コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
二度の大戦から一年ほど経った頃。
イタリアくんとドイツさんから、プライベートでご飯に行かないかと誘われた。
私たち国である者の体というのは使い勝手がいいもので、どんなに大きな傷を負っても、一週間もすれば跡形もなくそれは消え去る。実際、私も一週間ほどで治ってしまった。⋯周りはまだ、街の復興に励んでいるようだが。
つまり、怪我も治り、本調子になってきた私は、今日。イタリアくんとドイツさんと、ご飯を食べることになったのだ。
「ヴェ〜、日本〜!」
大きな声を上げ、私のもとへ駆けてくるイタリアくん。
「こら、イタリア!大人しくしろ!」
そんな彼を追いかけ、叱るドイツさん。なんだか、いつも通りで呆気にとられてしまった。大戦後とは思えないほど。
「イタリアくん、ドイツさん。こんにちは。お元気で何よりです。」
一年振りだろうか。なんだか、彼らと話すのが、何十年振りかのように懐かしく感じる。
「ああ、そっちも元気そうだな。」
「そうだね〜日本が体調悪くしてたらどうしようかと思ってたんだけど、調子良さそうでよかったよ〜!」
「お気遣いありがとうございます。ところで、どちらのお店へ行かれるのですか?」
「えっとね、それが⋯ドイツの所も俺の所も、お店が開いてなくてさ⋯。」
「すまない、どの店も開くのに時間がかかりそうで⋯少し考えれば済むものを。申し訳ない。」
仕方がないことだ。大戦後というのは皆自分のことで精一杯で、人に料理を振る舞う暇などないだろう。
「そうですね、私の所も復興に少々時間をとるようですし⋯。」
少しばかり悩んだ後、私はあることを思いつき、提案する。
「では、私の家でのご飯というのはどうでしょうか。偶然、材料が余っていたのでどうしようかと思っていたところなのです。」
「お〜、日本の手作り料理!久々だなあ、また食べたいと思ってたんだよね。」
「本当にすまない⋯。ありがたくご馳走させていただく。」
「ええ、是非。」
一年振りに会ったお二人です。充実した一日を過ごしていただかなくては。
私の家に着き、ぽちくんがお出迎えしてくれた。
「おや、ぽちくん。待たせてしまいましたか。すぐお昼ご飯にしましょうね。」
「ぽち〜!久しぶり〜!」
イタリアくんがぽちくんを夢中で撫でまわす。なんだかとても和みますね⋯。
「おい、イタリア。そこまで撫でたら可哀想だろう。手を離してやれ。」
そしてすかさず注意するドイツさん。
「ヴェ〜、了解です!隊長!」
「⋯ドイツでいい。隊長はやめろ。」
ああ、幾度と見た光景だと言うのに。どうしてこうも、愛おしく思うのだろうか。
「ふふ。では、私は台所にいますから。お二人は居間で待っていてくださいね。何かあったら呼んでください。」
「ねえ、ドイツ。」
イタリアが日本から出された和菓子を机に置き、落ち着いた声で呟いた。
「どうした。何か忘れものか?」
「違うよ。忘れ物はないよ。ただ⋯、ドイツはさ、これからどうなると思う?」
前触れもなくそんな質問をされて、最初こそは戸惑ったが、すぐに口を開いた。
「⋯そうだな。これから、きっと街の復興が進み、いずれは以前のような明るい活気ある国へと戻るだろう。俺もお前も、日本も。そして、俺たちは、”俺たちの国に住んでいるあいつら”が楽しく暮らせる国をつくるまでだ。」
「そっかあ。そうだね。俺らがやるしかないよね。⋯俺らなら、いい方向に進むよね。きっと!」
イタリアが安堵の息を漏らし、そうして笑った。
すると、台所の方から日本の声が聞こえた。
「イタリアくん、ドイツさん。ご飯ができましたよ。」
その声と共に襖が開き、日本が料理を乗せたおぼん片手に入って来た。
「わあ、鮭だ〜!」
「ええ、鮭定食ですよ。お口に合うといいのですが。」
そう言いながら机の上に料理を並べていく日本。
「おお、相変わらず美味そうな飯だ。感謝する。」
そして、日本が俺たちの反対側になるように座った。
「では、料理も揃ったことですし。頂きましょうか。あ、お酒いりますか?一応あるのですが⋯。」
「そうか、なら是非とも貰いたい。」
「俺も俺も〜!」
「洋酒と日本酒がありますが、どちらにしましょうか。」
私が二択を提示すると、お二人はすぐに「洋酒がいい」と答えた。やはりあちらの方々に日本酒は合わないのだろうか。なんて考えながら、お酒を注いだ。
「じゃあ⋯、一年ぶり!久しぶりに会えてよかった記念で〜、乾杯!」
「乾杯!」
「というか⋯、なんだその名前は。」
ドイツさんが小さく笑った。
「え〜?久しぶりだね、会えてよかったね!っていう記念だよ!」
「イタリアくんらしくて、いいと思いますよ。」
「ほら、日本もそう言ってるよ!」
「そう⋯か?まあ、会えてよかったのは俺も思うが。」
ドイツさんのその言葉に、イタリアくんが満足したように微笑んだ。
⋯こうして、三人で酒を酌み交わし、お話をするのは何年ぶりだろう。戦っている最中は、そんな暇なかったから。本当に懐かしく感じる。こう、笑いながら、雑談しながら食事を楽しむことが、ひたすら懐かしい。
そういえば、イタリアくんに私が子供だと勘違いされて、飲酒を止められたこともありましたね。『皆さんよりうんとおじいさんですよ』と伝えても、ドイツさんからは冗談だと言われたり。
「ね、日本もそう思うよね!」
イタリアくんの声に、はっとする。
「あ、すみません。何の話でしたっけ?」
ぼーっとしてしまっていた。⋯不甲斐ない。
「えっと、ドイツのところの人たちはみんな威圧感があるよね〜って話だよ!」
イタリアくんがそう言った。ドイツさんも少し怪訝そうだが、頷いていた。威圧感、か。
「そう、ですかね?皆さん頼りになる良い方々だと思いますよ。」
ドイツさんは最初こそ怖かったものの、意外と優しいところがあったり、良い人だ。そして何より頼りになる。戦場で幾度となく助けられた。
「⋯日本?大丈夫?」
心配そうにイタリアくんがこちらを見る。
「さっきも上の空になっていたし、疲れているのではないか?」
ドイツさんも、イタリアくんと同じような目で見てきた。
「そんなそんな、最近は適度にお休みも取れていますし。元気なほうですよ。」
心配させてしまっただろうか。戦後、少しばかり気を張っていたところもあるが、ここのところ倒れたりはなかった。
「そっか。ならいいんだけどね。」
ほっとしたような顔で笑う。
そして、ドイツさんと目を合わせたかと思うと、イタリアくんは私を見て言った。
「日本はさ、これからどうなると思う?」
いきなり何を言い出すかと思えば⋯。これから、か。
「さっきね、少しだけドイツと話したんだ。 戦争も終わってさ、俺たちってどうなるんだろうって。」
「ああ、今後の話をな。きっと連合国だった奴らも俺らも、街の復興に力を入れるだろうと。⋯日本は、これからどうなりたいんだ?」
ほんの数分前まで楽しく3人で食事をしていたはずなのに、先ほどのイタリアくんの一言で空気が変わった。
これからなんて、全く考えていなかった。少し前まで戦後というのは、復興してまた戦って、復興してまた戦っての繰り返しだったから。
きっと、敗戦国となった私たちは、贅沢な暮らしはできないだろう。それこそ、今、酒を酌み交わすのもあと数ヶ月経てば出来なくなることで。そして次、いつ彼らに会えるのか分からない。
裕福な生活なんてできない。そんなことは、目に見えている。
今のうちに、しっかりの今後のことについて皆さんや上司たちと話さなければいけない。決して、目を背けていいことではない。
ただ⋯
「私は、国民の皆さんが、何不自由なく暮らせる国をつくりたいです。この戦いで失った方々の子どもたち⋯いえ。私の国を背負う未来の方々が、楽しく、安全に暮らせる国をつくりたい。」
これだけは確かだ。国民の皆が皆、贅沢はできないけれど、ただ、ただひたすらに幸せで居れるよう。努力したい。
私の答えに納得したようで、お二人は優しく微笑んだ。
「ところでさ、どう?あいつらとは。」
イタリアくんが言う「あいつら」というのは、連合国だった方々⋯アメリカさん、イギリスさん、フランスさんやロシアさん、中国さんの五人のことだ。
最近は、アメリカさん以外とはあまりお話していない。距離の関係や今後のこともあり、私が話す方がアメリカさんに限られてくるのは、至極当然だろう。
「俺は少々いざこざもあったが、なんとかあいつらとはやっていけている。」
「そうだね、俺もそんな感じだよ。順調⋯とまではいかないけどさ。」
「私も、です。最近はアメリカさんとお話させていただいております。」
お二人とも私と同じように、着実に進んでいるようだった。
「あ、そうだ!」
何か思い出したように、イタリアくんが声を上げた。
「あのね、近々⋯って言っても来週あたりに、世界会議やるんだって!元連合国と枢軸国の俺らで!」
「ほう⋯。」
初耳だ。そんな話、アメリカさんからは全く出ていなかった。
しかし、世界会議⋯ですか。正直のところ、あまり気が乗らないですね。
「あー、そういえばそんな話もあったな。」
ヨーロッパのほうでは話が進んでいたようだった。⋯中国さんは、知っているのだろうか。まあ、連合国側でしたし。アジアだからと言っても、知っていて当然ですよね。⋯彼を心配する権利は、私にはないでしょう。
「アメリカ主催だよ。戦争終結記念⋯?だってさ!会議って言っても、パーティーみたいに飲み明かすとかなんとか。」
アメリカさんが主催ですか⋯彼はそういう人ですし。きっと伝え忘れていたのでしょう。
⋯それにしても、何の皮肉だろう。戦勝国である連合軍だけではなく、敗戦国となった私たちまで誘うとは。何か企んでいるのでは⋯?
しかし私も日本男児。誘われたなら行くのみですよ。
「そうか。せっかくの機会だ。パーティーだとしても気は抜かず、あいつらの行動を伺おう。」
ドイツさんは、一応賛成派らしい。
「ヴェ〜、日本はどう?行く?」
「ええ、勿論。行かせていただきます。」
あれ以来話せていなかった”彼”にも、⋯会いたいですし。
そして、世界会議⋯と言う名のパーティー当日。
重い扉を開いた先には、見慣れた”彼ら”がいた。
私たちが入ってくるなり、五人のうちの一人、アメリカさんが近づいてくる。
「HEY!枢軸国諸君!⋯いや、今日はドイツにイタリア、日本の諸君と言うべきか?まあ、集まってくれて嬉しいんだぞ!そこまで堅苦しい会議じゃないさ、思う存分飲み明かそう!」
アメリカさんが主催ということもあり、気合が入っている。⋯他の方々は少々不満そうだが。
「招待いただき感謝する。堅苦しくないということなので、楽しませていただこう。」
「お久しぶりです。不束者ですが、よろしくお願いします。」
気は抜かず、楽しんでいる風に装う。昔から得意なことだ。
「ヴェ〜、パスタはある〜?」
イタリアくんはいつも通りなようで、パスタの有無を確認している。
「ああ、もちろんだよ!遠慮せず食べるがいいさ!」
なかなか広い会場に、私たちだけということもあってか、盛り上がるとまではいかず、各個人で話したい方々と話している様子だった。
案の定だが、元連合国と元枢軸国で分かれて話している。
「ヴェ〜、見て見て二人とも!お皿いっぱいのパスタだよ!」
「お、ヴルストもあるのか。有り難い。」
イタリアくんやドイツさんは次々と机に並べられた料理を取っていくが、正直、毒が盛られているのではないかと不安で食べれない。
「どうしたんだ、日本。あまり食べていないようだが。具合でも悪いのか?」
隅で皆さんの様子を伺っていた私を見て、ドイツさんが心配そうに言った。
「あ、いえ。あまりお腹が減っていないだけですよ。どうぞお気になさらず。」
「⋯そうか?」
「ええ、問題ありません。」
「ならいいのだが⋯。」
すると、遠くに居たイタリアくんが、声を上げた。
「見てよドイツ〜!大きなケーキだよ〜!」
「おいイタリア!あまり大きな声で騒ぐな!」
ドイツさんはイタリアくんのほうへ向かい、私は一人になった。
「⋯和食も用意されているんですね。」
机に並んでいたのは洋食だけではなく、和食もあった。寿司に漬け物⋯おや、塩鮭まで。
⋯食べたいが、油断ならない。彼らがいつ何をするか分からない今は、変に行動を起こすのは避けよう。
ふと周りを見ると、中国さんはロシアさんと、アメリカさんはフランスさん⋯と、イギリスさんと。楽しくお話をしているようだった。
一人なのは、私だけですか。
慣れないことをしたからか、なんだか疲れてしまった。外の空気でも吸いに行こう。
運良く、この会場には広めのバルコニーがあるようだった。皆さんの目を盗み、こっそりと出る。
冬だからか、風が冷たく、息も白くなった。ゆっくりと、自分の体の温度が下がっていくのが分かる。
「結局、話せませんでしたね。」
“彼”は、非常に楽しそうにしていた。ワイン片手に、皆さんと対等に話していた。
私がいなくとも、大丈夫じゃないですか。「お前が居なくちゃダメなんだ。」なんて言っておいて。
笑いながら皆さんと話す彼を思い出す度、自分が惨めになってくる。
私だけだったのだろうか。寂しいと思っていたのは。
私だけだったのだろうか。彼と対立するのが、どうにも苦しくて、やるせない気持ちになったのは。
星空を見上げ、大戦前のことを思い出す。
あの時、彼はどう思っていたのだろうか。同盟失効時、彼は⋯彼は。
「はあ⋯未練がましいですね。」
素肌に当たる冷えた風が、どうも鋭い。
溢れ出る想いが頬を伝い、どんどんと視界が霞んでいく。そして、次第に指先の感覚もなくなっていった。
ああ、私はなんて図々しいのでしょうか。
彼にもう一度、振り向いてほしいなんて─。
すると、背後から声が聞こえた。
「日本!」
霞む視界に、ぼんやりと映ったのは
「⋯イギリスさん?」
「お前、こんな所でどうしたんだよ。もうあいつら帰ったぞ。」
わざわざ私を探してくれたのだろうか。要らぬ手間を掛けさせてしまった。
「そうでしたか、申し訳ございません。すぐに帰ります。」
いつの間にか風で涙は乾いていたようで、朧気に見えていた彼の姿が、はっきりと見えてきた。
妙なことを言ってしまう前に、早く帰ろう。
そそくさと立ち去ろうとすると、彼が私の腕を掴んだ。
「⋯待てよ。」
顔を伏せたまま言う。
「なんでしょうか。何か不快になるようなことをさせてしまったのなら謝ります。」
そう言って私が腕を振りほどこうとすると、
「待てよって言ってるだろ!」
先ほどよりも強く、大きな声で止められた。相変わらず彼は顔を伏せたままだったが、微かに荒い呼吸が聞こえる。
「⋯なんですか。」
「もう覚えてないのかよ、今日のこと。」
顔を上げた彼の表情は、涙でぐちゃぐちゃだった。まるで、数分前の私のように。
今日⋯今日は、一月三十日。
もちろん覚えていますとも。忘れることなんて出来ない、私にとって大切な日。
大切で大切で大切で、同時に憎らしい日。
「⋯覚えて、いませんよ。」
「そうか。じゃあ、その涙は何だ?」
いつの間にか涙が溢れ出ていたようで、イギリスさんに指摘されてしまった。
「知りませんよ、そんな⋯涙なんて。」
抑えきれなくなった気持ちが涙となり、輪郭をなぞる。
ああ、この人の前では泣かないと決めていたのに。どうしてなのだろう、涙が止まらない。
気付いたら私たちは、星空の下、抱き合いながら泣いていた。
「ひどい、ひどいですよ。あなたの前では泣かないと決めていたのに。」
「日本、ごめん、ごめんな。」
謝罪を繰り返す彼に痺れを切らした私は、呼吸を整え、再び言葉を紡ぐ。
「⋯何年振り、でしょうか。こうして、あなたと話すのは。」
彼の体温が私の心を温める。
戦時中は、彼とは禄に話せなかった。話す機会なんて無く、ただ戦うだけだったから。
「もうあれ以来、何年も話していなかったからな。新鮮だよ。」
「私もです。⋯アーサーさん。」
「はは、懐かしい響きだな。まだアーサーって呼んでくれるのか。」
「ええ、もちろんですよ。今後何年も、何十年も。何度でも呼びますとも。」
抱き締める力が強くなった。
しかし、あまりに優しく包み込んでくれるものだから、冬の寒さなんて忘れてしまった。
一呼吸置いた後、アーサーさんが話しはじめる。
「⋯なあ、菊。これからも、あの時みたいに一緒に居てくれるか?」
アーサーさんと目を合わせる。彼の瞳は、相変わらず、あの日のように。翡翠色に輝いていた。
「ずっと一緒ですよ。例え遠く離れても、心はずっと、一緒です。」
私がそう答えると、アーサーさんは微笑んだ。
「そうか⋯ありがとうな。俺も、ずっと一緒だ。」
再び掴んだ貴方の手は
以前より温かくて、優しかった。
─星が輝く夜空は、
私たちを静かに包み込んでいった。