ダフネはきゅっと唇を噛んだ。
何かを言おうとするたび、喉が震えて声が出ない。
だが、やがて――、伏せがちだった黒い睫毛がふるりと上がる。
「……昼間……」
最初は、本当にささやきだった。
「セレン様、こちらへおつきになられてすぐ、〝知り合いに、ウールウォードという名の女性がいる〟って……おっしゃいましたよね……?」
ダフネが、自分と同じ髪色、瞳の色をした美しい貴族男性へ、自分の名を覚えて欲しくて自己紹介をした時のことだ。
じっとセレンの顔を見上げると、彼の表情がわずかに揺れた。それを見てダフネは、胸の奥にざわりと熱いものを感じる。
「……その〝ウールウォード〟って……やっぱり……」
一度、言葉を切る。
あえて切る。
そうすれば、相手は続きを聞こうとするから。
ダフネは震える指先を胸元へ当て、己の鼓動を鎮めるようにしながら続けた。
「……リリアンナって名前じゃありませんか?」
その名を出した途端、セレンの瞳が大きく見開かれた。
「キミは……リリアンナ伯爵令嬢を知っているの?」
その声に、リリアンナへ対する恋情のようなものを感じ取ったのは、ダフネの女としての勘だ。
(なんであの子ばっかり!)
自分をこんな境遇へ貶めておいて、彼のように美しい男性から敬意を込めたように〝伯爵令嬢〟と称されるなど許せるはずがない。
(だって、リリアンナお姉さまは汚らしい赤毛の縮れ毛で、目だって薄気味の悪い緑色なのよ!?)
かつて、ダフネの母・エダは、リリアンナのバーガンディー色のウェーブが掛かった髪の毛と、マラカイトグリーンの瞳を忌み子の色だと称して毛嫌いした。いや、母だけではない。
この国では敵国マーロケリー国民特有のその色は嫌われて当然のものだったはず。
落ちぶれても真っすぐな黒髪、燃えるような赤い瞳をした自分の方が愛されるべき存在だ。
(だってセレン様。あなただって私と同じだもの!)
惹かれるのは同じものを持つ者同士の方が絶対いいに決まっている。
リリアンナのような者と付き合ったりしてもし子でも出来たりしたら、あの忌まわしい色まで引き継いでしまうかも知れないではないか。
(私が彼を救って差し上げなくては!)
ダフネの瞳の奥に宿る色が変わった。
怯えでもなく、悲しみでもない。
もっと粘着質な――比較と嫉妬と執着の色。
「私たち、従姉妹同士なんです。たまたまリリアンナお姉さまが家督を継ぐデンサイン伯父様の元へ生まれたから伯爵令嬢って呼ばれているだけ。見た目は私の方が絶対可愛いのに」
「ダフネ嬢?」
キッと強い目で自分を見上げてくるダフネの燃えるようなレッドアイに気圧されてセレンが彼女の名を呼べば、ダフネがふっと眉根を寄せて唇を歪ませた。
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