テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
昼休み。教室の空気は、どこまでも“平穏”を装っていた。
椎名先生は、いつも通りの笑顔で教室に入ってきて、
何気ない雑談を交えながら生徒の間を歩く。
でも――わかる。
その笑顔が、すでに破綻しかけていることを。
「今日さ、掲示板見た?」
誰かが、ぽつりと漏らした。
「……やばいよね。先生、もう終わりじゃね?」
「てか前から、誰かに相談されてたとか……あれって瀬川玲那?」
名前が出た瞬間、私はペンを落とした。
慌てて拾って、何もなかったふりをする。
(また、“あの名前”)
瀬川玲那
最初に、私が空気を使って沈めた子。
LINEも、SNSも、ある日を境に消えた“静かな空白”。
(誰が話してる? なぜ今?)
⸻
放課後。
昇降口で靴を履いていると、スマホが震えた。
《西園寺》
《ねえ、瀬川玲那って子のこと――》
私は一気に背筋を冷やし、通知を開く。
……けれど、文章は消えていた。
既読にはなっている。
でも、内容は消去済み。
(……なに、それ)
数分後、別のメッセージが届く。
《やっぱり、いいや》
《きみって、“そういう子”だったんだね》
意味がわからない。
でも、心臓がほんの少しだけ跳ねた。
(なんで玲那の名前を知ってるの?)
誰にも言っていない。
玲那が何をされたか、何をされたと感じていたか。
私は何も“してない”し、“言ってない”。
でも、西園寺は――知っている。
私の、最初の支配。
⸻
その夜。
匿名掲示板には、またひとつ投稿があった。
《先生、過去にもやらかしてたらしいよ》
《前の学校でも、生徒とトラブってたんだって》
それは嘘。
根拠のない噂話。
でも“空気”にとって、真偽はどうでもいい。
生徒たちは、「らしいよ」の一言で信じる。
⸻
次の日。
椎名先生は、プリントを配る手が震えていた。
生徒の目を、まっすぐに見ることができなくなっている。
一言ひとこと、言葉を選ぶように授業を進める。
(壊れていく)
まるで、ガラス細工のように。
ほんの少しの力で、全部が崩れ落ちる直前の静けさ。
でも、そのとき。
私の背後から声がした。
「ねえ、片倉さん」
振り返ると、西園寺が立っていた。
教室の端、何気ない笑顔で。
「瀬川玲那って、今どこにいるの?」
――笑顔が、冷たい。
(やっぱり……知ってる)
私は、視線を逸らすしかなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!