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侑くんのビデオ通話を強制終了させた家庭科室……ではなく、宮家のキッチン。
治くんが作った「蜂蜜入りの出し巻き卵」の甘さが、まだ喉の奥に残っている。
「……あー、ツムのやつ。合宿所でもあんなに騒げるんやな。ほんまに効率悪いわ」
治くんは呆れたように溜息をつくと、エプロンを外してダイニングの椅子にどっかりと座った。そして、隣に立っていた私の手首を掴み、自分の膝の間へと引き寄せる。
「……朱里。さっきの『味見』、まだ足りひん?」
「えっ……お腹はいっぱいだよ? 治くんの料理、ボリュームすごいし……」
「……胃袋の話やない。……俺が欲しいんは、朱里の『もっと甘いところ』や」
スナギツネのような細い瞳が、至近距離で私を射抜く。
彼は私の腰に腕を回すと、逃げ場を塞ぐようにして顔を近づけてきた。
「……ねえ、治くん。デザート、あるんでしょ? 冷蔵庫に……」
「……いらん。……今日はデザート抜きや」
「えっ……?」
「……その代わり、お仕置き。……さっきツムの声聞いて、一瞬だけ嬉しそうな顔したやろ。……あれ、減点や」
治くんの声が、いつもより一段と低く、喉の奥で震えている。
彼は私の頬を両手で包み込むと、親指でゆっくりと下唇をなぞった。
出し巻き卵を食べさせた、あの指。
「……俺以外の男の音、全部消したる。……朱里の頭の中、俺の味だけでいっぱいにしたるから」
彼が唇を重ねようとした、その時。
『あーーーっ!! 繋がった!! 治、今度は切らせへんぞ!! 角名が「Wi-Fi泥棒」してくれたからな!!』
再び、テーブルの上のスマホから侑くんの絶叫が響き渡った。
画面には、角名くんがニヤニヤしながら中継している様子が映っている。
「……角名。お前、ほんまに……死ね。……後でデータ全部初期化したる」
『誰が初期化や!! 朱里ちゃん! 治の「お仕置き」は執念深いからな! 逃げるなら今やぞ!!』
「……逃がさへん。……朱里は俺の『共犯者』や。……ツム、お前は一生電波の届かん山奥で修行しとけ」
治くんは無表情のままスマホを裏返し、さらにその上に分厚い料理本をドカッと置いた。
物理的なシャットアウト。
「……邪魔者は黙らせた。……続き、しよか。……お仕置きは、まだ一口も終わっとらんで」
デザート抜きの、熱いおねだり。
料理本の下で微かに聞こえる侑くんの叫び声よりも、治くんの熱い吐息の方が、私の理性を簡単に奪い去っていった。