでに彼とゆるい喧嘩はした事はあったが、彼をこんなに怒らせたのは初めてだ。もう一生、元に戻れないのかな。
「……アル………」
蚊の鳴くような声でそう訴えた時、彼は泣きそうな顔をしていた俺を見て、ギョッとした顔をして立ち止まる。
「あ、えっ、なになにどうしたの!?」
「なんで怒って…ひぅっ……あれ、なんか勝手に涙出て……ぅっ…」
「え、ちょっと、なんで泣いて……!」
「ごめん、迷惑……うっ、…かけ、…ひぐっ……」
「わかったわかったから無理に話さなくていいよ…!」と彼が背中をさすってくれる。周りの人が、「うわ、泣かせてる…」、「あれ会長じゃん……」とアルフレッドに冷たい視線を向けている。それを見て余計焦る彼。本当に迷惑かけてばっかりだなぁ、俺。
「と、とりあえずこのハンカチ使って!トイレで顔洗おっか……」
「う、…うん……」
彼は俯く俺の背中を支えて、ハンカチを目尻に当てて溢れ出てくる涙を吸い取ってくれた。なんで友達の俺に、なんでこんな図々しくてみみっちくてみっともない姿を見せた俺に、こんなに優しくしてくれるのだろう。友達とはいえ、こんなに気遣いができて相手の反応に嫌味も言わないなんて…本当にこの人を好きになってよかったと思った。だからこそ、この気持ちを届ける勇気が出てこないのは辛い。
「…すまん。取り乱した」
顔も洗って、しゃっくりも引いた後、俺は正気に戻った。情緒不安定でヒステリックな振る舞いをして彼にたくさん迷惑をかけたって、改めて自覚した。
「ううん!俺も動揺してきつい態度取っちゃって……ごめんね。」
「ほんとに自分でも最低だったと思う。ただでさえトラウマ植え付けられて精神が不安定な君にさ、あんな突き放すような言葉を言って…」
「お詫びといってはなんだけど、今なら君の言う事をできる範囲ならなんでもしてあげる」
「え、そんな……」
…いや、むしろチャンスなんじゃないか。ここで「付き合う」という選択をすれば、大好きだった彼と交際する事ができる。だけどやっぱり、こんな風に「さぁどうぞ」と言わんばかりに提示されたチャンスを頼るより、チャンスは自分で掴み取りたい。天使と悪魔がせめぎ合っている。最後の決断を下そうとした時、思考より先に口が走った。
「俺は…アルと一緒にいれたらそれで………」
「はぁ………??」
「あ、や、やっぱ無理だよな…大学とかも一緒になるか分かんないし……」
「そんなの同じ大学行けばいいんじゃん!いいよ、ずっと一緒にいようよ!」 彼は言って、俺の両手を掴んでキラキラした目で後ずさった。
「さぁ、早速チェキ撮ろうよ!Let’s go!」
「あ、ちょっと、速ぇよバカ……!」
俺たちは学校では廊下を走る事は禁止だということも忘れて、2人で幸せそうに笑いながら駆けていった。その様子はとても軽快で、友情的にも恋愛的にも『青春』というのにふさわしい様子だった。
「こんにちはぁーっ!」
彼はテンション最高潮で2-2の教室のドアを勢いよく開けた。どうやらちょうど休憩に入っていたようで、みんな教室の真ん中に集まって雑談していた。
「あー!やっと来た遅いよお前!2人でどこほっつき歩いてたわけ!?」
最初に声を上げたのはフランシス。普段時間にルーズなくせに、こういうときだけ敏感だ。フランシスは立ち上がって「連れてきてくれたお礼!あんたは特別にもてなしてあげる」と言ってアルフレッドを近くの席に座らせた。他のメイドのみんなや裏方、フランシスと一緒にコックをしていた耀も立ち上がってエプロンなどの支度を整え始めた。最初に注文を取ったのはフェリシアーノ。
「いらっしゃいアルフレッド!また来てくれて嬉しいよ!」
「やあ。君も似合ってるじゃないか」
「えへへ、ありがと!メイドは誰にいたしますかー?」
「アーサー」
「だよね!おっけー!」
「即決!?」
そのアルフレッドの即答ぶりとフェリシアーノの適応能力に思わず声に出してツッコんでしまった。フェリシアーノに「ほら早く!」と小刻みに跳ねながら手招きされて、急いで席へ向かった。フェリシアーノは「チェキのカメラとデコレーションの小道具持ってくるね!」とパーテーションの裏へ消えていった。
「あー…その……えっと…」
「ねぇずっと思ってたんだけどさ、君の衣装他の子より露出度高いよね」
「えっ」
確かにそうだ。改めて周りを見渡してみる。フェリシアーノは彼の華奢なスタイルが際立つクラシカル×ミニスカのデザインで、フェリクスは彼の童心的でダウナーな性格をよく表す、名札がついたジャージメイド。そしてバッシュは質素で真面目な彼によく似合うヴィクトリアンメイド。それに比べて俺は…肩も胸も露出した、スカート丈が1番短いギリギリ法に触れそうなフレンチメイド。他の子に比べてそこまで可愛くもないのになんで俺だけ。菊の趣味が謎すぎる。
「はぁ…」
全身を自分で見渡してから、なんだか自分が惨めに思えてきて、その場にしゃがんだ。そのうちフェリシアーノがスカートをフリフリと揺らしながらやってきて、カメラやその他諸々が入った箱を机に置いてくれた。
「ポーズ、どんなのがいいかな?3枚とも違うポーズで行っちゃう?」
「あー…こういうのはアルに決めてもらった方がいいんじゃないか?」
俺はあいにくそんな映えるようなセンスを持ち合わせていない。せっかくなら客であるアルフレッドに決めてもらった方がいい。そこで、フェリシアーノが指を立てて提案してきた。「えー、じゃあじゃあ!1枚目はアルフレッドの好きなポーズで、2枚目はアーサー、最後は俺って感じにすれば平等じゃない?」と。
「おー、いいじゃないか!よろしく頼むよ!」
アルフレッドもその提案に賛成した。俺も賛成だ。他力本願しないで、自分でもしっかり考えなければいけないと感じたから。
「き、綺麗に撮ってくれよ…?」
俺のその言葉にどんな意味が込もっているのかフェリシアーノは瞬時に理解し、親指を立てて「任せて!」とウィンクをした。まず初めは、真ん中で腕を交差させて恋人繋ぎをして、もう片方の手で頬に片方ハートをするポーズ。彼にしてはなかなか可愛いチョイスだ。恋人繋ぎをする時、さっきしていた時の事を思い出して少しだけ恥ずかしくなった。だけど、その恥じらいさえも恋の暖かいぬくもりだと実感して、ほわりと微笑む。
「撮るよ〜!はい、チーズ!」
カチャ、と立体的なサウンドが鳴って、下の隙間から生暖かい写真が出てくる。3人で写真を眺めてみた。写真の中のアルフレッドの目は大きくて、顔の形も綺麗でとにかくかっこよかった。そしてその隣で微笑む自分も…どこかいつもより綺麗に思えた。とにかくフェリシアーノの撮り方が上手い。絶対対象を上手く魅せようという意志を感じる。
「ポーズか…どうしようかな」
そんな風に悩んでいると、後ろから通りすがりのフランシスが「いけ、キスだ…!キスしろー…!」と小声で野次を飛ばしてきた。俺が怒りと恥で右手の拳を握りしめていると、隣でアルフレッドは顔を真っ赤にして「聞いてませんよ」と言わんばかりに目を逸らしていた。
「あ、…じゃ、じゃあ……ほっぺに指つんってやるやつ………」
真ん中で繋いでいた手はどうしよう。なんだか、名残惜しくて離したくない。…せっかくなら、手のひらと手のひらを合わせる上品な手の合わせ方にしよう。
「いいねいいね!可愛い〜!じゃ、撮るよ〜!」
この調子で3枚目も撮る。フェリシアーノは一体、どんなポーズを指定してくれるのだろう。
「んー、じゃあじゃあ!お互いの手でハート作るやつ!」
「え、あー……」
プリクラなどで定番の、片方がハートで片方がグッドサインを出すようなやつだ。でも、どうしよう。ただの友達だなんて見てないし、むしろハート側の人と同じ恋愛的な目で彼を見ている。
「アーサー、準備できたよ」
(どうせアーサーの事だからグッドの形にでもするんだろうなぁ。ほんとツンデレで可愛いな〜)
「えっと…」このまま葛藤に追われていては日が暮れてしまう。別に間違いではないんだからと、勇気を出してそろりとアルフレッドの作った片手のハートの横に自分もハートを作った。
「え…」
ハートを差し出した瞬間彼はガチリと石のように固まった。それを見てフェリシアーノが茶化すように自らの口元に手を置いた。
「おぉ〜、じゃあ撮るよ〜!」
排出口から出てきたフィルムの中の俺たちは、写真でもはっきり分かるほどどちらも顔を真っ赤に赤らめていた。
「可愛く撮れたね!じゃ、デコってこ〜!」
デコレーションの道具はたくさんある。定番のカラーマーカーやステッカー、トレカケースにその端につけるリボン。そのリボンの上に乗せるパールや小さい白黒リボン。
「うわぁ、色々ある!」
「メイドさんガチ勢オタクにはトレカケースとリボンがおすすめだよ!」
「じゃあそれにする」
「お前ガチ勢だったのか…」
アルフレッドは躊躇なく緑色のリボンを選んだ。ホログラムの糸が含まれていて、薄い緑と濃い緑の層になっていて可愛い。
「いいね!ちなみになんで緑なの?アーサーの目の色が緑だからって事?」
「えっ?あ、あぁ!ま、まぁなんとなく彼に似合うのはこれかな〜って……」
目が泳ぎまくってる。これじゃあ「そうです」って言ってるようなもの。こっちまで恥ずかしくなる。やめてくれ、これじゃあいっそ白状した方がマシだ。
「ふーんなるほど、よく分かったよ!」
「何が!?」
「こちら萌え萌え特典にはなんと、メイドさんが落書きしてくれるサービスがついていまーす!」
ネットショッピングの広告のような明るいトーンで言った後、俺にペンを差し出して「ほら、なんか描きなよ」と小声で伝えてきた。こめかみに汗を光らせながらコクリと頷く。
「えっと…」
俺は『来てくれてありがとう』という文字と、天使の羽とハート、そして端っこの角に小さく『ILoveYou』と筆記体で書いた。それぞれの文字を白いペンでポップに縁取って、彼に手渡した。
「可愛い!ありが…ん?……あ、ありがとう…………」
さすがにバレたか。焦りと恥ずかしさと申し訳なさで目を合わせる事ができない。とりあえず横に顔を逸らして、残り2枚のチェキフィルムで赤くなった頬を隠した。それをフェリシアーノが容赦なく取り上げ、アルフレッドに「はい、どっちか落書きしていいよ〜!」と差し出した。
「あ、うーん…」
「じゃあさ…俺が落書きするからそれをアーサーに渡してもいい……?」
アルフレッドが俺につられたように顔を赤くして言うと、フェリシアーノがにこにこ笑みながら「もちろん!」と快諾した。アルフレッドは安心したようにマゼンタのカラーペンを手に握ると、写真の中の俺と彼に猫耳、猫のヒゲ、猫の鼻をちょんと付け加えてから、下に『#We enjoy 文化祭!』と記した。下に年月日を書いて、端に何かを書いてからケースに入れて俺に手渡した。
「あ、ありがとう」
その端に書いた何かを見る前にフェリシアーノに「ねぇ、次はどうするの?」と話しかけられてしまった。アルフレッドはトレカケースに素早くフリルを貼り付けて装飾している。こういうとこ陽キャだ。フェリシアーノが言った『どうするの』はおそらくこれからのアルフレッドとの予定の事だ。さて、どうするか。そんな事を考えているうちにアルフレッドが飾り終えたケースを2つ持って「すごく楽しかった!ありがとう!」とメイド喫茶を出ようとする。慌てて引き止めた。まだ一緒にいたい。でも、アルフレッドにもアルフレッドの事情はある。なら。
「あ、あの…!」
「なんだい?」
「き、今日の夕方…明日のために色々買い出ししないとなんだ……」
「一緒に…行かないか……?」
彼は一瞬微かに目を見開いてから、ぱぁっと花が咲いたように顔を輝かせて「of course!!」と頭を大きく縦に振って叫んだ。よかった、彼に予定がなくて。よかった、ずっとつきまとってくる図々しいやつみたいに思われてなさそうで。 それから時間は過ぎていき、時計の針が16時を触れた。客が帰ったのは15時。学校に泊まらず家に帰る人は15時半に帰った。じゃあその間、何をしていたかと言うと。
「はいお前UN〇って言ってないー!!」
「はぁ!?嘘だしー!?」
カードゲームだ。今、フランシスとフェリクスがビリ決定戦をしているところ。1番勝ちの俺はもう解放されているはずなのでみんなに「ちょっと買い出し行ってくるな」と言って財布をジャージのポケットにしまった。
「あ、あの〜…1人で行ってくるんですか…?」
マシューが他の人の横からひょこっと顔を出して聞いてきた。さすがアルフレッドの双子の兄なだけあって気遣い上手だ。
「大丈夫だよ〜、だって好きぴが着いてってくれるもんね〜?」
「は?黙れよお前まじでさ!!」
俺はニヤつきながらカードをひらひら振って扇子のように煽ってくるフランシスを蹴っ飛ばした。「いたぁ〜い」と女のように喚く彼を、クラスのみんなは自業自得だとでも言うように笑った。
「アーサー準備できたかい!?」
本日3回目、アルフレッドが勢いよく俺たちのクラスの扉を開けた。俺はぐてっと大の字に倒れ込むフランシスに「お前危ねぇな聞かれてたらどうしてくれんだよ……!」と囁いてから教室を出た。幸い彼には聞かれてなさ……そう?
「ちゃんと防寒した?」
「あぁ、最近寒いからな」
「俺もばっちりだよ!じゃ、しゅっぱ〜つ!」
日が短い朱色の空の下で、雑談しながらスーパーマーケットに向かった。今日の文化祭での事、何を買うのかという事、明日どこの出し物に行くかという事。こんな何気ない時間ですら楽しくて、特別な宝物に感じた。スーパーに入ると、白かった息も気にならなくなった。
「えっと…卵とそれから牛乳、カレールー、にんじん、バジル…君たちのオムライス食べた時から思ってたけど、君たち結構ガチだよね」
彼がメモを覗き込みながら顎に手を当てて言う。
「まぁな、調理室のやつ許可取って使ってるし火元の管理も色々徹底してるからな」
「へぇーすごいや」と言いながら、彼はスーパーのそこかしこを回ってメモに書いてあったものをすべて集めてきた。こういう時、彼の記憶力の良さと足の速さが役に立つ。
「早っ!?あ、ありがとう……」
その速さに圧倒されながらも、レジで会計を済ませてスーパーを後にした。帰りは、さっきしていたカードゲームでの面白い話や今日明日の泊まりでは何をするのかという話をしていた。それまではお互い笑えたし、とても楽しかった。だけど。
「でさー…」
「あ、待ってアーサー危ない……!」
俺のすぐ横を自転車が猛スピードで通り過ぎた。ギリギリアルフレッドが気づいてなければぶつかっていたかもしれない。けど……これはこれで問題だ。アルフレッドが慌てて俺の事を彼の胸に抱き寄せて、今俺は彼に抱かれている状況になっている。こんなテンプレートのようなシチュエーション、なかなかないだろと他人事だった。そんな事無かった。今、それを痛感した。
「あ…っ、ご、ごめんアーサーその…つい………!」
「わ、わかってる……!こっちもその、ごめん………」
さっきの事で、身体が完全に密着する羽目になってしまった。保健室でのあれは、友情のハグ。でも今は違う。不可抗力のハプニングによる世界一気まずいハグ。バッと慌ててお互いから離れて歩き出した。大ケガしていたかもしれないという焦りと安堵、そして恥ずかしさで心臓がうるさく暴れ回る。聞こえていないかな。聞こえていたら、さっきの自転車のせいにしたい。帰り道はいつもより、むしろさっきよりも万倍も長く、暑く感じた。
「た、ただいま…」
「おかえ…ん?顔赤いよ?もしかしてなんかあったな!? 」
アルフレッドと廊下で別れて教室へ入った途端、フランシスが恋バナレーダーを発揮して近づいてきやがった。「なんで分かんだよ!?」と彼に手を引きずられながら叫んだ。みんなが何かを察すると、途端にみんなニヤニヤした顔になって、野次を飛ばしたり口笛を吹いたりして茶化してきた。教室の真ん中に集まってみんなが円になって座っている。その1つに、俺のスペースもあった。みんなが「早く来なよ」と言うように目で誘って、フランシスが俺の座るその隙間をトントンと手で叩いた。渋々、そこに座った。
「で!?で!?何があったわけ!?」
「え…っと……」
話そうかどうか、躊躇ってしまった。幸い、俺の好きな人を知っている人は「誰を好きになろうがアーサーはアーサーだよ」と受け入れてくれている。しかし、このクラスには同性愛が苦手な人もいるかもしれない。言うのを躊躇したのは、そんな人たちを私情で不快にさせたくないから。不安でフランシスの方をそっと見ると、彼はうんと頷き、「みんなこいつが誰の事を好きだって怒んないよねー!?」とクラスメイトたちに確認を取った。それに対してみんなは「当たり前じゃん!」と口を揃えて声を発した。
「俺、…アルフレッドが好きなんだけど…… 」
恐る恐る呟いた。するとみんなは「あぁあ〜!」と納得するように大げさに声を上げた。そして口々に「かっこいいよね!」とか「頭いいよね」とか「運動神経いいよね」とか、俺のただ一つのその言葉に共感するように言葉を放った。とりあえず、安心した。その一言に尽きる。
「さっき、買い出し行ってた時…自転車に当たりそうになって、あいつが焦って俺を抱き寄せて……」
最後まで言っていないのに、みんなは「おぉ〜!」とピンク色の歓声を上げた。恋バナで白状するのがこんなに恥ずかしいとは思わなかった。それから何時間、ずっと尋問され続け……
「電気消すぞー」
「おっけー!」
パチリ、と電気が消える音がした。俺たちは飾り付けのしてある教室ではなく、隣の空き教室で布団を敷いて寝る。みんなが寝静まった真夜中、尿意を感じ目が覚めた。おそらく昼間、緊張しすぎて喉が乾き、水を飲みすぎたせいだろう。だけど…行けない。トイレに。昼間のお化け屋敷の件もあって、怖くて行けない。クラスの中の誰かを呼んで一緒に着いてきてもらおうと思ったが、一人でトイレに行けないとか、お化けが怖いとか、昼間アルフレッドとお化け屋敷に行ったとか、すべてがバレてしまう。かといって朝まで待ってはいられない。…背に腹はかえられない。こうするしかない。全てを知っている彼を呼ぶ。俺は隣の空き教室に行き、扉をそっと開けてアルフレッドを小声で呼んだ。
「あ、アル…アル……!」
「ん……?あれ、どうしたの……?」
「あ、その…トイレ………」
その一言を言っただけで彼は、 「あぁ、いいよ……」と意図を汲み取ってくれた。最初から断るつもりなんてなかったかのように。
「すまん…ありがと………」
「大丈夫だよ、昼間あんなの見たら怖くなっちゃうよね」
「うん…」と俯きがちに頷いてトイレのドアを開けた。この校舎は比較的新しいが、やはり夜のトイレというのは、その明るい照明により薄暗く影を落としている場所もあって不気味だ。ただ用を足すだけなのに、終始肝試しのようだった。
「ふー、意外と雰囲気あったね」
ガチャリ、と扉をそっと閉めて、空き教室までの短いようで長い廊下を、歩幅を合わせて一緒に歩き始めた。スーパーの帰り道のように、色々な話をした。もちろん小声で。半分くらいまで歩いていると、突然後ろの階段から物音がした。コツリ、コツリと、こちらに近づいてくる。俺が戸惑って「え、え…!?」と言葉も発せないでいると、アルフレッドが手を引っ張って「見回りの先生じゃない…!?」と逃走体制に入っている。そのうち、懐中電灯の広範囲な光が見えてきた。それを見て俺はようやく脳で理解して、身体に伝わってきた。とりあえず足音を立てないように小走りで逃げた。1番近い教室…アルフレッドたちの寝る空き教室へ。
「はぁ、はぁ……危なかったね……」
「うん…じゃない!」
「そうだ、先生部屋に入ってくるかもだから早く寝たフリしないと!」
俺が思い出したように慌てて声を発すると、それにアルフレッドも共鳴するように動き出した。アルフレッドのクラスメイトを踏まないようにそろりそろりとバランスゲームのように歩いて、アルフレッドの布団に入った。
「……」
「………!」
…これはこれでピンチかも。そう気づいたのは、アルフレッドと横になって至近距離にぐっと近づいた時だった。お互いの目線や肩の動き、まつ毛の震えまでもが洗いざらい見えてしまう。そんな時、アルフレッドがふと口を開いた。
「ね…まだ先生うろうろしてるかもだから、今夜はここで寝ない……?朝はバレないようにそっと抜け出せばいいからさ…。」
「え……!」
そんな、そんなの、耐えられるわけがない。ずっと胸がドキドキしっぱなしで、苦しくて、相手のすべてが愛おしくて、近いのに届かなくて、今にもあなたに思いが伝わってしまいそうで、たまらないのに。それなのに、口が勝手に動いてしまう。意思とは別に。「う…、うん……」と。ここから先、眠れる自信がない。もしこれが先生、アルフレッドのクラスメイトの2-1の誰か、もしくは俺のクラスメイトの2-2の誰かに気づかれてしまったら。そんな緊迫感と彼に対する愛情、後ろめたさが押し寄せてきて、脳裏で黒い薔薇が咲く。それはやがて枯れ落ち、花びらが重くまぶたに降ってくる。視界が軽く揺らいできた時、アルフレッドが俺に内緒話をするように囁いた。
「あのさ、俺…明日の午前、出し物として体育館のステージでボーカルするからさ……」
「時間あれば、来てくれない……?」
「そう、なのか……」
彼がステージでライブ…?しかもボーカル?絶対かっこいいに決まってる。何がなんでも行く。予定を開けてでも、なんならメイドのシフトをサボってでも行く。ペンライト持っていくし、菊にうちわ持っててもらう。断る理由なんてどこにもない。
「い、行く…!絶対行く……!!」
「ほんと……!?嬉しいな…俺も、全力を尽くすから」
「…うん、待ってるぞ」
そんな会話を交わしたあと俺は、眠気に優しく頭を撫でられ、観念したようにゆっくりとまぶたを閉じた。
この大変長文な作品を最後までお読みいただきありがとうございました。この作品を読んで少しでもキュンとしていただけたなら幸いです🍀。もしご好評いただけたなら、後編の執筆もしようかと考えております。ぜひぜひいいねよろしくお願いします。
#アルアサ
#ヘタリア二次創作
コメント
2件
めちゃくちゃ面白かったです💞 2人の関係性にドキドキしながら読ませていただきました♪あまりの尊さに悶絶してリアルで声出ちゃいました笑 後編も楽しみにしていますね☺️
めっちゃ面白かったし、めっちゃキュンした!!!😭💕💕 アーサーが菊に無理やりメイド着せられるところからもう笑ったし、フェリシアーノに「萌え萌えきゅん」教えられてるのが可愛すぎてやばかった〜!! 保健室でアルに「君が嬉しいなら俺も嬉しい」って言われたとこは完全にノックアウトされたよ…ずるいって!!😳💘 ラストの布団で「ライブ来て」って囁くアルも反則だし、続きが気になりすぎる!!後編絶対書いてほしいです!!待ってます!!🌸💫