テラーノベル
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「玲那って、今どこにいるの?」
その言葉が、喉に小骨のように引っかかっている。
(知らない、私は知らない。なにも……)
けれど、私が“なにもしなかった”ことで、あの子は消えた。
それは、否定しようのない事実。
⸻
放課後。
誰かがこっそり言っているのが聞こえた。
「そういえばさ、玲那って子いたよね」
「いたいた。なんか急に目立たなくなったっていうか……」
「てか、転校したっけ? 違う? 休学?」
「え、でもSNSも全部消えたんだよね。こわ……」
記憶は、空気と一緒に風化していくはずだった。
けれど、誰かが“思い出す”ように誘導している。
(……誰が引き出してる?)
考えるまでもない。
西園寺だ。
あの男の笑顔は、善意のふりをして人の裏側をえぐってくる。
⸻
夜、スマホを見ていたら、LINEが届いた。
《西園寺》
《瀬川玲那って子、優しかったよね》
《最後まで、自分のせいだって思ってた》
私は既読をつけずに画面を閉じた。
でも、数分後また通知。
《でも本当は、あの空気が悪かったんだ》
《誰も責めなかった。誰も止めなかった。》
(……やめて)
思考を遮るようにベッドへ倒れ込む。
でも、画面の中の文章が瞼の裏で滲む。
《優しい子ほど、先に壊れるんだよ》
⸻
翌日。
クラスの空気が変わったのがわかった。
「玲那って……どんな子だったっけ?」
「地味だったけど、いい子だったよね」
「てかさ、先生に相談してたって本当?」
「でも急に消えたじゃん。変じゃない?」
名前が、“タブー”じゃなくなっていた。
まるで、蓋を開けたらそこに人がいたみたいに。
誰も触れなかった話題を、平然と口にするようになった。
それが一番――怖い。
⸻
昼休み、トイレの鏡で顔を見た。
表情は変わっていない。
完璧に、いつも通り。
けれど、何かが違う。
私の“空気”が、どこかで揺れている。
そして、振り返るとそこに西園寺がいた。
個室の扉の前、誰にも気づかれない場所で。
笑っていた。
「やっぱり、玲那のこと思い出した?」
「……偶然、でしょ。こんなとこで」
「うん、偶然。僕、けっこう偶然に出会うの得意だから」
背筋が寒くなる。
「瀬川玲那ってさ、最後、どんな顔してたの?」
(やめろ)
「きみのこと……どんな目で見てたんだろうね」
(やめて)
「“見てた”よ、あの子。最後まで」
(やめろ)
「助けてほしかったのかな? それとも、気づいてほしかったのかもね」
その瞬間、私は西園寺の肩をすれ違いざまに強く押した。
でも彼は抵抗もせず、そのまま笑っていた。
「ごめんね。少しだけ、話がしたかっただけ」
⸻
帰り道。
LINEの通知だけが何度も点滅する。
でも、私はそれを開けなかった。
開けば、何かが戻れなくなる気がした。
⸻
私の過去が、今の空気に溶け込んでいく。
瀬川玲那という“名前”が、匿名の声に変わって
――やがて、私自身を飲み込む。
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