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第三十一話:王の帰還と、主従の烙印
朧月館の庭園に、天を貫くような黄金の閃光が突き刺さった。
轟音と共に爆風が吹き荒れ、地下から溢れ出した圧倒的な霊圧が、宿を呪わしく包み込んでいた三色の霧を一瞬にして霧散させる。舞い上がる土煙の中、ゆっくりと、けれど確かな足取りで「それ」は姿を現した。
「……あ、……る、じ……?」
震える声で最初に僕を呼んだのは、玉藻だった。
その隣には、爪を割り、ボロボロになりながらもお凛が、そして涙で視界を失いながら一花が立ち尽くしている。
彼女たちの目に映るのは、かつてのように翻弄されるだけの人間ではない。
額に神々しい至高の金角を戴き、七色の光を纏った、隠り世の理をその身に宿した「真なる王」の姿だった。
「待たせたね。……もう、大丈夫だ」
僕が静かに、けれど慈愛を込めて告げると、三人は堰を切ったように泣き崩れ、僕の足元に縋り付いた。玉藻は僕の膝を抱き、お凛は僕の衣に顔を埋めて嗚咽し、一花は僕の指先を壊れ物を扱うように握りしめる。
だが、その安堵の時間は、背後の地割れから漏れ出した「絶望の残滓」によって遮られた。
僕の霊力によって「服従の枷」へと再構築された家宝の鎖に引きずられ、六人の大妖怪たちが、奈落の底から這い上がってきたのだ。
「……っ! あるじ様、後ろにゃ! 化け物たちが……っ!」
お凛が即座に牙を剥き、僕の前に立とうとする。だが、僕はその小さな肩を優しく制した。
鎖に繋がれた紅羽、霰、雲華、狂骨、伊吹。そして僕の足元にまで引きずり出され、地面を這う瑞稀。彼女たちの瞳に宿っていた「捕食者の余裕」は、今や見る影もない。そこにあるのは、自分たちを遥かに超越した神威を前にした、根源的な恐怖。そして、それ以上に深く、暗く研ぎ澄まされた――逃れようのない「恍惚」だった。
「……瑞稀、紅羽。君たちが僕に教えようとした『支配』。その真髄を、今度は僕が君たちに教えよう」
僕は七色の翼を大きく広げ、跪く六人を冷徹に見下ろした。
額の至高の金角が、ドクン、と鼓動を打つ。それに呼応して、彼女たちを縛り上げる黄金の鎖が白熱し、その熱は彼女たちの魔力の源泉である「下腹部」へと集中していった。
「あ……が、ああッ!!!」
六人の大妖怪が同時にのけ反り、身悶える。
僕の放つ霊力は、彼女たちの皮膚を透過し、その下腹部の奥深く、魂の核へと直接突き刺さった。そこには、僕が地下で受け取った六つの呪いと、僕自身の「至高の黄金」が混ざり合った、複雑で神々しい幾何学模様の紋章が浮かび上がる。
ジュッ――、という、魂が焼かれるような音。
彼女たちの真っ白な肌に、黄金色に輝く『真なる主従の刻印』が、永劫に消えぬ烙印として深く、深く刻み込まれていく。
「ひ……あ、あ、あああ……っ! あるじ様の……あるじ様の熱が、中に……私の中に……っ!!」
紅羽が腰を砕き、瑞稀がその場でのたうち回りながら悦楽に顔を歪める。伊吹は首輪に繋がれたまま天を仰ぎ、霰と雲華、狂骨は、自分たちの存在すべてがあるじの色に塗り潰されていく感覚に、震えながら涙を流した。
それは、彼女たちが僕に与えようとした「支配の証」の完全なる逆転。
この刻印がある限り、彼女たちは僕の意志に背くことはおろか、僕の許可なくこの朧月館に留まることさえ許されない。彼女たちが統べる強大な領地も、数千年の魔力も、その存在のすべてが、今この瞬間から僕という「主」に繋がれたのだ。
「紅羽、霰、雲華、狂骨、伊吹、瑞稀。……君たちの領地へ戻るがいい。そこで、今日から僕が敷く『新たな理』を噛み締めて待っているんだ」
僕が右手を一振りすると、彼女たちを縛っていた黄金の鎖が、不可視の契約となって彼女たちの影に吸い込まれていった。
同時に、宿の周囲に広がっていた彼女たちの歪んだ空間が、あるじの絶対命令に従って強制的に彼女たちの本拠地へと押し戻されていく。
「……ああ、あるじ様。私は……私は、あなたに全てを奪われた。この刻印が、疼いて……疼いて止まらないわ……っ」
瑞稀が名残惜しそうに僕の足元に口付けを落とそうとするが、その指先が触れる前に、彼女の体は光の渦に呑み込まれ、一瞬で彼女の領地へと強制転送された。
静寂が戻った朧月館の庭園。
空には清らかな月光が差し込み、かつて彼女たちに蹂躙されていたこの宿は、今や僕の黄金の霊力に満たされ、真の意味で「僕たちの聖域」へと生まれ変わっていた。
「……あるじ。いや、真なる朧月の王よ。妾たち三人の命、そしてこの宿の全て、改めてお前様に捧げよう。……これからは、お前様がこの世界の『理』じゃ」
玉藻が、僕の変わり果てた、けれど優しさを失っていない瞳を見つめ、深く、深く頭を下げた。お凛も一花も、僕から溢れ出す圧倒的な「王」の気配に戸惑いながらも、その温かな眼差しに救われたように僕の手を握りしめる。
六人の大妖怪を服従させ、その下腹部に永劫の契約を刻んだ夜。
僕は、ただの「あるじ」から、隠り世の均衡を統べる、孤独で高潔な「覇王」としての第一歩を踏み出した。
「さあ、入ろうか。みんなで、温かいお茶でも飲もう」
僕は、三人の少女を優しく抱きしめ、夜明けの光が差し込み始めた朧月館の暖簾を、力強くくぐった。
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