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気がついた時には“僕”という存在が出来上がっていた。
9S「…」
ポッド153「おはようございます9S」
僕は身体を起こし周囲を確認する。
どうやらバンカーの自室で寝ていたようだ。
白と黒の単調な色の世界。
光と影が見え隠れするだけの視界。
ふと手を握りしめた。
動作には何も不備がない。
そこに何故か違和感を覚える。
ポッド153「再起動完了、司令官が呼んでいる」
声のする方へ目を動かす。
ポッドと呼ばれる僕らを支援する支援ユニットがふよふよと浮かんでいた。
この単調な世界にその姿は異物が混じったように見える。
僕はなるべく違和感を気にしないようにして反応した。
9S「そう…」
ベッドから降り軍務規定のゴーグルを身につける。
そして自室を後にした。
廊下は狭くもないし広くもない。
特に何も思うことはないはずなのだが時折つけられている窓から外が見えるとどうしてか胸の辺りが締め付けられるような感覚に陥る。
司令部へと行く足を止めてぼうっと窓の外を見ているとポッドが喋りかけてきた。
ポッド153「推奨、速やかな司令官への面会」
ポッドの音声が聞こえているはずなのにうまく身体が動かせない。
ただただ、外を見ている。
ポッド153「9S?」
ポッドの不思議がるような音声が僕にようやく届き僕はポッドを見た。
9S「あぁ…ごめん、わかってるよ」
表示される心拍数のデータ挙動がおかしい。
でも、僕は無視して司令部へと向かう足を早めた。
司令部の中央にあるエレベーターを降り司令官に声をかける。
9S「司令官」
司令官「あぁ、9Sか」
司令官「再起動は無事完了したんだな……再起動開けで悪いが任務がある」
司令官「廃墟都市での調査任務だ、前任担当者が訳あって調査の続行が不可能になってしまってな」
それから詳しいことは21Oから聞いてくれと言われ僕は任務を引き受けた。
エレベーターを上がり僕専属のオペレーターさんの元へと歩く。
9S「オペレーターさーん?」
オペレーターさんは横目で僕を見るとすぐにホログラム画面へと視界を戻した。
21O「任務内容についてデータを共有します」
するとオペレーターさんから廃墟都市全域のマップと補給が行える地点の詳細が書かれた地図データを受け取った。
21O「任務地点は廃墟都市全域です、くれぐれも危険な真似はしないように」
9S「ハイハーイ」
21O「はいは一回で十分です」
9S「ハーイ」
なんだろう。このやりとりを何度も繰り返しているような気がする。
今日は色々とおかしいな。
不思議がりながらも表情には出さない。
笑顔を貼り付けたまま僕はくるりと身体を回転した。
歩き始めようと足を踏み出した瞬間だった。
21O「気をつけてくださいね…9S」
ボソリと呟いたのであろう声は僕の耳に反響した。
僕は歩みを止めることなく自室へと向かった。
特に何も物を置いていない僕の部屋はいつも簡素だった。
ベッド前にある椅子を引き、引いた椅子に座ると机に向かい受け取ったデータを確認し始めた。
廃墟都市の調査、という任務だがデータをぱっと見る限りあまり詳しく調査をする場所はないように見える。
どこもかしこもしっかりと情報が記されている。
目を右から左へとずらす。
するとだんだんとデータに抜けがある事に気がついた。
座標データだけだったり、憶測が書かれていたり前任者はきっと途中までしか調査出来なかった事がデータから読み取れた。
司令官は訳があって調査の続行が不可能になってしまったと言っていたが果たして本当にそうなのだろうか。
この完成されているところのデータのまとめ方的に前任者は最後までしっかりと任務をやり続けそうな気がするが……。
すくなくとも任務放棄…というわけではなさそう見える。
となると、調査どころじゃなくなったと言う事だよな。
機械生命体の暴走に巻き込まれた…?
最近あそこら辺は活動が活発になってきて危ないし
待て、どうして僕はその情報を知ってる…?
“ 僕”はさっき再起動が完了したばかりなはず…。
一体どういう……。
?「9S」
背後からポッドではない声が聞こえ僕は振り返った。
そこには女性型ヨルハ部隊員が立って僕を見ていた。
9S「はい…そうですけど……」
9S「僕に何か用ですか?」
ホログラム画面をスライドして空に消すと僕は椅子に座ったまま体の向きを彼女へと向けた。
?「私は…」
2B「2号B型、2B」
2B「9Sと次の任務で同行することになったから…任務の詳細な情報を貰いにきた」
そう彼女は言った。
僕は少し驚いていた、僕らS型はハッキングや情報調査等の任務が与えられることが多いのは当然なのだが……その調査任務同行者がいるなんてことは滅多にない。
司令部のその対応に珍しいな…なんて思ってしまった。
9S「そうでしたか、じゃあデータの共有を……」
そんな個人的な事を考えながらも求められた事へ”僕ら“は卒なくこなすように作られている
これはもはや癖のようなものなのだろう。
思考しながら物事を同時並行する…これがS型の特性……といい切って仕舞えば簡単な話なのだが……。
僕がデータを共有しようとするとポッドが無機質に言った。
ポッド153「地図データのバックアップを当機が所持しているため当機体が2号B型への共有を開始する」
9S「あぁ…そう」
僕はポッドが彼女とデータ共有をしている間に机へと向き返り地図データの情報が抜けている部分をピックアップした。
ピッアップした場所を見ると主に森林地帯のデータが抜けているようだった。
あそこは湿気が多いし日差しが強いという事で有名で機械には最悪な環境だ。
確かに調査をするという行為を機械が行うとなれば相当困難なものになるだろう。
2B「森林地帯…」
耳元でポッソっと声が聞こえて振り返る。
彼女が僕の側まで来て地図データを覗き見していた。
バックアップしたデータをポッドが共有したはずなのに…どうして僕のデータをそんな表情で見つめるのだろう……。
僕は声色にその疑問を浮かべないようにしながら薄っぺらい事を言った。
9S「調査する範囲は廃墟都市全域ですけどデータを見たところ森林地帯のデータ収集が未完了みたいですから森林地帯を中心的に調査したいと思うんですけど……2Bさんはどう思いますか?」
僕はそう問いかけた。
2B「…そうだね、私はあまり難しい事を考えるのは向いていないから9Sに任せるよ」
9S「そう…ですか」
それもそうか。
B型は汎用戦闘モデルとして戦闘に特化したモデルだから思考回路が複雑に組まれていないのか…?
僕らS型は情報収集やデータの解析…とか色々と考える事が多いから思考回路が複雑に組まれているけど……。
今度バンカーのサーバーで調べてみようかな…。
2B「9S」
9S「は…はい!どうしました?」
2B「任務にはいつ行く予定?」
僕はあらかたまとめた地図データ空に消した。
9S「データはまとめたので任務に行きましょうか」
席を立ちドアへと歩く。
2B「…そうだね」
どこか躊躇したような心細い声が背後から聞こえる。
僕は思わず振り返った。
するとさっきとは違う雰囲気で彼女は言った。
2B「なに」
下手な演技。
彼女の表情が物語っている。
僕だけがそんな彼女に気がついてしまうのだろうか。
9S「いえ、なんでもないです」
僕はそう言い口を閉ざした。
そうしてバンカーの格納庫へと歩き出した。
格納庫で飛行ユニットに乗り彼女と共に過去の栄光である人類の星へと降り立つ。
オペレーターさんから指示を受け森林地帯の捜索へと足を進める。
廃墟都市中央の機械生命体達には敵意がないようですんなりと森林地帯まで進んで来れたのだが、森林地帯の手前にある崖の橋で事件は起こった。
橋を渡る最中背後から彼女の足音がフッと消えたのだ。
僕は振り返った。
目の前に白の契約を手に僕へと振り翳そうとする彼女の姿を僕の目が捉える。
僕は咄嗟に彼女の攻撃を避けた。
後ろへ数歩下り彼女を見る。
声が出せない。
彼女はウイルス汚染されていた。
彼女のゴーグルがはらりと風に攫われその赤く染まった瞳が僕を写す。
9S「ウイルス…汚染っ……」
僕は黒の誓約を手に彼女へと切先を向ける。
9S「…どうして」
思わず本音が漏れた。
ウイルス汚染なんて…ここへ来るまで戦闘はなかったはずだ。
機械生命体との接触も最低限だった。
汚染される可能性は限りなくない…いや無いはずだ。
なのにどうして彼女だけが汚染されている…?
僕は思考を巡らせる。
彼女は躊躇いなく僕へとその白い刃を向ける。
だがゴーグルのない彼女の顔は全てを物語っていた。
僕に刃向けたく無いのだろう。
彼女は泣いていた。
だがそんな彼女とは裏腹に汚染の影響で彼女は僕へと猛攻を仕掛ける。
僕は近接戦闘ではB型モデルに不利だ。
なにせS型は調査やハッキングに特化したモデルだから近接戦闘は必要最低限の仕様しか搭載されていないからだ。
彼女の猛攻をなんとか受け流しながら後ろへと後ずさる。
橋が揺れ、僕の心が揺れ、彼女の瞳が揺れる。
猛攻の最中白い刃が僕を捉えた。
僕はその攻撃を避けることが出来なかった。
配線の千切れる音と視界に表示されるエラーが重なりながら僕は宙を舞った。
轟音と共に僕の視界は一度フリーズした。
身体に衝撃が伝わりやっと自身の状況を理解する。
どうやら僕は商業施設跡地のエレベーター前まで彼女に吹き飛ばされたようだった。
視界に広がる多くの警告文章を無視して自身の状態を確認する。
右腹部を抉られた傷跡が見える。
患部から滲み出る赤黒いオイルは僕の制服を犯していく。
ポッドを呼ぼうとしたが声も出せない。
どうにか応急処置をしようと腕を動かそうとする。
そこでようやく自身の右腕が無いことに気がついた。
吐き気に似た感覚に襲われ喉から込み上げてきた液体を吐き出す。
灰色のアスファルトに僕のオイルが広がっていった。
口内を支配するオイルの味が気持ち悪い。
視界にノイズが走る。
バイタルが赤く、僕に警告をする。
カタッ…カタカタカタ……
妙な音に気がつき自身の左腕を見る。
左手が勝手に動く。
震える僕の手を見て悟った。
僕も汚染されてしまったみたいだ
9S「ははっ…」
僕は自傷気味な笑いをしピントが合わない視界をどうにか正面へと向けた。
ノイズと共に聞こえてくる足音。
汚染なのか、それとも自身の人工血液なのかもうわからないが視界が赤く染まっていた。
黒いスカートが風に揺れている。
白銀のショートヘア。
僕と同じはずなのに似つかないその赤く染まった青色の瞳。
芸術作品の様な顔立ちと唇。
死に際で僕は何を考えているんだろうか…。
いや、どうしてだろうな。
“彼女”に殺されるのならば“いい“と思っている”僕“がいる。
本当に今日はおかしいな。
もう考えることも億劫だ。
中枢神経まで汚染が広がったのか、警告文が表示されなくなる。
ブラックボックス内部の温度が急上昇しているのだろうか。
身体が熱い、いや…寒いのか?
もうそれすらもわからない。
目の前の影が動き僕の終焉が告げられる。
鋭くも優しい刃が向けられ切先が震えている。
視界をなんとか上げると汚染に抗っているのか苦しんでいる彼女がいた。
僕はそんな彼女を見て気がついたらハッキングを仕掛けていた。
彼女のデータ空間に潜り込む。
汚染の影響か論理防壁が機能していなかった。
だから簡単にデータを見れた。
僕は隠されていた彼女の真実を全て知ってしまった。
でも、だからといって何か思うわけでもなかった。
僕が優秀すぎることは僕自身もわかっていた。
だからきっと人類会議や司令官、バンカーの知らなくてもいいことを知るだろう…と。
S型は好奇心旺盛で何事もすぐに飲み込む要領の良さを持ち合わせている特性がある。
そして僕の人格タイプである9号モデルは何事においても成績優秀…優秀すぎた。
賢いというべきか、それとも小賢しいというべきか…。
どちらにせよすぐに暴走すると司令部は考えたんだろう。
だから僕のそばにはいつも監視役がいたらしい。
オペレーターさんの21O、同行任務及び僕の処分を行うE型……2E。
僕と任務を行うのはこれで€※回目の彼女。
何度も繰り返して来たから、僕と何度も別れと出会いを繰り返して来たから。
彼女の記憶領域は荒れ果てていて、ところどころの記憶にはロックがかかっていたが全てボロボロで触ったらその衝撃で壊れてしまうそうなくらい脆かった。
でも彼女の記憶にあったのは全て過去の僕との記憶だ。
僕の事をどう思っていたのかはこれを見れば明白だろう。
僕は更に彼女の奥深くへと踏み込んでいく。
そして最後に明らかとなったのはこのウイルスは司令部が仕込んだものでこのウイルスの存在は彼女にも通達されていなかったという事。
簡単に言えば捨て駒だったんだ。
きっとこのウイルスが僕ら2人を侵す時バンカーにあるバックアップデータを破損でもさせて僕と彼女を一度全てリセットさせたかったんだろう。
そう……僕が安易と記憶を渡すものか。
彼女は過去であろうと僕を大切にしてくれていた。
任務でも僕が真実に気が付かぬ様動いてくれていた。
僕を考えてくれた、思ってくれた、愛してくれた、大切だと、信じて、約束を守ってくれた。
それだけで…僕には十分だった。
だから僕は彼女の中枢神経奥深くまで根ざし彼女を犯しているウイルスを全て受け持つことにした。
僕のデータポートを全開放にする。
彼女の中のウイルスがそれに気がついたのか僕の方へと移動してくる。
これでいい。
僕は君さえいれば最初からなんでも良かったということをようやく理解できたよ。
今の僕にはこれしかすることが出来ないのを赦してほしい。
次の僕がきっと……。
僕は僕の中にウイルスが全て入り込んだ事を確認してから彼女との接続を切った。
重い身体を引きずり彼女から遠ざかっていく。
9S「さようナら…2B」
僕は商業施設跡地から森林地帯の奥へと歩き出していった。
機械生命体を避け森の中の王城へと歩いていく。
途中ブラックボックスの変質があったがそのおかげか少しまともな視界を得ることが出来た。
相変わらず視界の端にはエラー表示が出ているがノイズが走りなんて書いてあるのか読めない。
揺れる足取りで王城内部を進み王の墓へと辿り着いた。
呼吸が苦しい。
僕はひとまず自身の汚染の対処を始めた。
しかし汚染の除去は困難で今の僕じゃ除去し切れない事を理解した。
9S「ア”あ“ッ…」
身体の関節駆動部が悲鳴を上げる。
火花と共に僕は崩れ落ちた。
低くなった視界に誰かが映り込んだ。
彼女によく似たその顔立ち。
脱走兵のプロトタイプだと僕は気がついた。
A2「…お前、汚染されてるのか……」
僕はただ首を振る事しか出来なかった。
A2「……」
9S「お願イ…僕ヲ………汚セん…ガ」
9S「広がル……前…ニ………」
残り僅な自我で声を発した。
それに彼女に似た者は頷き僕に刀を向けた。
A2「…最後に言い残すことはあるか?」
A2「私に出来ることならやってやる」
9S「…ツぅ…ッびィに……次ハ……ぼクヲ…」
A2「…”2Bに次はちゃんと僕を殺して欲しい“と伝えろ…ってことか?」
僕は頷いた。
A2「……わかった、伝えておいてやる」
A2「おやすみ、9S」
僕はゆっくりと目を閉じ”彼女“と似た優しさを持つ彼女に__________