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第165話:四畳半の泡吹き先生〜稼ぐほど首が締まる謎〜
法人口座の残高画面を見つめながら、俺は帯広の四畳半アパートで歓喜の震えを堪えていた。
『憧れるだけで何者にもなれなかった40歳ニート〜』。
俺の血と汗と涙、そして数々の羞恥を煮詰めて作ったそのコミカライズ版は、予想を遥かに超える大ヒットを記録した。
海外リスナーからの熱狂的な支持も手伝い、都会の大型書店だけでなく、地方の小さなコンビニエンスストアの棚にまで並ぶという異例の社会現象。
その結果として振り込まれた印税の額は、俺のこれまでの人生で見たこともない桁数に到達していた。
「勝った……。ついに俺は、インボイスの恐怖と日々の資金繰りから解放されたんだ……!」
傍らで丸くなっているヨモの頭を撫でながら、俺は祝杯の麦茶をあおり、いつもより多めに炊いた玄米を噛み締めた。
口の中に広がる素朴な甘みが、今日は格別に美味い。
これで念願のタワマン……は無理でも、せめてこのボロアパートからは抜け出せる。
ゲーミングチェアに深く腰掛け、俺はバラ色の未来を夢見ていた。
「ルシフェル様、大変申し上げにくいのですが、現実逃避はその辺りにしていただけますか?」
脳内に直接響くような、結愛の氷のように冷たい声が、俺の至福の時間を切り裂いた。
「なんだよ結愛。水を差すなよ。見ろよこの残高! 俺たちは勝者なんだぞ!」
「ええ、確かに『帳簿上は』大金持ちですね。ですが、今月末の引き落とし予定額をご確認ください」
画面が切り替わり、結愛が提示したPDFファイル。
そこに並んでいた数字を見て、俺の心臓はドクンと嫌な音を立てた。
「な、なんだよこれ……。桁が、おかしいだろ……」
まず目に飛び込んできたのは『予定納税(中間申告)』という見慣れない単語と、目玉が飛び出るような請求額だった。
「法人は、前年度の納税額が一定額を超えると、今年度の途中で『税金の前払い』をしなければなりません。これが中間申告です」
「前払い!? まだ決算も迎えてないのに、なんで今年の税金を先に払わなきゃなんないんだよ!」
「それが日本の税法というものです。さらに、お忘れですか? 貴方が先月、海外リスナー向けに勢いで大量発注した公式グッズのアクスタ製造費用。あの一括払いで、我が社の手元資金(キャッシュ)はすでに底を突いているんですよ」
血の気が引いていくのが分かった。
グッズは売れれば大きな利益になるが、製造費として『先払い』したせいで、事前の貯えは完全に消滅している。
売上が手元に入るのは数ヶ月先。しかし、税金の支払いは今すぐ迫っている。
「ま、待て。印税が入ったから、それで税金は払えるだろ……?」
「ええ、印税と相殺すれば、ギリギリ支払いは可能です。しかし……」
結愛の無慈悲な宣告は終わらない。
「これらの支払いを終えた後、手元に残る現金(キャッシュ)の額を計算しました」
チーン、という気の抜けた効果音と共に表示された残高。
それは、数分前に俺がニヤニヤと眺めていた輝かしい数字から、見事なまでにゼロが削り取られた、惨めな金額だった。
むしろ、来月の家賃と通信費、そしてヨモの餌代を払えば、またもやカツカツの極貧生活に逆戻りするレベルだ。
「嘘だろ……。あんなに売れたのに。あんなに利益が出てるのに……! なんで手元にお金が残ってないんだよォォォ!」
「これが『勘定合って銭足らず』。いわゆる黒字倒産の典型的なパターンですね。利益が出れば出るほど、税金や先行投資によって現金は凄まじい勢いで溶けていくのです」
稼いでも稼いでも、現金は手元に留まらない。
利益という幻影に踊らされ、実態のない数字に税金という名の刃が突き立てられる。
「なんで……稼げば稼ぐほど、首が締まるんだよォォォ!」
俺の悲痛な叫びは、誰に届くわけでもなく四畳半の壁に吸い込まれていった。
目の前が真っ暗になる。呼吸がうまくできない。
全身の力が抜け、俺はゲーミングチェアからズルズルと崩れ落ちた。
「あわわわわわ……」
文字通り口から泡を吹きながら、床に転がる代表取締役社長。
その横を、ヨモが「またやってるニャ」とでも言いたげな、呆れたような冷ややかな視線を向けて通り過ぎていった。
口座に何百万という大金が振り込まれようとも、俺の生活は何も変わらない。
今日もまた、涙の味がする玄米を噛み締めるしかないのだ。
これが、法人成りした経営者を待ち受ける、最も恐ろしく、最も残酷な『税とキャッシュフローの罠』だった。
コメント
1件
いやこれ、タイトルからして「稼ぐほど首が締まる」ってフレーズがもう怖すぎるだろ…笑。印税バーン!→からの税金と先行投資でスッカラカン、しかも泡吹いて倒れる社長と冷めた猫の視線で締める構成、めちゃくちゃ面白かったわ。 「勘定合って銭足らず」って言葉、ガチの経営者あるあるなんだろうな。利益出してるはずなのに手元資金がない地獄、現実のブラックジョークとして刺さった🔥 続きも読むわ!
191
레몬인
201
そあち♡໒꒱
88
なんたろ
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