まずは、ロップイヤー兎獣人の双子から自己紹介。
鞭装備の子が一歩前に出てきてぺこりと頭を下げる。
垂れ下がった兎耳がぴるるるっと動いた。
堪らなく可愛い。
しかも二人とも見る限りもふもふ毛だ。
毛足の長いアンゴラ兎で目の周りを丁寧に刈り込んでいる感じ?
こちらの獣人は、顔や手もしっかりと獣人仕様だ。
顔が人間寄りの獣人も見かけたが、その人たちは恐らく人間とのハーフなんじゃないかな?
外見がそのまま獣でも二本足歩行なので、その点は人間ぽかったりもするけれど。
契約できたら、まずは耳と尻尾を触らせてもらいたい。
「セシリアと申します。種族は兎人《とじん》です。戦闘奴隷としてお使いください。鞭使いとしてグランドマスターまで極めている者は少ないので、多少の価値はあるかと思います。また兎人は一般的に弱者として認識されておりますので、囮などにも有効でございます……どんな扱いにも耐え抜いてみせますので、どうか! 姉と一緒にお買い上げいただきたく伏して申し上げます」
いきなり土下座をされた。
姉兎人も隣で土下座をする。
妹の土下座よりも深い。
絨毯に額を擦りつけているが、声はよく通った。
「クレアと申します。種族は純粋な兎人でございます。戦闘奴隷としてお使いいただきたく思います。大鎌使いとしてグランドマスターまで極めております……里では、対要人用の夜の接待役として使われていた過去もございます。妹と一緒にお買い上げいただけるのであれば、そういった使い方もどうぞなさってくださいませ。ハーフではない兎人のそういった需要は大変多くございますゆえ」
「お姉ちゃん!」
言わなければいいのに素直な性格だ。
それだけ姉妹が共に在りたいのだろう。
姉妹仲が良いのは羨ましい。
夫の姉妹を見ていたせいか、自分が兄弟と上手に関係を築けなかったせいか、切実にそう思う。
「……仲の良い姉妹を引き裂くほど悪趣味じゃないから安心してほしいかな? あと、土下座は止めてください。苦手なんですよ……許しを、強要されているように感じられるので」
引き離すつもりは更々ない。
二人一緒でなければ、恐らくどちらも壊れてしまうだろう。
大好きな兎獣人……じゃなかった兎人で、しかもロップなイヤー。
私には保護対象かつ愛玩対象なのだ。
本人たちが望む以上は戦闘奴隷として扱う心積もりではあるが、愛玩もできれば許容してほしい。
「「失礼いたしました!」」
一瞬だけぴん! と耳が立つ。
へたれた耳が立ち、へったりと元通りになる一連の流れは最高に可愛らしい。
顔がにやけそうになるのを引き締めた。
今の時点でにやけたら、ただの悪人でしかない。
土下座が苦手なので、必要以上に冷ややかな口調になってしまっているのだ。
これ以上悪印象を与えるのは避けたい。
ちなみに土下座が苦手なのは、散々迷惑をかけてきた輩が土下座をして、ここまでしてやっているのだから、許さない方がおかしいよな? と過去にうんざりする回数言われたせいだ。
上から目線の謝罪で許されると信じて疑わない輩による弊害は、あちらこちらで出ているのが大変悩ましい。
「……私は異世界人でね?」
「主っ!」
「うわーん! いきなりは駄目だよぅ!」
彩絲と雪華が反射的に立ち上がるほど驚いている。
奴隷たちも揃って大きく目を見開いていた。
支配人だけは静かに微笑を浮かべたままだったが、そこまで知っているのだとしたら結構な情報網だと感心する。
「だから、この世界の人たちとは価値観が違うの。あとね? 主人が助けてくれなかったら、実の兄弟に性的暴行を加えられていた女なの。だから、私自身が夜の接待をする悲劇は絶対にないし、守護獣や貴女方にも絶対にさせたくない。本人が望んでもね。私の近くに男性は置かないから、その辺りも安心してほしいかな?」
「……仕方ないのぅ、主は。と! 言うわけじゃ。守護獣にとっても最高に自慢できる主じゃがらな。貴殿らも買われるのを誇りに思い、忠義を尽くすのじゃぞ」
「一緒に生活する者に隠し事はしたくないってね? 本当に主らしいわぁ……貴女たちにも是非、そんな主に仕えられる僥倖に全身全霊で答えてほしいな!」
兎人たちがただ深々と頭を下げて、一歩下がる。
代わりに一歩前に出たのは天使族?
「誇り高き主殿に相応しい奴隷であるよう、日々努力を重ねることを誓います。天使族の忌み子・フェリシアと申します。武器は唯一武器のハルバード・漆黒にてグランドマスターを極めております。また、幾つかのスキルも極めてございます。醜い容姿につき主殿のお目を汚す無礼をお許しくださいませ。戦闘奴隷としてお使いいただければ光栄でございます。力量こそ守護獣の方々には遠く及びませぬが、その分肉壁としてお役に立ってみせましょう」
「忌み子?」
この世界では亜種や希少種とは呼ばれないのだろうか。
「はい。本来天使族は、純白の羽、金色の髪と瞳を持って生まれます。ですが、極々まれに、自分のような容姿の者が生まれます。自分は五百年ぶりと言われました。能力は高いのですが、容姿が醜いために厭われて、忌み子と呼ばれます。自分は幼き頃より常に最前線で戦い続けましたが、先日。その強さは悪魔と契約した証だと責められ、実の両親の手によって奴隷に落とされました」
尋ねれば心乱される内容であっただろうに、わかりやすく丁寧に答えてくれた。
ここまで同族に貶められても真っ直ぐに私たちを見詰めてくる純粋さと芯の強さは得難い。
「両親に恵まれなかったのも、自分と同じ黒髪黒眼なのもとても親近感が湧くわ。守護獣たちと一緒に私を護ってくれたらとても嬉しい。これからよろしくね」
「! お優しいお言葉が身に染み入るようでございます。我が忠誠は永遠に主殿へ捧げます!」
切れ長の美しい瞳が潤む。
自分の目とは大違いの、宗教画のように高貴な品のある瞳には見惚れるしかない。
天使族は一体、彼女の、何を見ていたのだろう。
小一時間どころか、三日三晩は問い詰めたい。
恭しく頭を下げたフェリシアが下がったところで、しょんぼりと落ち込んでしまっているセシリアとクレアにも声をかけておく。
「セシリア、クレア。貴女たちも同様に護ってもらえると有り難いわ。ごめんなさいね、貴女たちの真摯な謝罪を、そうではない者たちと一緒にしてしまって」
「いいえ! いいえ! 私たちが浅はかだったのです。守護獣の方々の武にも、フェリシアさんの忠義にも届かないかもしれませんが、それでも! 私たちは喜んで主様に武と忠義とそれ以外の全ても捧げます!」
「姉として、妹を護りたいと……長く思ってきました、けれど。その心は揺るがせないと誓っても参りました、けれど。主様の御心に報いるには、奴隷として、それは最低限のルールかもしれないと思います、けれど。主様を一番に、その身も気高きお心も御守りできるように、尽くしたい所存でございます」
セシリアどころか支配人も驚いている。
クレアが胸を張り、卑屈さをかなぐり捨てて語る様子が珍しかったのではないかと思う。
妹を庇って長く夜にも従順であってきた彼女が、私との会話で希望を持ってくれたのなら嬉しい。
「ありがとう。三人の忠義に相応しい主人でいられるように、私も常に精進するわ。一緒に頑張っていきましょう」
セシリアはしゃくり上げ、クレアは嗚咽を噛み殺しながら、フェリシアは目を見開いたままの滂沱。
いろいろと解放されたような三人に続いて、人魚族? が優雅に腰を折った。
「慈悲深い主様に買っていただけるようで幸せですわ。幻の人魚族ローレルと申します。水と氷魔法のグランドマスターを得ておりますの。炊事洗濯掃除全て一通り嗜んでおりますのよ。特に魚料理を得意としておりますの。主様にも是非召し上がっていただきたいものですわ。主様の御希望でしたら、喜んで貝ぶらじゃーもつけさせていただきますわよ?」
「ぷっ! もしかして、人の心が読めるのかしら?」
さすが、人魚族。
凄いぞ、人魚族。
というか、希少種なんだ?
「相手が強く思ったときだけですわ。普段は弁えておりますのよ? ただ主様があまりにも寛容でいらっしゃるので……甘えてしまいましたわ」
そんなに強く貝ブラジャーに執着した覚えはないのだが、心底では切実に望んでいたのだろうか。
恥ずかしい。
夫には内緒にしておきたい……ばればれだろうけれど。
楽しそうな笑い声が聞こえるようだ。
「甘えられるのは嬉しいけど、程ほどにお願いね。特にそっち系は恥ずかしいからね! 魚料理は私が住んでいた場所ではかなり発達していたの。凄く楽しみよ!」
「戦闘奴隷として、家事奴隷として、存分にお使いくださいませ、主様」
奴隷に落ちた原因は、もしかして周囲への甘え過ぎだろうか?
空気が読めないわけでもなさそうだし、むしろ空気を読んで重い雰囲気を払拭してくれたんだろうし。
……フェリシア同様に、出る杭が打たれまくった結果、の気もしてくる。
生活が落ち着いたら聞いてみたい。
最後にリス族? の子たちが一歩を踏み出す。
人サイズのリス族がぶうん! と音がする勢いで頭を下げる。
肩に乗っていた、小さいリス族の子たちが転げ落ちそうになって、慌てて肩に縋っていた。
まるでコントのようだ。
リスの尻尾はもふもふだが、基本は小さい。
しかし、人サイズリスともなるとふっさふさだった。
九尾の狐に勝るとも劣らないもふもふが楽しめそうだ。
「私は迂闊すぎるリス族の忌み子です。肩に乗っているのはお姉様たちです。一緒に買ってください! お願いします!」
妹の頭をぺちぺちと叩きまくる姉たちの一人が、洋服の裾を摘まんで愛らしく礼節を尽くす。
「妹の挨拶がなっていなくて申し訳ございません。自分たちは全員純血のリス族です。末の妹はネリ。私は長女ネルと申します。次女はネラ、三女はネマ、四女がネイでございます」
ネリを除く全員がメイドの極みと表現しても大げさではない所作で頭を下げた。
末子以外は優秀なメイドのようだ。
「どちらかと言われますと、メイドとして家を護る仕事に長けておりますが、ネリはメイスのグランドマスター。私たちは特殊短剣のグランドマスターを極めております。またネリ以外は生活魔法を極めてございます。その他家事スキルも各種を極めてございます……厚かましい懇願と重々承知しておりますが、全員揃って買っていただければ、死ぬまで忠誠を尽くす所存でございます」
「ネリの家事はどの程度の腕前なのかしら?」
「はい! 一通りはこなせるのですが、ミスが多いのです。そのミスのためグランドマスターになる許可がおりません。申し訳ございません」
ドジっ子属性らしい。
お仕置きは尻尾もふりの刑で! と反射的に思ったのは、横に置いておく。
それでもマスターまでは取得できているのなら、大したものだ。
グランドマスターまで極めている者がそもそも少ないのだろう、常識的に考えれば、ネリとて優秀な部類に入る。
姉たちが間違いなくできすぎなのだ。
というか。
想像以上にすばらしい奴隷たちらしい。
奴隷を買う初心者の私が本来買えるものでもないのだろう。
無論迷わず買うけれども。
そういえば、グランドマスターというのは初めて見た。
奴隷特有の称号的な何かなのだろうか?
「支配人さん。すばらしい子たちを紹介してくださってありがとうございます。全員購入させていただきます」
「アリッサ様のお目にかなったようで、ようございました。全員で1000000ギルになりますが、よろしゅうございますでしょうか?」
奴隷たちが全員目を剥いている。
彩絲と雪華が静かに殺気を纏った。
どうやらかなりぼったくられているようだ。
「1000000ギルというと……1水晶貨でしたわねぇ?」
払えないに決まっていると思っているのだろう。
随分馬鹿にされたものだ。
最初に受けた好ましい印象が真逆に変わる。
「は、はい」
「じゃあ、これでお願いしますね。滅多に使わなそうだから使える機会に恵まれて嬉しいわ。まだまだたくさんあるしねー」
私は下品を承知で、じゃららららっ、と水晶貨のみをテーブルの上に出してみせる。
百枚以上はあるだろう。
支配人の額にびっしりと汗が浮かんだ。
「おわたしする奴隷の装備と契約書を整えてまいります。今少しお待ちくださいませ……大変申し遅れまして恐縮でございますが、私『百合の佇まい』が館主、オフィーリア・フィッツシモンズと申します」
腰を直角に曲げられて今更名乗られた。
御機嫌取りの挨拶は、価値のない土下座と同類だ。
せめて心からの謝罪があれば、少しは評価を戻すのだけれど。
しかし無礼極まりない態度に支払いの段階で気がつくとか、私も間抜け過ぎて笑える。
夫の、外見に惑わされちゃ駄目ですよー、の囁きが届く。
一応、外見通りではないと思ってはいたけれど、警戒が足りなかったのだろう。
深い溜め息が出た。
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