テラーノベル
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インターホンが鳴ったのは、
夕方だった。
ピンポーン
静かなシェアハウスに、
不自然な音。
「……」
リビングにいた全員が、
顔を上げた。
もう一度、
ピンポーン
少しだけ、
強く。
「……誰だ」
なつが立ち上がる。
この家に、
突然訪ねてくる人間なんて、
ほとんどいない。
宅配なら、
事前にわかる。
でも今日は、
何も頼んでいない。
そのとき。
「……っ」
小さな音。
ソファの端にいた
こさめの肩が、
大きく震えた。
顔色が、
一瞬で変わる。
青く、
冷たく。
ピンポーン
三度目。
今度は、
長く。
まるで、
「いるとわかっている」みたいに。
「……こさめ?」
隣にいた
いるまが、
小さく呼ぶ。
「……」
返事がない。
ただ、
震えている。
そのとき。
ドン
玄関のドアが、
外から叩かれた。
「――いるんだろ」
男の声。
低い、
聞き覚えのある声。
「……っ!!」
こさめの呼吸が、
止まる。
「開けろ」
もう一度、
ドン
「こさめ」
名前を呼ばれた。
逃げてきたはずの名前。
「……いや……」
こさめの口から、
かすれた声が漏れる。
「……いや……」
体が、
動かない。
逃げたいのに、
逃げられない。
「こさめ」
いるまが、
もう一度呼ぶ。
今度は、
少しだけ強く。
「……」
こさめが、
ゆっくり顔を上げる。
目が合う。
いるまの目は、
怖がっていなかった。
怒ってもいなかった。
ただ、
まっすぐだった。
「……あいつか」
小さく聞く。
こさめは、
震えながら、
頷いた。
その瞬間、
いるまが、
立ち上がった。
「……いるま」
なつが、
低く呼ぶ。
止める声。
でも、
いるまは止まらない。
ドアに向かって、
歩いていく。
一歩、
一歩。
迷いなく。
「……いるま……」
こさめの声。
消えそうな声。
いるまは、
振り返らなかった。
ただ、
言った。
「……来んな」
短い言葉。
「……」
「ここで待ってろ」
そして、
玄関の前に立つ。
ドア越しに、
男の気配。
「……誰ですか」
いるまが、
聞いた。
冷たい声で。
「……は?」
男が、
鼻で笑う。
「こさめの父親だ」
「……」
「返してもらいに来た」
空気が、
凍る。
いるまは、
ドアを開けなかった。
ただ、
そのまま、
言った。
「……帰れ」
「……あ?」
男の声が、
低くなる。
「今すぐ」
「……」
「ここに、あいつはいない」
嘘だった。
でも、
迷いはなかった。
「……ふざけるな」
ドン!!
強く、
ドアが叩かれる。
「いるんだろ!!」
「……」
「声がした!!」
それでも、
いるまは、
動かなかった。
逃げなかった。
「……帰れ」
もう一度、
言った。
「……」
「ここは」
少しだけ、
拳を握る。
「お前の来る場所じゃない」
沈黙。
数秒。
長い、
沈黙。
そして、
男が、
小さく舌打ちをした。
「……チッ」
足音。
離れていく。
一歩、
また一歩。
やがて、
完全に消えた。
玄関の前で、
いるまは、
しばらく動かなかった。
ドアに手をついたまま。
呼吸を整える。
「……はぁ」
小さく、
息を吐く。
そして、
振り返った。
そこに、
こさめがいた。
少し離れた場所。
泣きそうな顔で、
立っていた。
「……」
目が合う。
こさめが、
走った。
そして――
いるまの服を、
強く掴んだ。
「……っ」
「……いるま……」
震える声。
「……」
「……こわかった……」
いるまは、
少しだけ、
目を見開いた。
そして、
ゆっくり、
手を上げる。
迷って、
迷って、
それでも――
こさめの背中に、
触れた。
「……もう来ない」
小さく言う。
「……」
「来ても」
少しだけ、
力を込める。
「渡さない」
その言葉で、
こさめの涙が、
溢れた。
「……なんで」
こさめが、
聞く。
「……」
「なんで、そこまでしてくれるの」
いるまは、
少しだけ、
黙った。
答えを、
探すみたいに。
そして、
ぽつりと、
言った。
「……お前が」
「……」
「ここにいるから」
それは、
理由になっていない理由だった。
でも、
それで十分だった。
こさめは、
初めて、
自分から、
いるまに抱きついた。
消えないように。
離れないように。
いるまも、
初めて、
自分から、
抱きしめ返した。
壊れていたものが、
少しだけ、
形を取り戻し始めた瞬間だった。
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