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真都と付き合い始めて、少し経った頃。 蓮はふと、ある考えに行き着いた。
――もし、自分が受けになったら。
六つも年下の恋人の将来や、モデルという仕事のこと。
避妊具をつけても完璧じゃないリスクを思えば、そっちのほうが安全かもしれない。
それに……マイに抱かれるのも、きっと悪くない。
ただひとつ、不安があった。
真都が嫌がらないかどうか。
その顔を曇らせたくなくて、蓮は何も言わず、自分だけで動き始めた。
夜、誰も見ていない部屋でスマホを片手に検索する。
「アナル 準備 方法」「ネコ 初めて」――見出しの言葉を読むたび、顔が熱くなる。
それでも真剣だった。
潤滑剤や小さなトイを買って、こっそり試す。
鏡の前で、少しずつ慣らしていくたびに、何をしているんだろうと笑えてくる。
けれど、痛みが減るたびに、心の奥でほんの少しの自信が芽生えた。
――これなら、マイを困らせずに抱かれることができる。
そう思えたとき、胸の奥にあった緊張がふっと軽くなった。
その日も、真都は何も知らずに「蓮くん、会いたい」なんてメッセージを送ってくる。
蓮はスマホを見つめ、少し笑った。
――この準備が、いつかちゃんと報われますように。
準備に少しずつ慣れてきても、蓮の胸の奥にはまだ引っかかりがあった。
Ωは基本的にαに抱かれたいもの――それくらい、蓮だって分かっている。
まして真都は年下でも立派なαだ。きっと、本能的には自分が受け入れられる側でいたいはず。
――だから、もし俺が「抱いて」なんて言ったら……。
嫌がられたら? 引かれたら? そんな想像ばかりしてしまう。
夜、ひとりでベッドに横たわり、柔らかくなった自分の奥を指先で確かめる。
「もう平気だな」って思う瞬間もあるのに、口に出す勇気だけは湧かない。
それよりも、もし真都が「俺は抱かれたいわけじゃない」なんて言ったら、そのときの顔をどう見たらいいか分からなかった。
だから今日も、準備は全部胸の内にしまい込んで、いつも通りの顔で会いに行く。
「蓮くん」って笑う真都に、秘密を抱えたまま、ただ優しくキスを返した。蓮はずっと思っていた。
真都はΩだから、きっと本能的に抱かれる側を望んでいる――と。
そう信じて疑わなかったから、自分から「抱いてほしい」なんて言葉は喉の奥でつかえて出てこない。
そもそもαなのにネコをやるなんて、普通じゃないのかもしれない。
周りにそんな話をする相手はいないし、答えをくれる人もいない。
だから、知識も準備も全部、自分で調べて練習するしかなかった。
痛くないように、汚くないように、ちゃんと受け入れられるように真都はΩだ。
だからきっと、本能的に抱かれる側を望んでいる――蓮はそう思い込んでいた。
六つも年下の可愛い恋人を、自分の欲望で困らせたくなかった。
真都を大切にしたい。
そのための案で、もし真都が傷ついたら意味がない。
笑顔を曇らせるくらいなら、この気持ちはずっと胸の奥にしまっておこう――そう決めていた。
真都に言えないまま、蓮はこっそり小さなトイを買った。
夜、ひとりベッドの上でパッケージを開ける。
冷たいシリコンの感触に、少しだけ躊躇した。
深呼吸をして、ゆっくりと自分の後ろにあてがう。
少しずつ押し込むたびに、知らなかった感覚が広がっていく。
思わず息が漏れ、頬が熱くなった。
――これくらいなら、痛くない。
何度も繰り返して慣らしていけば、真都を迎えられるかもしれない。
蓮は、誰にも見せられない小さな決意を胸に、その夜も黙々と練習を続けた。
何度も、何度も。
夜ごとに同じ準備を繰り返し、小さなトイを奥へと滑らせる。
最初は慣れるためだけだったはずなのに――回数を重ねるほど、身体は勝手に覚えていった。
指先が触れるだけで熱を帯び、トイが少し動くだけで甘い吐息がこぼれる。
「あ…っ」
自分の声にさえ、蓮は戸惑った。
これは真都のための練習で、欲を満たすためじゃない。
そう言い聞かせても、元々強い性欲は抑えられず、慣れるのも、感じるようになるのも早かった。
そんなある日。
練習を終えて洗面所に置きっぱなしにしてしまった小さなトイを、真都に見つけられた。
「……蓮くん、これ…」
低く、戸惑った声。
振り返った蓮の心臓が一瞬止まる。
――やばい。
隠すつもりだったのに。
「……あの、それは…」
うまく言葉が出ない。
真都はトイを手にしたまま、じっと蓮を見つめる。
その視線に、恥ずかしさと不安が一気に押し寄せる。
「…俺、マイが嫌じゃなければ…抱かれる側になろうと思って」
声が震えていた。
《真都・玩具使ってたの?…俺がいるのに…》
低く掠れた声。真都の長い指が、その小さなトイを軽く揺らす。
《蓮・……ち、違う…マイとするための準備で…》
必死に説明しようとする蓮の頬は、みるみる赤く染まっていく。
《真都・…俺のこと抱かせるつもりだったの?》
《蓮・……マイが嫌じゃなければ…》
沈黙のあと、真都はふっと笑って、トイを洗面台に置いた。
《真都・…バカだね。そんなの、最初から俺がしてあげるのに》《真都・俺が蓮くんを抱くの?》
意外そうに目を瞬かせる真都。その声色には、ほんの僅かに熱が混ざっている。
《蓮・……うん。マイが嫌じゃなければ》
蓮は視線を逸らしながら、小さく頷いた。
真都はしばらく黙って蓮を見つめ、やがて微笑む。
《真都・嫌なわけないでしょ。…ただ、覚悟してよ?》《真都・…俺、Ωなのに大きいから興奮しない? 抱きたくない?》
視線を伏せ、言葉の端にほんの少しの震えを混ぜる真都。
普段は強気なその瞳が、今は探るように蓮を見上げてくる。
《蓮・……興奮するよ。めちゃくちゃ》
即答する蓮の声は低く、迷いがない。
《蓮・抱きたいって思わないわけない。でも…それ以上に、マイに抱かれたい》
唇の端に優しい笑みを浮かべ、真都の頬に指先を滑らせた。
《蓮・マイが大事だから…すごく好きだから…俺が抱かれた方が安全だと思って》
真都の瞳をまっすぐ見つめ、ゆっくりと言葉を重ねる蓮。
その声音には、からかいも迷いもなく、本気の温度だけが宿っていた。
《真都・…蓮くん…》
小さく呟く声は、安堵と戸惑いが混ざった響き。
握った手に自然と力がこもる。
《真都・でも…蓮くんαだから濡れないよね?入るの?…痛くない?》
心配そうに眉を寄せて、真都は蓮の頬をそっと撫でる。
その指先の温かさが、逆に蓮の胸を締めつけた。
《蓮・…ちゃんと準備してきた。…だから大丈夫》
小さく笑ってみせるその表情には、不安よりも真都への想いの方が強くにじんでいた。
《蓮・マイが良ければ、その…俺の番として夜もしたいな? ヒートもサポートしたいし、一緒に乗り越えたい》
真剣な声色に、ふざけた響きはひとつもない。
蓮の目は、ただ真都の瞳だけをまっすぐに見つめていた。
《真都・…蓮くん…》
不安や戸惑いよりも、その言葉に込められた愛情の方が心を満たしていく。
《真都・!!蓮くん♡ 俺、蓮くんとちゃんと番になりたい! 頸噛んで貰いたいし、巣も作りたいし、スリスリもしたいし…蓮くんが準備してくれたなら抱きたい♡》
言葉が止まらない。
溢れる気持ちを抱えきれず、真都は蓮の胸に飛び込んだ。
大きな腕で抱きしめながら、子どもみたいに頬をすり寄せてくる。《蓮・うん、可愛い〔笑〕俺とマイのやり方で幸せになろうな?…マイは将来、俺との赤ちゃん作るときまで後ろは使わなくていいよ》
真都の頬が一瞬で熱を帯びる。
《真都・…蓮くん、そんなこと言ったら抱きたくなるじゃん♡》
笑いながらも、瞳の奥は潤んでいて、本当に嬉しそうだった。シャワーから上がった真都は、まだ濡れた髪をタオルで拭きながら、部屋の中をせっせと動き回っていた。
ベッドの上には、蓮のパーカー、シャツ、カーディガン――洗濯済みのものだけでなく、今日まで彼が着ていた服まで山のように積み重なっていく。
ひとつひとつ抱きしめるように匂いを確かめ、満足そうに微笑む真都。
「…ん〜♡ 蓮くんの匂い、いっぱい」
それは、Ω特有の巣作り――安心できる匂いに囲まれ、これから本能に身を委ねる準備の行動だった。
ベッドの上に自分の陣地を整え終えると、真都は蓮の方を振り返って、子どもみたいに笑う。
「準備できた♡ 蓮くんも早くおいで」
ふかふかに整えられたベッドの上で、真都が胸を張って振り返った。
「蓮くん! 上手にできてる?♡」
まるで子犬が褒めてもらうのを待っているような瞳。
蓮は思わず笑みをこぼし、ベッドに近づくとその頭を撫でた。
「うん、すごく上手だよ? 〔笑〕」
「ほんと?♡」
「うん。本当に、マイが作る巣って…安心する匂いでいっぱいだな」
嬉しそうに巣の真ん中に座る真都を見て、蓮は胸がじんわりと温かくなる。
――こんな可愛い恋人を、甘やかさない理由がない。褒められて上機嫌になった真都は、蓮の胸元に顔を寄せると、そのまま頬をすり寄せてきた。
蓮の服越しに漂う、甘く落ち着くαの匂い。
「ん……♡ 蓮くんの匂い、大好き」
鼻先や頬、首筋まで遠慮なく擦り付けて、まるで自分のものだと主張するように。
蓮は少し照れたように笑い、真都の後頭部を優しく撫でた。
「……本当、マイは俺のことマーキングするの上手いな」
「だって俺のαだもん♡」
その声があまりにも幸せそうで、蓮の胸の奥がきゅっと熱くなった。《真都・♡……ここフェロモン濃い♡♡》
蓮の首筋に鼻を押し付け、深く息を吸い込んだ真都の声は、とろけるように甘い。
頬も耳もほんのり赤く染まって、瞳が熱を帯びている。
「そんなに嗅がれたら……俺までおかしくなる」
蓮が苦笑しながらも肩を抱き寄せると、真都はさらに首元にすり寄り、指先で蓮の腰を掴んだ。
「いいじゃん……俺のαなんだから。もっと濃くして♡」
わがままを甘えるように囁くその仕草が、蓮の心臓をやけに強く打たせた。