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「桜ってさ、どうしてそんなに奥手なの?」
暖かい昼休み、OL仲間の川越千里は目の前で弁当を広げる桜にそう言った。桜は思いもしない問いかけに、一瞬手が止まる。その顔からは少し焦りが見えていた。
「なんのこと?」
しかし焦りを隠して平然とした態度を貫く。何のことですか?と首を傾げた。ここは食堂だった。窓の開かれた食堂には春らしい陽が差し込んでいる。弁当を広げながら両者は向き合い、話す。千里と桜は手作りの弁当だった。2人とも料理は嫌いではない。
「桜、お隣さんのこと好きでしょ。しかもずっと前から」
意表を突かれたとはこのことだろう。何せ桜はお隣さんのことを深く彼女に話していない。かっこいい等は話したかもしれないが、好きか嫌いかの感情についてはまだ話していないはずだった。
「どうしてそれを知ってるの?」
どもり気味の桜に対し、千里はいたずらに笑う。
「見てればわかるって!この前桜ん家で呑んだ時にお隣さんに会ったじゃん、その時の桜おもしろかったんだから」
桜は今度は青ざめた。忙しい子だな、と千里はまた笑う。あれは1週間前だろうか。桜の家で千里と2人でお酒を呑んだ日。つまみの買い足しにコンビニへ行こうとなり、夜遅くに2人は家を出た。買い物を終え、呑みなおそうと話しているうちにコンビニ前にて柱と偶然出会した。その時の桜の動揺ぶりは、見てわかるほどわかりやすかった。そう、桜が柱を好きなことを、誰が見てもわかりやすかった。千里は続ける。
「で?どこまで進んでるの?2年間何もしてなかったとか言わないでね」
奥手な桜のことだ。きっと挨拶止まりなのだろうと千里は察する。しかし意地悪な質問を桜に投げかけた。まさか挨拶だけで満足してないでしょうね。片頬を手に預けてニヤリと笑う。千里は少し、桜にとっては大いに、意地の悪い人間だった。もちろん、ユーモアである。
「う、千里の言う通りです。だって玖賀さんかっこよすぎるんだもん」
ミートボールを突き俯いた。落胆している様にも見えるが、桜の頬は少し赤くなっている。遠い柱を思い出し頬を染めているのだ。これが好きと言う感情ではないのなら、他に何があるのだろうか。
「えー!半年も挨拶止まり?やっぱり桜奥手じゃん」
千里の感は見事に当たり、桜は奥手だと言うことが証明された。一年半は何をしていたのだろうか。なんて、簡単に想像がついた。
千里は彼氏と同棲しており、付き合ってから5年が経つ。そんな千里から桜を見れば、奥手であり、むず痒い。さっさと行動に移せば良いのにと、千里は俯いている桜に少しイラつく。桜だってかわいいのに。千里は言った。これは本心からだった。
「今日も桜ん家で呑んでいい?家呑みが1番だよね」
明日休みだし、いいよね?千里は冷えたご飯を口へ運んだ。弁当を作るのは好きだが、この冷えたご飯だけは苦手だった。
「いいけど、彼氏さんはいいの?家でお留守番になっちゃうよ」
「いいんだよ。毎日会ってんだから、お互い1人の時間が欲しいもんなの」
あっけらかんとした千里に、桜は同棲とはそういうものかと素直に受け止める。
「お隣さんでも誘う?」
また千里はいたずらに笑った。
「だ、だめだよ!迷惑にもなるし」
大きな声でどもる桜に千里は負けじと大きな声で笑った。ここが食堂ということも忘れ、2人は2人の世界で攻防する。
「あはは!桜動揺しすぎ。半分冗談だって」
「半分は本気なの?!」
まあ、たまたま会ったらね。誘ってみようよ。千里は笑う。桜は目を廻し反抗した。
「やめてよ、まだ挨拶で精一杯なのに、私の部屋に上がるなんて、本当にやめて」
「わかったわかった」
本当にわかっているのか、桜は千里を力強く見つめる。対し千里はごめんと軽く受け流す。
「とにかく今日は呑むよー!明日休みだし、今日泊まっていいでしょ?」
「それはいいけど」
いいけど、でも、だって。千里の先程の爆弾発言が未だにきいているらしい。
「本当に玖賀さんに迷惑かけないでね?大きい声も禁止」
「それはいつも気にしてるじゃん」
桜、奥手すぎ。改めてそう言った。もっと自分に自信持てばいいのに、軽く考えるが、目の前の同期を見るとそれも難しいかとため息をつきたくなる。未だにミートボールを突く桜の顔色は少し暗い。
「桜、早く食べないと休憩終わっちゃうよ」
「だ、だって千里が」
「そのミートボール食べちゃうよ」
「えっあっそれはいいけど」
「いいんかい」
奥手でお人好しで、自分に自信がない同期を千里は愛しく思うのだ。