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彼、村瀬悠真は悪気がない。
でも、“悪気がない”というのは、一番残酷な免罪符。
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「で、なんの相談?」
放課後の教室。
村瀬悠真は、笑顔で机に腕を乗せたまま、私に言った。
私は、少しだけ困ったような顔をして、
わざと視線を逸らす。
「……ううん、やっぱいい。ごめん、なんでもない」
「なにそれ〜気になるじゃん」
「……あんまり、人に言いたいことじゃないから」
その言い方が一番効くと、私は知っている。
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3分後。
村瀬は、空き教室にいた。
もちろん、私と一緒に。
「え、まじで“誰にも言ってないこと”?そんなにヤバい?」
私はうつむいて、小さく笑った。
「悠真くんって、いい人だよね。
そうやって、誰とでも仲良くして…
でも、それってほんとに“全部自分の意思”なの?」
彼は一瞬、きょとんとした顔をした。
「え、どういう意味?」
「たとえばだけど、
“話しやすい人”とか“いじっても笑ってくれる人”とか、
無意識に選んでない?」
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その言葉の意味に、すぐには気づけない。
でも、確実に何かを“引っかけて”いる。
村瀬は冗談っぽく笑った。
「まぁ、そういう方が楽しくね?」
私はすぐ返した。
「でも、それで誰かが“笑えなくなってた”ら?」
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沈黙。
村瀬は少しだけ目を細めて、天井を見上げた。
「……誰か、怒ってた?」
「さあ。
でも、悠真くんって、自分の“言葉の重さ”を測ったことある?」
「……え?」
「軽く言ったつもりのことって、
その人にとっては一生残ることもあるよ。
悪気がなかった、っていうのが一番タチ悪いんだよ?」
その瞬間、
彼の笑顔が少しだけ揺れた。
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次の日。
村瀬は、クラスで普段通りに振る舞っていた。
でも、ちょっと違った。
「なにその服w」
「……あ、いや。似合ってると思うよ?」
「お前、また寝坊か〜、やべーな」
「……あ、でも最近忙しいって言ってたもんな」
言葉のあとに、
“一拍の迷い”が入るようになった。
自分の言葉が、
本当に「無害」だったのか、
頭のどこかで考えるようになっている。
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私は、それを観察していた。
彼が“笑いの中にいる”ふりをして、
本当は笑えていないことを。
彼の“いい人”という仮面が、
誰にも気づかれないまま、少しずつ剥がれていく音を。
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その日の昼。
図書室で西園寺に会った。
彼は本を閉じて、
こちらを見ずにこう言った。
「君って、ほんとに楽しそうにしてるよね。
人を“悩ませる”ことで」
「違うよ。
私は、相手の“本性”を引き出してるだけ」
「でもさ。
その“本性”って、君が引き出さなきゃ
一生知られずに済んだかもしれないものなんじゃない?」
その言葉に、私は少しだけ、黙ってしまった。
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悪気がなかった、なんて言葉。
それは一番、人を追い詰める毒だと思う。
そして今、その毒を――
私は、彼に返してあげている。
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