テラーノベル
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#独占欲
#ワンナイトラブ
馬車の車輪が、乾いた道を一定のリズムで刻んでいた。
北へ向かうにつれて空気は次第に澄み、肌を撫でる風もひどく軽くなっていく。
視界の開けた大地の先に、エルドヘイムの森へと連なる緑が、ゆるやかに広がっていた。
マーロケリー国の王都ノルディアスへ帰還した後、いくつかの手続きを経て、再びニンルシーラへと向かう道中。
この先にあるのは、ヴァン・エルダール城。
イスグラン帝国側の国境を守るニンルシーラ地方、ヴァルム要塞の後背に位置する――辺境伯ランディリック・グラハム・ライオールの居城だ。
自国を離れ、敵対国の王都を訪れ、そしてまたかの国の辺境へ向かう。
それは本来、あり得ないはずの動きだった。
イスグラン帝国前王オルディス・ヴァルター・ヴァルドールの治世において、マーロケリー国との国交は完全に断絶されていた。その余波は今なお色濃く残っている。
ゆえに前回イスグランを訪れた際、セレノは本来の素性を隠す必要があった。
――それが今は、こうして正面から……マーロケリー国皇太子、セレノ・アルヴェイン・ノルディールとして向かっている。
一度きりで終わるはずだった訪問が、こうして再び繰り返されている。
(……妙なものだな)
揺られるままに目を閉じれば、あの王都での空気が頭をよぎった。
(……エスパハレにいた時の方が、僕はよほど自然体でいられた)
わずかに目を細め、窓の外へ視線を流す。
――イスグラン帝国。
本来なら、自分が〝異分子〟であるはずの場所。
それでも、あの王都に身を置いていた時、セレノは奇妙なほど自らの容姿に違和感を覚えなかった。
街を行き交う人々。何気なくすれ違う視線。
その多くが、自分と同じ色をしていた。
黒い髪。赤い瞳。
それは本来、セレノの国では稀とされる色だ。
だが、エスパハレでは――違った。
(……本来ならあそこでの僕こそ〝異物〟だったはずなのに)
自嘲のように、思考がこぼれる。
マーロケリー国において、自分は第一王子として扱われる。誰もが敬い、誰もが守ろうとする。そこに悪意はない。むしろ好意と敬意に満ちている。
(――そんなことは、分かっている)
それでも、自分がその場から浮いているような感覚が、どうしても拭えなかった。
公の場では、地毛の黒を赤く染め、偽りの姿で衆目を欺かなければならない。
セレノの真の姿を知る者は、父王と皇后を除けば、ほんの一握りに限られていた。
そして、もうひとつ。
ニンルシーラで出会った女性のことが、頭から離れなかった。
葡萄酒色の髪に、孔雀石色の瞳。
本来であれば、マーロケリー国においてこそ最も自然で、最も馴染むはずの色。それを持つ彼女が、イスグランにいて、〝異物〟として扱われていた。
(……僕たちは生まれるべき国が、逆だったんじゃないだろうか?)
ふと、そんな考えがよぎる。
コメント
1件
確かに逆だったら幸せだったのかな。