テラーノベル
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扉を抜けた先は、かつて多くの祈りが捧げられたであろう「廃修道院の回廊」だった。しかし、そこには静謐な空気など微塵もなかった。視界に入る柱、壁、そして倒れた十字架。そのすべてに、まるで悪意ある子供がなぞったような「うにょうにょとした白い落書き」が這い回っている。
「……っ、また不快な場所だ」
鼻を突くのは、薬品でも腐敗臭でもない、吐き気を催すような「安っぽい香水の匂い」と、湿った石が混ざり合った独特の悪臭。
その時、回廊の奥からガサリと平たい音がした。倒れたマリア像の影から這い出してきたのは、「僕の顔」をした何か。だが、その顔は左右の目が上下にズレ、口は頬のあたりまで裂けている。「Hahaha-a-a…Nice face. I like it-t-t…」
何重にも重なるノイズ混じりの英語。ソイツが立ち上がると、正面からは僕と同じ体格に見えるのに、横を向いた瞬間に紙のようにペラペラな厚みへと消失した。
廃墟の静寂を切り裂くように、ノイズ混じりの、けれどひどく甘ったるい声が響く。
「You look tired-d-d… My dear-r-r.」
煤けた黒い制服も、整えられた襟元も、僕と寸分違わない。だが、その「僕」は、本来あるはずのない慈愛に満ちた笑みを浮かべ、両手を広げてゆっくりと近づいてくる。
「Why do you fight-t-t ?The Father… He is so cold, right-t-t ?」
ノイズの向こう側で、いくつもの声が重なり合って聞こえる。そいつは僕の目の前まで来ると、左右にズレた瞳で僕をじっと見つめ、熱を帯びた吐息とともに囁いた。
「Cone here-e-e. I can give you-u-u…everything you want-t-t.Pleasure, warmth-h-h…and “Love” that He nevergave you-u-u.」
伸ばされた白い指先。それは僕の頬を撫でようとして、けれどその動きはどこか関節が外れた人形のように不自然だ。そいつがニタリと笑うたび、白い線の輪郭がうにょうにょと波打ち、中身の「真っ黒な空虚」が透けて見える。
頬に触れようとする、僕と同じ形の「白い指先」。その指が触れる直前、僕は全身の毛が逆立つような嫌悪感に突き動かされ、無意識に斧の柄でその手を跳ね除けていた。
「……黙れ。お前のその薄っぺらな口で、僕の家族を語るな」
喉の奥から絞り出した声は、自分でも驚くほど低く、冷えていた。だが、コイツは跳ね除けられたことすら「遊び」の一部であるかのように、左右にズレた瞳をさらに歪ませ、ケタケタとノイズ混じりの笑い声を上げた。
「Don’t be afraid-d-d.Just copy me-e-e…and you will be free-e-e.」
ソイツがニタリと笑いながら一歩踏み出した瞬間、正面からは僕と同じに見えた身体が、横を向いた拍子に一瞬だけ「線」になった。厚みのない、紙切れのような虚無。中身が真っ黒なその「落書き」が、僕のすぐ耳元で、今度はもっと湿った声で囁く。
「Don’t you want-t-t ?True “Love”-v-v..not “Duty-y-y”…」
一歩、そいつが踏み出すたびに、石畳に描かれた白い落書きが生き物のようにうごめく。僕は反射的に、一歩、後ろへ下がった。
(……なんだ、こいつ。……気持ち悪い……)
今まで対峙してきた大罪たちには、まだ「命」の重なりがあった。けれど、目の前の「僕」にはそれがない。ただ僕の形をなぞっただけの、悪意の化合筆。
「Wha-a-at’s wrong-g-g?Why do you ru-u-un ?」
ノイズ混じりの声が、壊れたスピーカーのように反響する。僕が後ろへ下がるほど、ソイツは楽しそうに、踊るような足取りで距離を詰めてきた。背中に冷たい感触が走る。
(……っ、行き止まり……!?)
気が付けば、僕は崩れ落ちたマリア像の台座に追い詰められていた。逃げ場を失った僕の目の前で、そいつはペラペラの身体を不自然に折り曲げ、僕の顔を覗き込んできた。
「I’m You-u-u…You’re Me-e-e…Let’s play-y-y…」
そいつが細い腕を伸ばし、僕の肩を掴もうとした瞬間、中身の「真っ黒な虚無」から、安っぽい香水の匂いが溢れ出した。
(離せ……ッ!)
僕は手にした斧を横一文字に振るった。けれど、刃は空を切る。ソイツは瞬時に「厚みのない紙」となって、斧の軌道をすり抜け、僕の真後ろの壁へと張り付いていた。
「Hahaha-a-a !!!Found you-u-u !」
背後に回り込んだソイツの冷たい気配。そいつの「白い線」が、まるで意思を持つ蛇のように僕の首筋に絡みつこうとしたその瞬間、僕は迷わず足元に置いたランタンを蹴り飛ばした。
ーガシャァァンッ!!
割れたガラスから、どす黒い白光が爆ぜるように溢れ出す。神の光を嫌うソイツが、ノイズ混じりの悲鳴を上げた。
「Aaa-ggh-h!!Too bright-t-t!!Sto-o-op it-t-t!!」
光に焼かれたソイツの輪郭が、熱せられたビニールのようにドロリと歪む。
「……お前の思い通りにはさせない」
僕は視界を焼く光の中で、あえて自分の「耳羽」を強く意識した。目で見れば「厚みのない紙」に見えるアイツも、空気を震わせる「ノイズ」という音の塊なら、どこにいるか判別できるはずだ。「……そこだっ!!」
僕は声のする方向へ、錆びついた斧を全力で叩きつけた。
斧の刃が空を切る。光に焼かれたはずのソイツは、いつの間にか崩落した天井の梁の上に、ペラリと張り付いていた。
「It hur-r-rts-s-s…I hate pain-n-n…You’re so mea-a-an !」
ノイズ混じりの声には、怒りよりもおもちゃに反撃された子供のような身勝手な不快感が混ざっている。そいつが白い指をパチンと鳴らすと、周囲に転がっていた瓦礫や、崩れた石柱やマリア像の破片が、一斉にうにょうにょとした白い線に包まれた。
「Copy-y-y…Copy-y-y…Here-e-e! Take thi-i-is !」
次の瞬間、瓦礫たちがすべて石の塊へと姿を変え、弾丸のような速度で僕目掛けて降り注いできた。無数に、殺意を持って襲いかかってくる異常な光景。
「……っ、くそっ!!」
僕は咄嗟に斧を盾にするが、数トンはあろうかという石柱が次々と炸裂し、足元の石畳を粉砕していく。
「AHAHAHA-A-A !!!Die-e-e! DIE-E-E!It’s so fu-u-un!」
降り注ぐ無数の瓦礫たちを斧で弾き飛ばしながら、僕は奥歯を噛み締めた。
(……正気じゃない。こいつには、最初から「心」なんてないんだ……!)
Why-y-y do you lo-o-ok so sca-a-ary ?Smo-o-oile !Like me-e-e!」
梁の上で、ペラペラの身体を二つ折りにしながらソイツがのぞき込んでくる。そいつが笑うたび、白い線の輪郭から真っ黒なノイズが溢れ出し、周囲の空気が安っぽい香水の匂いでドロドロに淀んでいく。
(……笑え、だと……?)
僕は飛んできた石の塊を真っ向から斧で叩き割り、その破片が舞う中、真っ直ぐに上を見上げた。ランタンの光は、僕の怒りに呼応して「どす黒い白光」をさらに激しく放っている。
「……お前のお望み通り、笑ってやるよ」
僕は一気にマリア像の台座を駆け上がり、そこからさらに崩れかけた壁を蹴って、ソイツがいる梁へと跳躍した。
「救済してやる時の顔でな…!!!」
空中で斧を振りかぶる僕を見て、ソイツは左右にズレた瞳を見開いた。
「Wha-a-at ?」
「……お前には分からないだろう。僕を縛り、僕を突き動かし、僕をたらしめている、この呪いのような慈愛の重さが!」
僕は梁の上に着地し、逃げようとするペラペラの身体を斧の重圧で押さえつけた。
「父上は冷たい。……ああ、そうだ。お前の言う通りだ! だがな、その冷たさに震えながら、それでもあの人の眼差しを求めて足掻くこの『苦痛』こそが、僕の生なんだよ!」
僕が叫ぶたび、ランタンの光が黒く、鋭く、ソイツの白い輪郭を焼き切っていく。
「愛をコピーするだと? 笑わせるな。……痛みも、絶望も、神への憎しみすら分かち合えないお前に、僕の何を写せるというんだ!」
「Sto-o-op it !No-o-oise !Too much no-o-oise !I can’t…I can’t copy that-t-t !」
ソイツのノイズ混じりの声が、初めて恐怖で引き攣った。完璧にコピーしていたはずの顔が、感情の質量に耐えきれず、泥のように崩れ始める。
「……逃がすか」
僕は逃げようと身をよじらせるソイツの胸ぐらを掴み、そのまま梁の上で斧の長い柄をソイツの細い首に押し当てた。
「ガ、……ァ…ッ…!?」
全体重を乗せて、コンクリートの梁ごとソイツを圧殺するように力を込める。正面からは僕の顔をしているのに、首を絞められた拍子にそいつの頭が真横を向き、「厚みのない紙」のような不気味な断面が僕の目の前に晒された。
「Le-e-et go-o-o…It’s… un-n-npleasant…Why… are you-u-u…so-o-o…“Hea-a-avy”!?」
「重くて当然だ。……これが、お前がバカにした『義務』の重さだ。お前が欲しがった『愛』の正体だ!」
ギリギリと木製の柄がソイツの白い輪郭に食い込む。そいつの「真っ黒な中身」から、ノイズ混じりの苦悶の声が漏れ出す。コピーしていた僕の顔が、内側からの圧力に耐えきれず、まるで溶けたロウソクのようにぐにゃりと崩れ、バラバラのパーツが元の「落書き」に戻っていく。
「I… I don’t…ne-e-ed… this-s-s…I only… wan-n-nt…Fu-u-un !!!」
「…お遊びはここで終わりだ」
僕はさらに力を込め、ソイツの首を、その空っぽな存在ごと、梁に叩きつけるようにしてへし折ろうとした。
梁の上で、メキメキと音を立てて斧の柄が食い込んでいく。ソイツの白い輪郭は、もはや僕の姿を保てていなかった。目や口が本来あるはずのない場所へ滑り落ち、真っ黒な中身がどろどろと溢れ出す。
「I ha-a-ate… you-u-u…I hate… thi-i-is…wor-r-rld…!!!」
断末魔というにはあまりに身勝手で、救いようのない叫び。次の瞬間、僕がさらに力を込めると、手応えがふっと消えた。
―パサッ。
首を絞めていたはずの感触は、ただの「古びた紙切れ」に変わっていた。僕の腕をすり抜け、ひらひらと地面へ落ちていく白い残骸。Lustだったものは、地面に触れる前に、酸に焼かれたようにチリチリと黒い煤になって消えていった。後に残ったのは、安っぽい香水の匂いと、静まり返った廃墟だけ。
「……はぁ、……はぁ、……っ!!」
僕は斧を杖にして、その場に崩れ落ちた。喉の奥にこびりついた甘ったるい毒を吐き出すように、何度も激しく咳き込む。
「……最悪だ。……二度と、……見たくない」
ランタンの光が、主の勝利を祝うこともなく、ただ冷たく青白い光を灯し直した。振り向くと、そこにはまたあの純白の扉。僕は自分の頬を、アイツに触れられた場所を、何度も、何度も、肌が赤くなるまで袖で拭った。拭っても、拭っても、アイツの「中身の空っぽさ」が自分に伝染したような気がして、吐き気が止まらなかった。
【”LUST END/RELIFE”】
#カンヒュ#カンヒュBL##イギリス受け#大英帝国#フランス#フライギ
コメント
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Lustが一番文字数少ないです、まぁ誰も気にしませんけどね