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#ワンナイトラブ
「おかえり」
その光景に見蕩れていれば、聞き慣れた声で意識は現実に戻った。
スーツではなく私服姿の彼は、奥の方にいたのだろうか、座り心地の良さそうなソファーと大きなテレビが確認できた。
「……常葉くん、あの、ここは?」
「前言ったでしょ、賃貸じゃないって」
「聞きました、え、それって」
「ここ、俺の父親の保有するマンションなんですよ」
「……え、ぇ?」
「だから、ここも俺ん家ですね。でもあんま来ないから、こないだの蓮聖なんかにたまに貸してるんですけど」
買ったって、部屋じゃなくて、建物ごと……。
想像を絶するスケールに、再び意識が完全に持っていかれる。
だけど、違和感に気付いて「そうだ」と、常葉くんの腕を咄嗟に掴んだ。
「て、眞鍋さんは」
「行きたくねぇのになんで行く必要あるんだよ」
「行かなかったの?」
「適当に、用事あるって言いましたよ」
……そっか。
それはそうだとして……眞鍋さんに失礼なことしてしまったな。
その事実だけが、結果として胸の棘で残る。
「……眞鍋さんには明日、ちゃんと言います」
「何を?また、違う日に行けって?」
「ち、違います、その……常葉くんとの関係を……説明します」
「ああ、言わなくていいよ」
「え?」
「俺が説明したから」
…………そっか、
でも、それでも欺いたことには変わりはない。
軽蔑されたかな、許してくれないかもしれないけれど、ちゃんと謝ろう。
うん、と、自分の指針を確認して頷くと共に窓辺に駆け寄った。
「……こんな高い所から夜景、見たことないです」
「見たいなら、何時でも来ていいですよ」
「……や、それは……慣れるのが怖いので、」
「怖い?」
はい、と、声に出せずに呟いて、隣で腕を組む彼を見上げた。
「行かなかったなら、今まで何してたんですか?」
「……買い物」
「買い物?なんの?」
素直に首を傾げると、常葉くんは私の背後に回り込み、その手が私の首元を包むように遮る。
時折首筋に触れる指先、それと同時にひやりとした感触が私の熱を奪った。手の拘束が解かれると、代わりに鎖骨の中央に感じる違和感。
「……えっ、」
それをつまんで確認すると、ジュエリーだけのネックレストップが指の中で煌めいた。
キャンドルの光を反射して七色に光るそれを見れば、甘い音で胸が鳴り響く。
それはシンプルだけど、台座が花びらのような形にも見えて、ひと目ですぐに私の宝物となった。
「遅れたけど、誕プレ」
声も出せずにいれば、常葉くんは気まずそうに言い捨て再び窓に凭れた。
遅れた、だなんて、申し訳無さそうに言う必要ないのに。私が言わなかっただけなのに。
情けなく口元が勝手に震えるから、ぎゅっと口を結んだ。
だけど、つい夕方壊れた涙腺は、普段より簡単に涙を連れてくる。
いや、違う。
常葉くんを好きになってからと言うもの、私はずっと涙脆くなっている気がする。
「…ま、毎日付ける。お風呂の時しか外さない」
「言うと思った」
「だって、常葉くんが私を考えて選んでくれただけですっごく嬉しい」
急いで涙を拭ってへへっと笑って見上げたら、常葉くんだって意地悪そうに口で弧を描く。
「選ぶの五分も掛けてないけど良いの?」
「え、そうなんだ、早いな……」
「あんたに似合いそうなものくらい、考えなくても毎日見てれば分かるよ」
ふわ、常葉くんの笑顔が優しさを帯びる。
狡いなぁ。簡単に私の気持ちを拾い上げてくれるの。いくら常葉くんの事に意地悪されても、きっと前以上に”好き”となって戻されてしまう。突然後ろから抱き締められて、常葉くんの香りで包まれた。絶対的な安心感に、胸は幸福で満たされる。
「ねぇ、俺、割と結構依愛のこと好きだよ」
「……うん」
「でも、依愛にとって、俺はその程度なの?」
「……え?」
「誕生日も教えないし、他の女と飲みに行っても平気なわけ?」
「平気なわけないじゃん、嫌だよ!」
回された腕をぎゅっと掴むと、更に抱き寄せられて、肩に埋められては首筋に髪の毛が当たって擽ったい。
「じゃあ、ちゃんと言えよ」
「……っ、だって、本音言ったら……重いでしょ?」
「面倒とか重いとか、それ決めるの俺だよね」
うん、うん、何度も頷いては、その度に涙が零れる。
「そんなことより、依愛に我慢される方がキツイんだけど」
「……本当に?」
「だから割と、本気で」
ぶっきらぼうに言う言葉だけど、それは簡単に私の心を掬う。
こんなに私を受け入れてくれる人も初めてだし、嬉しくてこんなに泣いたのも初めてだ。
怖いよ、怖い。
これ以上好きになったら、常葉くんに溺れて引き返せない。それが堪らなく怖い。
「……引かない?だるくない?」
「いや普通にダルい」
「だるいんじゃん〜……」
「ダルいけど、全部付き合うよ」
でも、と、続けようとした言葉は、唇で強引にかき消された。
その日、初めて寝かされるベッドで、常葉くんはいつもよりもずっと柔く、優しく私に触れた。
最初に触れ合った時よりも丁寧に、私の表情を見つめて、一時も離れずに、時間を掛けて私を抱いてくれた。
それは言葉よりもずっと分かりやすい愛情表現。
身体中でそれを浴びれば、涙が勝手に溢れて意識が何度も飛びかけた。
「樹、い、つきっ」
「もっと、呼んでよ」
「っ、樹、」
揺れる脳みそにその甘い声が直で響くと麻痺した頭は彼の言葉を素直に受け入れる。
溺れても、良いや。
きっと、樹だったら私の手を引いてくれる。
……きっと、繋いだまま、離さないでいてくれる。
そうして私は何度目かが終わったあと、誘われるがまま、彼の腕の中で自然に眠りに落ちた。
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