コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
翌朝──…
スマートフォンのアラーム音で目が覚めた。
目を開けても、まだ頭はぼんやりとしている。
昨夜、眠りに落ちる瞬間まで尊さんのことが脳裏に焼き付いていたからだろう。
いつもなら、起きてカーテンを開ければ
その光と空気で気持ちも体もシャキッと切り替わるのに、今日に限ってどうにも気分が乗らない。
重い瞼をこすりながら体を起こした。
時間は待ってくれない。
重い体を引きずってキッチンに立つ。
簡単なトーストを焼いて、冷蔵庫から出したイチゴジャムをたっぷり乗せて頬張る。
甘酸っぱさが少しだけ意識を覚醒させてくれた。
身支度を整え、会社へと向かう。
(今日は絶対に尊さんに聞き出してみせる……!)
決意を胸に、電車に乗り込む。
ガタゴトと揺れる車内でも、俺の思考は昨日の尊さんのことばかりでぐるぐると渦巻いていた。
確かに感じた尊さんの様子の変化。
昨日は結局何も聞けずに終わってしまったけれど
このモヤモヤを抱えたまま過ごすのは耐えられない。
オフィスに着き、尊さんの姿を探す。
すでに尊さんは席について、パソコンとにらめっこしていた。
その横顔はいつも通り冷静沈着に見えるけれど、俺の視線が集中しすぎているせいか
どこか遠い気がした。
俺も自分のデスクにつき、仕事を始める。
しかし、頭の中では尊さんのことがぐるぐると渦巻いて集中できない。
打ち込むキーボードの音も、周囲の喧騒も、遠くで鳴っているようにしか聞こえなかった。
◆◇◆◇
午前中の仕事をなんとかやり過ごし、昼休みになったタイミングを見計らう。
(よし…!)
いつも通り尊さんを誘おうと席を立つと、ちょうど尊さんは給湯室で珈琲を入れていたところだった。
これはチャンスだ。
二人きりになれる場所で話したい。
「あのっ!尊さん、お昼まだですよね?」
俺の声に尊さんは振り返る。
「ああ、いつもの店でいいか?」
「えっと、屋上でもいいですか?」
俺の提案に、尊さんは少し不思議そうな表情を浮かべた。
「??いいが」
尊さんの許可を得て、俺たちは連れ立ってオフィスを出た。
屋上までの廊下を歩いている間
ずっと心臓がうるさいほどドキドキしていた。
何をどう切り出すか、頭の中でシミュレーションを繰り返す。
いざ、屋上へ上がると、開けた空と吹き抜ける風が心地よい反面、一気に緊張感が増してきた。
尊さんが手すりにもたれかかる。
「あ、あの、尊さん!」
意を決して呼びかけた。
「なんだ?」
尊さんは平然とした様子で俺の方を見た。
その瞳に、昨日感じた影のようなものは見当たらない。
「えっ…と」
切り出したものの、言葉が続かない。
どう切り出そうか悩んだ末、結局、一番ストレートな疑問をぶつけることにした。
「あの、昨日、尊さんちょっと元気なかった気がして……」
「……俺がか?」
尊さんは小さく問い返す。
「はい、なんか様子が変っていうか……その…いつもの尊さんじゃないような気がして、俺、心配になっちゃって」
そこまで言ってまた黙ってしまった。
どう言えば尊さんが話してくれるだろう。
「……俺は普通だぞ。特に変わりはない」
「そう、ですか……?でも、俺にはそうは見えなかったんです。明らかに様子おかしかった気がして…」
「別に何もないって言っただろ?考えすぎだ」
尊さんの声に、少しだけ苛立ちが混じった気がした。
「でも……」
「しつこいぞ、恋」
強い口調で遮られて、俺の言葉は喉の奥で詰まった。
尊さんがこんな風に俺を強く咎めるのは珍しい。
「っ、あ、す、すみません…」
俺はすぐに謝った。自分の不用意な深入りが、尊さんを不快にさせてしまったのだろうか。
「いや…怒ってるわけじゃない。その、心配かけて悪かったな」
尊さんはそう言うと、俺に背中を向けてしまった。
その背中が、まるで俺との間に見えない壁を作ったように感じられて、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
(やっぱりダメだ……聞けない……これ以上掘り下げたら、尊さんを更に怒らせてしまうかも)
俯いて項垂れる俺に気遣っているのか
尊さんは再び振り返り、優しく俺の頭をポンポンと叩いてくれた。
その手はいつも通りの、温かく安心できる尊さんの手だ。
「キツイ言い方してすまん。…ただな、お前が心配するようなことは無いから安心しろ。俺は大丈夫だ」
その言葉を聞いて、張りつめていたものが少しだけ緩んだ。
ホッとした自分がいた。
そして同時に、結局何も聞き出せず
尊さんに気を使わせてしまった自分の弱さが情けなくなる。
(俺の考えすぎ、だったのかな。尊さんに余計なこと聞いて、気遣わせちゃったんだ…)
俺は笑って、「なら、いいんです」と答えた。
◆◇◆◇
次の日、そしてそのまた次の日と、俺たちは普段通りに過ごした。
仕事をして、一緒に昼食をとり、時折二人きりで飲みに行く。
しかし、俺の心の奥には、屋上で話を聞けなかったことへの小さな後悔と
尊さんの抱える何かに対する漠然とした不安が、まるで小石のように残ったままだった。
そして迎えた週末──…
『たまにはお前の家で二人きりでゆっくりしたい』
と尊さんが言ってくれて、俺の部屋でまったりと過ごすことになった。