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「御前!!」
声を荒げた結桜ちゃんが、取る物も取り敢えず、そちらへ駆けて行った。
拝殿の中にいる私たちには、状況が分からない。
なにか、恐ろしい事態が持ち上がった。 それだけは確かだった。
途端に膝が震え、立っていることが出来なくなった。
ようやく頭のほうが理解したんだと思う。
宵宮が無事に終わって、すっかりリラックスしていた所を、急襲された。
どうして油断した?
祭りの空気に当てられて、気分が緩んでいたのか。
そんなこと起こるはずないと、本当は心のどこかで高を括っていたんじゃないのか?
吹さんが心配したような事は、結局起こらないんじゃないかと。
だから、あの二人を守るだなんて大それたことを、恥ずかしげもなく口にできたのでは?
だから、いい気になって“ボディガードごっこ”なんかに、現を抜かすことができたのでは?
考えが幼稚すぎた。
「う………っ!」
悔やんでも悔やみきれない思いが、我ながら恐ろしい唸り声となって、喉の奥から溢れ出た。
「千妃……ちゃん………?」
幼なじみの声を聞いて、ハッと気づいた。
そうだ。 さっきの悲鳴……。 ほのっちは? 史さんは無事なのか?
たしかめたい、たしかめないと。
「千妃!」
幸介が私の肩をガッシリと掴み、間近で顔を突き合わせる形になった。
直向きな瞳の奥に、混乱と怖れの色が仄見える。
「離して………?」
「離さねえ」
「いや……、そうゆんじゃなくてさ? ホントに」
「離さねえぞ? 絶対に」
断固として譲らない彼だったけど、その手は小刻みに震えていた。
「お前が行って、どうにかなんのかよ? 見たろ? さっきの。 あんなモン」
「どうにかは、なんないと思う………」
「じゃあ行くなよ! 行かさねえ!」
長い付き合いだけど、こんなに必死な彼を見るのは初めてかも知れない。
いや、前にも何度か見た覚えがある。
そうだ。 小学生の頃、夏休みの宿題が終わらないって言って………。
ダメだ。
思考が奔逸している。
「へぇ………? てめえでもやっぱ、血は赤ぇんだな?」
市松人形を思わせるおかっぱ頭を、左右にカクリカクリと揺すりながら、童は心底から驚いた様子で目を丸くした。
心臓が鷲掴みにされたような感覚が走った。
「………………っ!」
「千妃っ!!」
両肩を抑える手が、さらに力を増した。
おかしな話、やっぱり幸介も男なんだなと実感した。
私の筋力では、どうにも太刀打ちできそうにない。
「………守るって言ったよね?」
「あぁ、言ったな………」
「守る方法、考えようって」
「あぁ、言った………」
考えが纏まらない。
鼻先に臨む幼なじみの弱々しい表情が、胸中の混迷に拍車をかけていた。
そんな折、あの忌まわしい唄を、童がふたたび感情のない声で口ずさんだ。
「………………!」
いつの間にか、私の腰部に頑なに取り付いていたタマちゃんが、自身の両耳にギュッと掌を押し当てた。
歌詞の意味を拾うことは出来なくとも、あのわらべ唄がひそひそと伝えるのは、根源的な恐怖に似つかわしいものだ。
それを少しでも遠ざけるべく、身体がそのように働いたのかも知れない。
「誰だと思う? 鎌造った鍛冶屋ってのは」
小首を傾げた童は、緋々色に染まった一刀で、己の肩口をトントンと打った。
誰かに向けた言葉というよりは、独り言に近い印象だった。
「天国よ。 内の親父。 笑えるだろ?」
元は農耕具の鍛造や修理を生業にしていた親父が、一念発起して刀を打つようになったのだと、彼は言う。
皮肉な成り行きだと思った。
本来、作物を養うための道具が、時代の潮流に翻弄され、人を殺めてしまった。
「そんな世の中にしたのは誰だ? 朝廷の官か? かもな? だから斬った」
時代に対する憎悪がそうさせたのか。 もしくは絶望によるものか。
「それとも京でふんぞり返ってる貴族か? かも知んねぇ。 だから斬った。 おんなじ志を持ったバカ野郎に身を預けて、斬って斬って斬りまくった」
人の世を儚み、己の生業に見切りをつけた鍛冶屋は、みずから進んで人殺しの道具を造るようになった。
「そんな血腥い道々で、あの人に出会った」
その出会いは、まさに光明だった。
生き血を啜る人斬り庖丁に、新たな意義が与えられたのだ。
「あの人は優しくて、哀しい人だった」
いつも一人ぼっちで、祈るように空を見上げていた。
「この人の力になりたい。 そう思った。 心の底から思ったよ。 けど………」
文字通り、住む世界が違う。
自分は一介の鍛冶屋だ。
「内はただの刀だ。 斬ることはできても、守り方を知らねぇ」
それに、これは崇敬に等しいものであって、浅ましい感情が蔓延る余地などない。
「そう。 内はただ、守りたかったんだ」
彼女の想いを、形にしたかった。
「けど、てめえは見殺した」
そんな彼女が、憐れに思えた。
彼女の夫、天の大神の言い分も、一応は理解できる。
鬼に変じた者を、側に置いておく訳にはいかない。
「てめえの言い分なんざ知ったこっちゃ無ぇ。 知りてぇとも思わねぇ」
神の御心など知る由もないが、彼にとっても、それは恐らく苦渋の決断だったろう。
「病人を生かすことが、そんなに難しいことか? ほんの少し寿命を延ばすことが、そんなに難しいことかよ!?」
天国作刀。
その意義を、いま一度振り返り、噛み締める。
「内はてめえを殺すぜ? そのまんま現世ぶち砕いてやらぁ」
現世を終わらせる八口の刃。
自分は彼女の共犯だ。
二度と天に顔向けできまい。
ただ、それでも良いと。
「あぁ、それが良い。 あの人の居ねぇ世界に価値なんざ無え」
たとえ、それが彼女の私怨であったとしても。
自分に反意は無く。
その方針に、異を唱えるつもりは毛頭ない。
「内はあの人の刃だ」
自分は、あの方の御用鍛冶だ。
「コイツは羽未さまの恨みだと思え」
宇彌さまの恨みが、現世の喉元に届くよう尽力する。
それが自分の、生涯をかけた大仕事だと。
いや、こっちで無理なら向こうまで。
あの世に持ち込んででも務め上げるべき大仕事だと。
そんな風に、年甲斐もなく考えてしまうのだ。
「………てめえ、何者だ?」