テラーノベル
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「ないこ、なあ、聞こえるか……?」
呼びかけた声は、風に溶けた。
伸ばした手が届くのは、温もりの消えかけた身体だった。
俺の目の前で、ないこは崩れるように倒れた。
校舎の非常階段。落下したのはたった二階分。
けれどその衝撃は、命を簡単に壊すには十分だった。
「ないこ! ……ないこってば!」
叫びすぎて、喉がちぎれそうだった。
頭のどこかでは、理解してた。
もう、間に合わない。今度も、また──間に合わなかった。
このループの中で、ないこが死ぬのはこれで三十二回目。
けど、苦しさは毎回、初めてと同じだった。
俺には、呪いがある。
ないこが死ぬと、時間が巻き戻る。
世界はそのまま数か月、あるいは数年、過去に引き戻される。
ただし──記憶を引き継ぐのは、俺だけ。
いつ、どこで、どうしてないこが死ぬのか。
何が引き金なのか。
その全てを知っているのに、止められない。
それが、この呪いの一番残酷なところだった。
「なあ、ないこ……もう、やめようや」
俺の膝に頭を預けて、目を閉じているないこは、もう答えない。
指先から、ぬるい血が伝う。
彼の心臓は、右側にあった。
けれど、今はその音が聞こえない。
鼓動のない身体を抱きしめるのにも、もう慣れてしまった。
慣れてしまった自分が、何よりも怖かった。
──光が、にじむ。
俺の視界が、白くぼやけていく。
時間が戻る前兆だった。
すぐに、また最初の日に戻る。
ないこは笑って、俺に「はじめまして」って言う。
俺だけが、死を知っている。
俺だけが、終わりを覚えている。
「……でも、覚えてるよ。お前が言った言葉」
『これは呪いじゃない。愛の証だよ、りうら』
そうだ。
だから、俺は忘れない。忘れちゃいけない。
何度繰り返しても、俺は必ずお前を助ける。
今度こそ、終わらせてみせるから。
──今度こそ、死なせないから。
***
白い光の中、俺は目を覚ました。
目の前には、見慣れた制服。
春の風。桜の匂い。
そして──階段の前で、こちらを不思議そうに見ているないこ。
「……なあ、君、去年もここいた?」
また、始まった。
また、春から。
「……そっか」
俺は無意識に、そう言って微笑んでいた。
ないこは、きょとんとしながらも小さく笑った。
「何それ。なんか懐かしいとか?」
「うん、そんな感じ」
言葉にすると、涙が出そうだった。
声が震えないよう、必死だった。
目の前のないこは、まだ何も知らない。
この先、自分が何度も死ぬことも、苦しむことも。
それでも俺は、諦めない。
俺だけが、このループを覚えているなら、俺がなんとかするしかない。
もう、守れないなんて言い訳はしない。
──三十三回目の春が始まる。
でも、今回は違う。
なぜなら、ないこが死んだ最後の瞬間──初めて、泣きながら俺にキスをくれたから。
『また会おうな、りうら』
それが、呪いを解く鍵かもしれない。
それが、愛の証なのかもしれない。
俺はまだ、お前の右側にいる。
お前の心臓の隣にいる。
そして今度こそ、俺たちは「このループ」を終わらせる。
──俺は、何度でもやり直す。
お前が、生きて笑える世界を手に入れるその日まで。
たとえそれが、千回目でも。万回目でも。
俺は、お前の死を愛で終わらせる。
コメント
1件
うぇへぇ... なんか...良いッッッ