コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
キス…!?
からかうにもほどが…っ。
困惑する私の背中にまわる腕に、また力が入った。
落ちつけ…。
落ちつけ私…。
どうせ冗談だ…。
私が焦るのを楽しみたいだけなんだ…!
きっとすんでで止まる。
そして『冗談だよ』って、またあの意地悪な笑みを浮かべるに決まってる。
近づいてくる、綺麗な顔。
まだ…まだ耐えなきゃ…
もうすぐ、止まるから…!
ニッって、バカにするようにわたしに笑うから…!
鋭い目が、固く引き結んだ私の唇をじっと見つめて…そっと閉じた…。
「…やぁっ!」
耐え切れなくなって、咄嗟に蒼の唇に手の平を押し当てた。
指に柔らかい唇が当たって、その瞬間、ちゅっ、と吸われた。
ぞくり
と、肌全体に甘い電気が走った。
蒼…今、
本気でキスしようとしてた―――。
「なに拒んでんだよ」
茫然として見つめると、蒼が私の手首をとってにらみつけてきた。
「今夜は俺の言うこと、なんでもきくんだろ」
「やだ、よっ…!」
ほとんど涙声になりながら、私は声を絞り出した。
「なんで…なんでこんなことばっかりするの…??さっきから、ずっとずっと…ひどいよ!からかうにもほどがあるよ!」
「は?」
「蒼…変わったよね…。こんなことして、小さい頃バカにした仕返しのつもりなの?」
「……」
「たしかに、ひどいことをしたり、言ったけど…、私は本当に蒼のことが大好きだったんだよ?泣き虫だけど、優しくて純真な蒼が好きだった…。今の蒼はちがう。全然変わっちゃったよ…!」
がしり、と手が乱暴につかまれた。
「無自覚、無神経…ああほんとおまえ…絶望的だな」
きつくきつく、握る手に力がこもる。
痛い…。
「こんなにアピってるのに、わかんねぇのかよ?いい加減、気づけよ…バカ蓮」
「…」
「好きなんだよ」
「……」
「おまえのことがずっと昔から、ガキの頃からへなちょこの頃からずっとずっと…ずっと好きだったんだ」
うそ…。
蒼が私を好きだなんて…。
言葉に詰まる。
からかわないで…。
そう、言おうとしても、蒼の目は有無を言わせない真剣さがあった。
「言っとくけど、おまえの『好き』なんかじゃないからな」
重みを感じたかと思うと、ソファの上に押し倒された。
「おまえのこと、いつもどういう目で見てたか知らないだろ。教えてやろうか?ガキのおまえには、刺激が強すぎかもしれないけど」
Tシャツの上から腰を撫でられる…。
「や…っ」
その手の硬さに、熱さに、私は悲鳴に近い声を発した。
「やめてよ…っ」
「やめない」
「こんなの…ヤだよ…っ」
無表情だった蒼の顔が、一瞬ゆがんだ。
「…気づかなかったおまえが悪い。もう…我慢なんかできねぇんだよ」
「もうすぐ美保ちゃんが帰ってくるよ…!?こんなところ、見られたら…!」
「帰ってこない」
「…?」
「おばさんは帰ってこねぇよ。今夜は、絶対に」
不吉さを感じさせる断言を聞いた瞬間、リビングに電話が鳴り響いた。
スマホじゃない。
リビングに置いている家電からだ。
こんな時間に、家に電話?
美保ちゃんだ…!
思わず身を起こそうとすると、すっと重みが遠のいた。
どうして蒼が離してくれたのかは解からないけど、もうそんなこと気にする余裕もなく、私は足をもつれさせながら、電話に飛びついた。
助けて…!
電話の美保ちゃんに言っても仕方ないことだけど…でも、すがりたい気持ちで一杯だった。
「美保ちゃん…!」
『蓮?』
聞きなれた声に、ほっと泣きそうになる。
「美保ちゃん…」
お母さん…助けてよ。
蒼が…
蒼が…!
『よかった、繋がって。ごめんね、連絡が遅くなっちゃって』
「どうしたの…まだ帰れないの??」
『そうなのよ。蒼くんから聞いたでしょ?』
蒼から?
チラと横目で見たけど、蒼は平然とソファから私を見ている…。
「遅くなるってだけで…」
『あらそう?私がかけ直すって言ったから、詳しくは説明しなかったのね、きっと。まあいいわ。実はね…』
不安を通り越した恐怖を、じわじわと感じ始めていた。
美保ちゃん…
帰って来るよね…
『急に本当に悪いんだけど、出張に行かなくちゃならなくなったの』
「……」
『それも、一週間近くなんだけど…』
「え…」
う、そ…。
『もうほんとに急でね…会社から出てそのまま駅に行かなきゃならないくらいで。ほんとに、ごめんね…』
「……」
『聞こえてる、蓮?』
私は、涙をこらえるので必死だった。
ひどい。
蒼の嘘吐き…
悪魔っ…!
『蓮?出張なんてしょっちゅうしてるし、平気よね?それに、蒼くんもいるし』
「……」
『さっき久しぶりにしゃべったけど、すごくしっかりして頼りになりそうだったわね。あの小っちゃかった蒼くんも、もうすっかり大人なのね。たしか蒼くんのご両親も旅行に行ってて、蒼くんひとりなんでしょ?』
「……」
『だから仲良くお留守番しててよね。ふたりなら大丈夫でしょ』
大丈夫なんかじゃ、ないよ…。
お願い…お母さん…
帰って来てよ。
私を蒼とふたりっきりにしないで…!