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いつものように騒がしい朝を迎え、ヲノ、ダイン、武器屋のおっちゃん3人で食卓を囲む。
「で?今日はなにを浄めるんだ?」
と聞く武器屋のおっちゃんに、お米とお肉をかき込みながらニカーっと笑うダイン。
ムスコル族のダインと武器屋のおっちゃんの朝からの食べっぷりに
いつも通り食欲を無くしながらゆっくりと朝ご飯を食べるヲノ。朝ご飯を食べ終え、食器を片付けたテーブルに
「じゃーん」
とダインが大きな木製のサイコロを置いた。
「なんだなんだ?」
武器屋のおっちゃんが興味津々にサイコロを見る。ヲノも食器を洗いながら覗く。
「なんだこれ?イヌか?」
「ちげぇよ。これはムガルル」
「どこがだよ」
「ほら!筋肉隆々で立派な立髪があるだろ」
武器屋のおっちゃんが改めて見る。ヲノも食器を持って武器屋のおっちゃんの横から覗き込む。
「「これが?」」
ハモる2人。そこにはライオンぽく見えないムガルルのへたくそな絵が描かれていた。
サイコロの他の面を見る。他の面にも鹿に見えないカカシジ、鷲に見えないイグニルの絵が描かれていた。
「なんだこれ」
「なにを浄めるかサイコロォ〜」
タッタカッタターンというSEが聞こえてきそうな言い方をするダイン。
「ほお。これを転がして出た面に描かれた絵に近いマナトリアを浄めるってっことか」
「絵に近いじゃなくて、その絵のマナトリアね」
「でもスポーレとかヒノキエルガとか描かれてないじゃん」
と言うヲノ。
「もうスポーレは決めて浄めるほどのレベルじゃないし。
ヒノキエルガに関してはあいつをメインに浄めるってこともないだろうし」
「デカい個体もいるけどな?」
「まあね?でも今までオレたち(ヲノとダイン)が浄めてきた中でメインを張るのはこの3種。
なので、ま、最後ってのは大袈裟だけど、大陸を跨ぐ前、最後に浄めるマナトリアをこれで決めます」
「おぉ〜」
「じゃ、おっちゃん。頼む」
ダインが武器屋のおっちゃんのほうにサイコロを押す。
「わかった」
武器屋のおっちゃんがテーブルからサイコロを持ち上げる。
武器屋のおっちゃんは分厚く、大きな両手でサイコロを包むようにしてコロコロと転がす。ヲノもダインも
イグニルが出ませんように。イグニルが出ませんように
と心の中で祈るものの、冷静に考えたら
全部ハズレじゃね?
とどれが出たとしても嫌だということに気づいた。
「行くぞぉ〜?」
掌の上でコロコロ転がしていたサイコロを放る武器屋のおっちゃん。
ヲノ、ダインの2人はその軌道を固唾を飲んで見守る。大きなサイコロが大きなテーブルに落ちる。
ガコンッっとサイコロがテーブルを揺らし、軽くバウンドし、またテーブルにサイコロが落ち
しかし重く大きなサイコロなのでコロコロと目まぐるしく回ることなく
ガコン、ガコガコ、ガコガコガコと微細に振動してサイコロが止まった。
固唾を飲むヲノとダイン。武器屋のおっちゃんと3人でサイコロの上面を覗き込む。
「おぉ〜。イグニルじゃねぇかぁ〜」
と言う武器屋のおっちゃん。
「はい。ありがとうございました」
「ありがとうございます」
「今日はやめておくか」
「そうだな。ま、サイコロの練習日ということで」
「そうだな!なんかサイコロ全然転がってなかったし」
「だな?よし。今日は寝よう!」
「だな!今日はやめておきます!」
飛び道具を盾で防御したときの称号みたいなことを言い放つヲノ。笑顔で見守る武器屋のおっちゃん。
「ほら行ってこい!」
と着替えさせられ、家から叩き出されたヲノとダイン。
「ほら」
ハンマー、ブレードも投げられ、それぞれキャッチする。
「うえぇ〜」
「マジかよ」
2人は重い足を引きずりながら渋々歩いていく。
ムアニエル山(ざん)の麓の森に入っていく。木々をかき分け歩いていく。
「なあぁ〜」
「ん?」
「やっぱそこら辺でスポーレ浄めて帰ろうぜ」
と言うヲノの言葉に心が揺れるダイン。しかし自分が作ったサイコロによって決まったこと。
一度吐いた唾は飲めない。とグッっと堪えて
「ダメダメ。行くぞ」
と前に進む。しかししばらく進んだところでヲノが喋らないことに気づく。
「ん?ヲノ?」
と振り返ると拓けた場所を目を細めて見ながら
背負ったブレードのグリップを握る瞬間のヲノが遠くに見えた。ダインは
「おいおいおいおい」
と駆け寄る。
「おい、おい。なにしてんだよ。本気でスポーレ浄めて帰るつもりかよ」
「いや。悪いが大陸横断の最後の相手はムガルルだ」
「は?」
「行くぞ」
「え。あ、おい」
ブレードを引き抜いて拓けた場所へ歩いていくヲノの後を動揺しながら着いていくダイン。
「なんでだよ」
「ほら」
と顎でクイッっと指した先を目を細めて見るダイン。
「なんだよ…なにが…」
するとムガルルに隠れていたが木の根元に横たわった人の足が見えた。
「あれか!」
「見捨てるわけにはいかないだろ?」
「当たり前だ!」
ということでダインもハンマーを構える。
「おい!ムガルルちゃん!こっちだ」
全く筋肉を隆起させていないムガルルがヲノとダインのほうを向く。
ヲノのブレードとダインのハンマーを見た瞬間目つきが変わり、全身の筋肉を隆起させた。
「中型個体」
「あぁ。前やったやつのほうがデカいな」
と言っているとムガルルがいきなり遠吠えのように空に向かって吠える。
すると木陰からスポーレが複数出てきた。
「子分従えても無駄無駄。ちゃちゃっと浄めさせていただきます」
とブレードを構えやる気満々なヲノ。しかし、木陰から小さなムガルルがもう1体出てきた。
「うわっ。2体」
「子どもだな」
「親子か。子どもの前だろうが容赦なく浄めさせてもらう」
「あぁ」
ダインもハンマーを構える。小さなムガルルも父の見様見真似で筋肉を隆起させる。
「一丁前に筋肉あるじゃねーか」
「ヲノより全然あるな」
「うるせぇ」
まずは父のムガルルがヲノとダインに向かって走ってくる。
「カカシジとかイグニル相手にしてたら、こいつはよゆーに思えるぜ」
ヲノがブレードをスイングし斬りつける。しかしムガルルはジャンプし
ヲノのブレードの上に前脚をついて、後ろ脚も乗せ、後ろ脚でブレードを蹴って飛び上がる。
「マジかよ」
驚くヲノ。
「任せろ!」
ダインが走っていき、ムガルルの着地地点へ。下から上へとハンマーを振り上げる。
ガコーン!というのか、ガキーン!というのか、そんな音が響く。
ムガルルはさらに上空に吹っ飛んだものの、土埃をたてながら華麗に着地した。
「ダメージは与えられたとは思うが」
ピンピンしている。ハンマー攻撃が来ると思ったムガルルは
腹に筋肉を集中させ、ダメージを最小限に留めた。
「よゆーこいてたけど、コイツらも学習していくんだったな」
と言うヲノにどこかドヤ顔をしているようなムガルル。
腹に筋肉を集中させ、肩や脚などの筋肉は薄まったムガルルだが、すぐに全身に均等に筋肉を戻す。
「肩借りるぜっ」
と言いながらヲノはダインの肩にジャンプし、肩を踏み台にジャンプし
ムガルルの上空からムガルルに向かってブレードを刺すように降りた。
しかしムガルルはバックステップでそれを躱(かわ)し
右肩と脚に筋肉を集中させ、両脚で地面を蹴り前に飛び進む。
ボコッっと岩のように盛り上がった肩でヲノにショルダータックルをする。
「ヤベッ」
咄嗟にブレードの側面でガードしたが、所詮ブレードは攻撃する武器。
防御するための盾の役割を果たすことはできず、さらに咄嗟のことで踏ん張る体勢も取れておらず
ムガルルのショルダータックルの勢いに負け、後ろに吹き飛んだ。
「ヲノ!」
助けに行こうとしたが、スポーレの集団に憚(はばか)られる。
「邪魔すんな!」
スポーレもスポーレで厄介。まるでサーカスのようにスポーレがスポーレを飛び越えて
その勢いのままライダーキックのように飛び蹴りをしてきたりする。
スポーレ単体ならもはや敵ではないのだが、集団になるとムガルルと同じくらい厄介な存在となる。
スポーレがスポーレの耳を掴みグルグルと振り回し
相手に投げつけ、投げられたスポーレはその勢いのまま蹴ってきたりする。
カキーン!そんなときにはまるで野球のように向かってきたスポーレをハンマーで打つ。
「どんどん来い!」
その言葉に脅威を感じたのか、スポーレはムガルルの背中に飛び乗る。
まるでジョッキーのようにムガルルを乗りこなし
ムガルルが後ろ脚に筋肉を集中させ、思い切りジャンプする。
ダインがそれを見上げる。ムガルルが太陽を隠し、ムガルルが黒い影のように見える。
その大きな影から複数の小さな影が飛び出る。スポーレである。
そのスポーレたちは足踏みをするようの振ってくる。
さすがにすべてをガードし切れずダメージを喰らうダイン。
腕を組んであからさまにドヤ顔をするスポーレ集団。
「可愛い顔して集中砲火なんて汚い真似してくれるじゃねーか」
「まずは1体」
戦線復帰したヲノがスポーレ集団の背後からスポーレを1体斬りつける。
可愛くも悲しい鳴き声をあげてスポーレが倒れる。スポーレ集団が恐る恐る振り返る。
「へへへ」
不気味に笑うヲノ。
「いや、その表情は悪役なのよ」
と言いながらまずはスポーレを浄めることにした。
耳で立ち、逆立ち状態で本来の耳の位置に脚を持ってきた状態のスポーレが脚で攻撃してくる。
しかしその攻撃はもうわかっているし慣れた。しかしやはり小柄なだけあってスピードは桁違い。
目にも止まらぬスピードでキックをしてくる。しかも厄介なのがムガルルがいるということ。
スポーレを相手にしているときもムガルルが突進してきたりする。
ムガルルが突進してきたときは、ムガルルの足音で突進だというのを察知したスポーレたちは
耳で立ち、逆立ち状態から通常の脚で立つ状態に戻し
天高くジャンプしムガルルを華麗に躱(かわ)すのである。
「お前らが連携するならこっちも連携だ!」
「おう!」
と了承したものの
「…。連携ってどうするの?」
とヲノに視線を向けるダイン。
「…さあ?」
「おい!さあ?じゃねぇよ!」
「とりあえずスポーレみたいにやってみる?」
「オレがヲノの脚を持って振り回すのか?」
ヲノがその場で座り、ダインに向けて脚を伸ばす。
「頼む」
ダインはハンマーを置いて
「お、おう」
ヲノの脚を掴む。ヲノはブレードをグッっと力強く握り、ダインに振り回される。
まるで大きな独楽が回っているように見える。その独楽に巻き込まれ、何体かのスポーレは浄められた。
「今だ!」
ダインがヲノの脚から手を離す。ムガルルに向かって一直線に飛んでいく。
しかしムガルルは姿勢を低くし、ヲノを躱(かわ)す。
「え、ちょ、嘘」
飛んでいったヲノのブレードは木に突き刺さった。そして頭から木に突っ込んだヲノ。
「っいっ…たぁーー!!」
木の根元で頭を抱えて転げ回る。しばらく痛さに悶えていて、ようやく立ち上がったが
「あぁ…」
クラッっと来る。目を瞑り落ち着かせる。
「よし」
目を開き、戦線復帰しようとブレードのグリップを握る。
「あ…ぬっ、抜けねぇ…。あ、待って」
姿勢を低くしていたムガルルは後ろ脚に筋肉を集中させ
グンッっと地面を蹴り、前に飛び進む。ダインに向かって噛みつこうとする。
「よいっ…しょ!」
ダインがハンマーを叩き下ろす。ムガルルの脳天にクリーンヒット。
ムガルルはガードするために筋肉を集中させる…なんて時間もなく
ムガルルの頭が砂埃をたてて地面にめり込んだ。やっと木からブレードが抜けたヲノが合流する。
大ダメージを与えられたものの、まだ立ち上がろうと前脚、後ろ脚で踏ん張っていたので
「今楽にしてやるからな」
とヲノがムガルルの脳天にブレードを突き刺そうとすると、素早くなにかが飛んできた。
それは子ムガルルだった。父の前でヲノとダインを睨みつけ、威嚇していた。
「なんか…」
「父親浄めるのもなんかな…」
少し尻込みをしたものの、Alma Limpiador(アルマ リンピアドール)というのは
憎しみ、恨みなどでマナトリアになってしまった魂を浄化し
輪廻転生してヒトとして人生を楽しんでもらうためにマナトリアを浄めるという職業だ。
「心苦しいかもしれないがこれも仕事だ」
「…だな」
父を護る子ムガルルにヲノはブレード、ダインはハンマーの握る手が緩んだが、今一度グリップを握り直し
「行くか」
「おう」
と意を決めた。子ムガルルの後ろて父ムガルルが立ち上がる。
子ムガルルの前にスポーレが来て、スポーレも子ムガルルを守るように腕を組んで仁王立ちしていた。
父ムガルルは子ムガルルの頭を舐める。子ムガルルが父ムガルルを見上げる。
微笑んだように、優しい表情を子ムガルルに向けた父ムガルルを見て子ムガルルは横にズレる。
ズンと1歩前に出た父ムガルルは、子ムガルルの前に仁王立ちしていたスポーレの頭をガブッっと口に入れた。
「…え」
「あぁ…。体力回復だな」
「たいりょ…は?」
「ムガルルの周りにはカカシジのメスとかヒノキエルガみたいに、魔法を使えるマナトリアがいなくて
回復もなにもしてくれないから、ダメージを受けて回復したいときはスポーレを食べるんだよ」
「…。なんというか…弱肉強食だな…」
「あぁ。んで」
ハンマーを担いで、ニヤッっと笑い
「こいつを浄めて今夜は焼肉定食だ」
と言った。
「しょーもねぇ〜」
と言いながらヲノもブレードを構える。スポーレを食べ終え、赤いヨダレを垂らし、立髪を逆立て
体力も回復させ、スポーレの筋肉も吸収し、体が一回り大きくなったようなムガルル。
「スポーレもいなくなったし、サシで勝負だな」
「ま、サシじゃないけどな」
「…うるせぇな」
ムガルルは前脚で砂を掘るような仕草をする。すると瞬時にヲノとダインに向かって突進してきた。
「はえぇ」
ヲノとダインは即座に左右に避ける。
「スポーレの素早さも吸収したか」
ドリフトをするように土埃をたてながら振り返るムガルル。
また後ろ脚で地面を蹴り、ヲノとダインに突進してくる。
ダインはハンマーで打とうと試みが、ハンマーの直前で飛び上がる。
着地してすぐに振り返り、右前脚に筋肉を集中させ、爪を出してダインを引っ掻く。
ダインは背中に4本の大きな傷をつけられた。さすがのダインも倒れ込む。
「大丈夫か!…って大丈夫じゃないよな」
声も出せないダインはヲノのほうを指指して「それ」と無言で言う。
「だよな」
ムガルルと対峙するヲノ。
「これで正真正銘のサシってか」
そんなことどうでもいいというようにヲノに突進してくるムガルル。
ヲノはジャンプして避けて、背中を斬ろうとした。しかしジャンプしたとき、ムガルルは直前でブレーキをかけ
「嘘だろ?」
両前脚でジャンプしたヲノを地面に叩きつけた。ヲノはなす術なく叩きつけられ地面が凹む。
ムガルルは振り返り、後ろ脚で凹んだ地面を埋めるように土をかける。
「おい」
ブレードを地面に突き刺し、杖のようにして立ち上がり
「終わってねぇよ」
と地面からブレードを抜き、構える。
「オレもまだ胸が残ってるぜ」
と背中の大きな4本の傷跡から血を滲ませながらダインがヲノの横に立ち
自分の胸を左手でポンポンと叩く。ムガルルは両前脚で足元の地面を思い切り叩く。
すると地面からボコンと岩が出てきてその岩を使って爪を研ぐ。キラーンと光ったように爪が鋭くなる。
「攻撃力上げてきたか」
「…胸残ってるって挑発したのまずかったかな…」
「かもな」
その鋭く尖った爪で岩を捌いて見せ、右前脚に筋肉を集中させ
その捌いた岩を、まるで猫がボールで遊ぶようにヲノ、ダインに目がけて叩き押し出した。
ものすごい勢いで飛んでくる岩を避けるヲノ。打ち砕くダイン。
「おぉ〜。さっすがぁ〜」
褒められ、得意げな笑顔をするダインだったが、片目だけしかめ、背中を居心地が悪そうに動かした。
そう。ダインや武器屋のおっちゃんのようなムスコル族は人並み外れたその筋肉を活かし
ハンマーや大剣といった大きく重い武器を使うことが多い。
しかしいくらムスコル族が筋肉がすごいからといって
ハンマーや大剣といった重い武器を振るうときには腕の筋肉はもちろん、腹筋や胸筋、広背筋も使う。
なので背中の傷は、ダインがハンマーを振るう度に痛む。相当な痛手である。
ムガルルは後ろ脚に筋肉を集中させ、その後ろ脚で地面を思い切り蹴り前に飛ぶ。
ダインは前と同じようにムガルルの頭に合わせてハンマーを振り下ろした。
しかしムガルルは直前でブレーキをかけ、地面にめり込んだハンマーに両前脚を振り下ろす。
空振りして地面にめり込んだハンマーがさらに深くめり込む。
「ぐっ…」
ただでさえ背中に傷を負い、本来の力を発揮できないダイン。
思い切り地面にめり込んだハンマーも容易には抜けない。
地面からハンマーを抜こうとしているダインを、筋肉を集中させた右前脚で叩こうと振り上げたムガルル。
ダインの顔に向かって振り下ろす。ザクッ。ムガルルの右前脚にブレードが突き刺さる。
ヲノがダインの左脇の下から潜り込み、ブレードを天に向かって突き上げていたのだ。
ムガルルが声をあげて後退る。
「ナイス」
「おう」
ダインがハンマーを引き抜く。
「さて。はやく浄めて可愛いエルフのお姉さんに治癒してもらうぞ」
「だな」
大下心を言葉にして気合いを入れる。ムガルルも怒ったように鼻息を荒くしてジャンプする。
飛び上がったムガルルが太陽を隠し、ヲノ、ダインから見たら大きな黒い影に見える。
前傾姿勢で両前脚に筋肉を集中させ、鋭く研いだ爪をヲノ、ダインに向けて下りてくる。
2人は左右に分かれて避け、攻撃しようとする。
しかしムガルルはダインに背を向けた状態で、穴を掘るように後ろ脚で土を掘る。
その土はダインにかかり、ダインは足を止める。ヲノ単体で突っ込むことになった。
ムガルルはダインに土をかけることに夢中だったが、ヲノが向かってきていることにすぐに気づき
右肩に筋肉を集中させ、ヲノにショルダータックルをする。
「危ねっ」
咄嗟にブレードでガードをしたものの、その衝撃はガードできなかった。
しかし幸いなことに右肩にだけに筋肉を集中させていたので勢いはそれほどなかった。
ヲノは体勢を崩すことなく、地面に2本のラインをつけて踏ん張ったまま後方へ吹き飛ばされた。
ダインは顔にかかった土を払う。ダインはハンマーを構え、ムガルルに向かって走っていく。
ムガルルはその気配を察し、その場でジャンプしてダインを避ける。結果的にヲノとダインが合流した。
「うわっ。顔汚っ」
「う、うるせぇな」
と言いつつも今一度顔を拭う。
ムガルルが振り向き、両後ろ脚に筋肉を集中させ、地面を蹴り、前方に思い切り跳ぶ。
ダインはまたムガルルの頭に合わせてハンマーを振り下ろそうと考えたが
ヲノがダインの耳元で作戦を伝え、留まる。ムガルルが跳んできて、ダインがハンマーを振り上げる。
ムガルルは直前でブレーキをかけ、そのハンマーをまた地面にめり込ませようと立ち上がる。
「残念!」
ダインはハンマーを斜め下前方に振り下ろし、ムガルルの両後ろ脚の指先に直撃させる。
両後ろ脚で立っていたムガルルはなす術なく倒れる。ヲノはダインの肩に飛び乗り
「いただきライダー!」
ダインの肩からジャンプしてムガルルの上空へ。
「いてっ」
「お浄め完了!」
ムガルルの脳天にブレードを突き刺そうとした。
しかしムガルルは顔を背け、眉間に筋肉を集中させ、右眉間でブレードをガードした。
「ぐっ…硬ぇ」
「任せろ!」
ダインがハンマーを振り上げる。
「避けろ!」
というダインの掛け声でブレードから手を離し、離れる。
ダインはヲノのブレードのポンメル、柄頭とよばれる部分にハンマーを振り下ろす。
ガーン!というか、ガギーンというか、そんな硬く大きな音と
なにかが砕けるような、割れるような音を響かせ、ブレードがムガルルに食い込んでいった。
ムガルルは力を失い、地面にへたっっと倒れた。
「ふぅ〜…」
ダインはハンマーをドスンと地面に置いて、ムガルルからヲノのブレードを抜き
「ほら」
とヲノに投げる。
「さんきゅ」
ダインからブレードを受け取り、地面に向かって振り下ろす。
するとブレードについていた血がある程度飛ぶ。そしてブレードをしまう。
ムガルルを前にやり切った感満載の2人だったが
「「あっ」」
と本来の目的に気付き、バッっと振り返る。木の根元に相変わらず倒れた女性がいた。
綺麗な黒髪ストレートロングヘアーの女性。駆け寄ろうとした2人だが、バッっとそれぞれ左右を見渡す。
「ムガルルの子どもは」
「…」
見渡すがいない。
「逃げたか…」
「あのとき逃げるように言ったのかもな」
と辺りにマナトリアがいないのを確認して女性に駆け寄る。
ヲノが側でしゃがみ込む。眉間に皺を寄せ、苦しそうな表情をしながら倒れていた。
「まだ生きて…」
とダインが心配そうに言う。
「あぁ。息はしてる。すぐにNeutral Keeplayに連れて行かないと」
「だな」
とは言ったもののダインは背中に傷を負っており
いつものようにハンマーを背負うことすら憚(はばか)られている状態。
「んん〜…。オレが背負ってく」
「いけるか?」
「頑張る。だからオレのブレードとハンマーと、大変だろうけどムガルルの体を担いで行ってくれ」
「わかった」
ヲノのブレードを受け取る。そしてムガルルを見たダインだったが
「…あれ?ない」
「え?」
「ムガルルの体がない」
「なに!?」
ヲノも見るが、たしかにそこにあった形跡、血痕、そして引き摺られた跡は残っていたが
ムガルルの体はそこから無くなっていた。
「誰か、何かが持ってったんだな」
「マジかよ」
「しゃーない。スポーレだけ持ち帰ろう」
「マジかよ。あんだけ苦労したのに?」
「仕方ない」
ダインはスポーレを縄で括り、蛮族のように首から下げる。
「前から思ってたけど趣味悪い首飾りに見えるよな」
「しょうがないだろ。これが一番効率的だって気づいたんだから。両手も使えるしな?」
「まあな?」
と話して、ヲノは
「…っ!」
と女性を背負って立ち上がった。ヲノも体にダメージがあるので辛いものの頑張って歩いていく。
歩く度に綺麗な黒髪が揺れ、ヲノの視界に入ってくる。さらに女性特有の良い香りが鼻に届き
背中には胸、腕には太もも、手にはお尻の柔らかさを感じ
城にいたときから女性との触れ合いなどなかったヲノにとってはそのすべてが初めてで
体の痛みを忘れるには充分だった。
赤くなった顔、熱った体でNeutral Keeplayにつき、エルフのお姉さんに事情を説明する。
「そうなんですね。わかりました。…あのぉ〜…お風邪ですか?」
と言われるほど顔が熱く赤く、熱もエルフのお姉さんに届いていた。
ヲノの全身のダメージ、ダインの背中の傷を治療してもらい、帰ることに。
「あのぉ〜」
エルフのお姉さんに話しかけられる。
「はい」
「一応ご家族を探してはいますが、明日また来ていただいても構いませんか?」
と言われ、別にやましいこともないし、忙しくもないので
「あ、はい」
と返事をしてNeutral Keeplayを後にした。
「おいおい聞いたぞ?今日の収穫はスポーレ14体だって?」
居酒屋で武器屋のおっちゃんが呆れ半分にヲノとダインに言う。
「ほんとはスポーレ15体にムガルル2体だった」
「じゃあなんでスポーレ14なんだよ」
「スポーレ1体はムガルルが喰った」
「あぁ。なるほどな」
「んで、ムガルル1体は浄めたけど、体が無くなってた」
「はあ?んなわけねぇだろ。もっとマシな嘘つけ」
「ほんとだって!なあ!?」
いつもより少ないご飯を食べながら頷くダイン。
「で?ムガルルは2体だったんだろ?もう1体は」
「たぶん逃げた。親子で、お父さんが逃したんだと思う」
ジト目でヲノを見ながら酒を飲む武器屋のおっちゃん。
「ほんとだって!あ!そう!そもそも女性が倒れてて、その女性を助けるために急遽予定を変更したんだよ!」
「なんだその子どもが学校に遅刻したときのテンプレートの言い訳みたいなやつ」
「ガチだから!Neutral Keeplayに担いで行ったし!」
うんうん頷くダイン。
「じゃあ明日おっちゃんも来てくれよ!Neutral Keeplay」
「おう。いいとも」
ということでその日は眠りについた。