テラーノベル
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「石塚さん」次の日、学校にて咲久はクラスメイトの石塚比奈芽(いしずかひなめ)に声をかけていた。「桜井さん?」ちょっと驚いた様子で慌てて読んでいた本を閉じた。「咲久でいいよ。石塚さん、子猫を欲しがっている人、知らない?」そんなことを問われるとは思ってもいなかったのだろう。少し黙ってから、言った。「そういえば、隣の三組の子の愛三姉弟が子猫を欲しがってたよ。」「愛三姉弟?」咲久は聞いた。二年生の頃、醍醐小学校から引っ越してきた上に、一度も同じクラスになったことがないのだ。「愛三姉弟のこと、詳しく教えてくれない?」咲久の問いかけに比奈芽は逆に聞き返した。「桜井‥咲久、どうしたの?子猫の貰い手、探してるの?」「そうだよ。二匹。ただ、一匹、障害持ちで…」と、ここで比奈芽が思いがけないことを切り出した。「じゃああたしが愛三姉弟に里親になるよう話をつけてこようか?」「え?」「話をつけるといっても、段取りみたいな感じだから。お願い。あたしにやらせて」比奈芽の声に重みが混じった。「う、うん。じゃあお願いできる?」「わかった!ありがとう!」比奈芽はぎこちなくにっこりと笑った。でも咲久には疑問に思うことがあった。「いいけど、どうしてそんなにやりたいの?」咲久は何気なく聞いたつもりだった。けれど、比奈芽はろうそくの炎がかき消えたようにしゅんと黙った。それにつられて周りの雰囲気も静まったようだった。「あたし、三ヶ月前に捨て猫を見かけたの。で、家に連れ帰ったけど、家にはもう保護団体から引き取った子がいるからダメだって言われて。それでもあたしは世話をし続けた。でも…でも…ある朝、様子を見たら5匹の兄妹のうち、三匹は冷たくなってた。二匹も弱ってて、結局数時間後に兄妹の後を追って亡くなった。あたしはなんにもできなかった。あの子たちに、少しの幸せも与えられなかった。ほんのひとつまみの幸せでさえ、与えられなかった。拾われたからそれで幸せって思うかもしれない。でも、それが犬猫たちの『本当の幸せ』じゃないと思う。でも…そう思うのに自分でも『本当の幸せ』がなんなのかわからない。わからないまま、あの子たちを死なせてしまった。あの子たちの母猫、父猫にも、あの子たちにもほんとうに申し訳ない。だから愛犬、愛猫とも最近距離を置いてる。あたしは犬猫に一切関わっちゃいけないから。でも、どんなに謝っても、謝罪しても、弔っても、冥福を祈っても、失った命は戻ってこない。でもせめて、あたしが死んでも埋まらない罪を少しでも埋めたい。あの子たちに罪滅ぼしをしたい。罪滅ぼしできるくらい浅い溝じゃないけど、せめて少しでも、罪滅ぼししたい。だからなんだ。」そう喋る比奈芽の声は少し涙声だった。誰もいない窓側を向き、雲がぽつぽつと広がっている青く広がる晴天を見上げ、ついに、泣いた。比奈芽の涙が比奈芽の頬をつたって落ちた。それを見た時、咲久は夢から覚めた心地になった。自分でもよくわからない心地。決して気持ちよくはないが、気持ち悪くはない。何年も開かなかった部屋が開いたような、それでいて、木槌で軽く頭を叩かれたようなスッとした気持ちになった。「石塚さん…」「比奈芽でいいよ」「比奈芽、ありがとう。」咲久はただ、それだけ言った。比奈芽がこちらを振り返った。その顔には、左の頬には一滴の涙があったが口はほんのり笑っていた。「愛三姉弟のこと、教えるね」比奈芽は先程のことがなかったのように、言った。
「愛三姉弟は三姉弟で、一人の弟に、二人の姉がいるの。弟は、愛吉(あいきち)。小学三年生で、三組。姉はすっごいよく似た双子でね、双子の姉は愛莉(あいり)。双子の妹は莉愛(りあ)っていうの。ふたりとも隣の三組だよ。この前、三姉弟揃って、子猫を欲しいって言ってた。で、あたしが保護猫、保護犬活動してるから保護猫がいいって言ってるんだ。どう?咲久?」「確かにいいね!ありがとう、比奈芽。じゃあ段取りをお願いね。」「任せて」比奈芽は少しだけ、にやりとした。咲久もにやりと笑って返した。比奈芽は三組の方へ、走っていった。
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