「早速ですが、レアメタルの取引をご希望とのことですが?」
「はい、高純度のレアメタルが手に入りまして。どこかで買い取って貰おうかと考えています」
そう言うとシンノスケはマークスに目配せしてサンプルに持ってきたレアメタルの欠片をテーブルに置いた。
「これはこれは・・・拝見してもよろしいですか?」
目の前に置かれたレアメタルの破片を見てもレイヤードは表情を変えない。
「どうぞ、手に取ってご確認ください」
シンノスケが承諾するとレイヤードは懐から取り出した白手袋をはめてレアメタルをそっと手に取り、小型のライトのような機材でその品質を確認する。
「これは非常に高純度のレアメタルですね。何処で手に入れたものですか?」
「ある採掘業者の護衛依頼を受けた際にその業者から謝礼として受け取りました。採掘した状態のままなので成型されていませんが、その方が品質が良く分かると思います」
「何処で採掘されたものでしょう?」
「それについてはお答えできません。護衛対象となった方々の仕事に影響が出ます。採掘業者についても本人達の承諾無しにお教えすることは出来ません。ただ、レアメタルが犯罪に関与した物でないことはサリウス恒星州商船組合発行の証明により担保されています」
シンノスケの説明にレイヤードは深く頷いた。
「確かに採掘業者にしてみれば採掘場所の情報は死活問題ですからね。しかしこれは良質なレアメタルですね。どれ程の量をお売りするおつもりですか?」
「とりあえず500キロ程ですね」
5トンの在庫があるが、足元を見られないためにそこは伏せておく。
「500キロも!これは魅力的なお話ですな」
わざとらしく驚いて見せているが、これはシンノスケを有利な商談に引き込むためのレイヤードの罠だ。
しかも、その罠をシンノスケが看破することを想定し、シンノスケを試していることが分かるので余計にたちが悪い。
しかし、これはまだ初歩的な交渉術なのでシンノスケもレイヤードの策には乗ってやらない。
ここまではお互いの出方を見ている状況で、出だしとしては問題ないだろう。
「ダムラ星団公国では鉱物資源が乏しく、その大半を輸入に頼っています。なので私共のような小規模の企業でも需要があるのですよ。当商会ではレアメタルは常時買い取りを行っております」
シンノスケにサンプルを返しながらレイヤードが話す。
「因みに、我が国でのレアメタルの買い取り相場はご存知ですか?商船組合の方でも公開していますが」
シンノスケとて素人ではあるが馬鹿ではない。
相場の確認もせずに交渉には臨まないし、公開されている最低買い取り額もある程度は市場操作された金額であることも予想している。
「はい、確認していますよ」
「直接買い付けを行っている大手とは違い、中小の商いの私達はお互いに奪い合いです。ある程度の競争は必要ですが、無秩序な競争は共倒れを招いてしまいます。その為に目安となる相場を公開させていただいています」
市場操作をしていることを隠そうともしないレイヤード。
加えて、過度な要求には応じないと遠回しに楔を打ってきている。
「なるほど。それで、レイヤード商会ではどの程度の値をつけてくれるのですか?」
「そうですね、非常に高品質なレアメタルですし・・・この値では如何でしょう?」
レイヤードが示した買い取り価格は市場相場に12パーセント上乗せした金額だった。
一見すると売り手側に有利な提示価格にも見えるが、元となる相場価格が安く調整されていることを考えると、相当安く買い叩かれているのだろう。
しかも、12パーセントという額は交渉次第であと3パーセント上乗せできるという期待を持たせたいやらしい金額だ。
「如何でしょう?精一杯頑張らせていただいた金額ですが?」
軽薄な笑みで白々しく迫るレイヤードだが、商売では数多の修羅場をくぐり抜けてきたであろうレイヤードに今のシンノスケが交渉に挑んだところで太刀打ちできないだろう。
シンノスケは勝負に出た。
「分かりました、その金額でお願いします」
素人のシンノスケがプロの商売人に勝てるはずがない。
交渉で勝てないならば交渉しなければいいのだ。
シンノスケの即断にレイヤードの笑みが消えた。
「失礼ですが、カシムラ様は商売はあまりお得意ではないのでは?」
真顔で聞いてくるレイヤードにシンノスケは肩を竦めた。
「得意も何も、私は自由商人になったばかりで、レアメタルの貿易に関してはこれが初めての経験ですよ」
シンノスケの答えにレイヤードの表情が更に厳しさを増す。
「それにしても、もう少し値上げ交渉を試みてもいいのではありませんか?」
売り手側がそれでいいと言っているのに、買い手側が値上げ交渉を持ちかけるとは滑稽だ。
しかし、これはレイヤードが本気になった証しでもある。
「交渉と言われましても、不慣れなものでして。余計な手間を掛けるならば提示された金額でよいと判断しました」
「私共がカシムラ様を騙して安く買い叩いているとはお考えになりませんか?」
「それも考えましたが、騙されるなら騙されるで結構です。相手を信用出来ないと判断したならば次の取引が無いだけですから。自由商人とはいえ、護衛艦業務を主としている私には然程影響はありません」
シンノスケの言葉にレイヤードは深くため息をついた。
「申し訳ありません、カシムラ様。取引を一旦振り出しに戻しましょう」
「どういうことですか?」
突然の申し出にシンノスケは首を傾げる。
「確かにカシムラ様の仰るとおり、先程カシムラ様に示した額は当方に有利に設定した金額です」
「それは商売事としては当然のことでしょう?何も非難されるようなことでもありませんし、私も非難するつもりはありませんよ」
しかし、レイヤードは首を振る。
「私はカシムラ様の信用を買い入れたくなったのです」
「どういうことですか?」
「カシムラ様は信用出来ない相手には次は無いと仰りました。これは、次の取引の余地があるということですね?つまり、カシムラ様はまだレアメタルの在庫を抱えていると・・・」
「ええ、まあそうですね」
レイヤードは真正面からシンノスケの目を見た。
「腹を割って話しましょう。カシムラ様の保有する在庫の量にもよりますが、それなりの量を私共に売っていただけるならば相場の30パーセントを上乗せした額で買い取ります。この額でも私共には相当な利益の出る金額ではありますが、一方でこれ以上の交渉には応じられない、限界の額でもあります」
勝負に出たシンノスケの策が功を奏し、交渉の波が一気に変わったが、これはレイヤードも本気になり、勝負に出たことは間違いない。
相手が本気ならばシンノスケも本気で答える。
「私は先程お見せしたレアメタルを5トン所有しています」
「5トン!」
「はい、そしてこの5トンは持って帰っても仕方ないので全て売ってしまっても構わないと考えています」
レイヤードは即座にレアメタル5トン分の買い取り額を提示した。
「これはカシムラ様にとっても、私共にとっても有益な、それでいてギリギリの価格です」
伸るか反るか、レイヤードはシンノスケに決断を促す。
ここまできたらシンノスケも躊躇はしない。
「分かりました。そちらの提示額でレアメタル5トンを売りましょう」
シンノスケの答えにレイヤードは頷くと手を差し出してきた。
シンノスケもレイヤードの手を握る。
「交渉成立ですね。早速契約を取り交わしましょう」
レイヤードは契約に関するデータをシンノスケの端末に送信してきた。
シンノスケは送られたデータに目をとおす。
「あっ!」
そして、シンノスケが固まった。
データには取引額の他に課せられる税金額が表示されている。
シンノスケは関税について完全に失念していたのだ。
レイヤードがニヤリと笑う。
「お気付きになられましたか?カシムラ様、詰めが甘いですよ」
「参りました。もっとよく学習しなければなりませんね」
肩を竦めるシンノスケに満足げに頷くレイヤード。
「ご安心ください。我が国ではレアメタルの輸入に関して税金を課せられるのは買い手側です。つまり、この関税は私共が支払うべきものです」
レイヤードはしてやったりと笑う。
「商売というものはかくも難しいものです。だからこそ面白いし止められない。カシムラ様とも末永くお付き合いいただきたいですね」
結局のところ、今回の取引はシンノスケにも相当な利益をもたらしたが、終始レイヤードの術中に嵌まり、圧倒的な経験の差を見せつけられたことも事実だ
レイヤードはシンノスケにそれを教えてくれたのである。
結果として交渉では完敗したシンノスケだが、取引に関しては大成功だ。
レイヤード商会との契約を済ませたシンノスケはレアメタルをレイヤード商会に納品し、レイヤード商会からは直ちにその代金が支払われて、シンノスケの初めての貿易が完了した。
「また機会がありましたら我が商会にお声かけください。お互いに有益な取引をさせていただきますよ」
取引を終えてサリウスに帰るシンノスケにレイヤードは声を掛ける。
それはシンノスケとレイヤード商会との長い付き合いの始まりであった。
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