テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
直樹の死刑確定から一週間
私の日常は、驚くほど静かに、そして豊かに回り始めていた。
朝、陽太を送り出し、ルーツ・ガーデンの運営会議に出席し、夕食の買い物をして帰る。
1円の無駄もなく、しかし心には十分な余白がある。
これこそが、私が戦い抜いて手に入れた「黒字の人生」だ。
しかし、その平穏を乱すように、毎日一通、医療刑務所から封書が届くようになった。
差出人は、直樹。
中身は決まって、ただの一枚の「白紙」
「詩織さん、また来ましたよ。……気味が悪いですね。シュレッダーにかけましょうか?」
秘書の言葉に、私はその白紙を手に取り、窓の光に透かしてみた。
文字は何もない。
けれど、その紙の質感、指紋の跡
そして何より「毎日送られてくる」という事実そのものが、直樹の醜い承認欲求を象徴していた。
(……あなたは、何も書かずに私を不安にさせたいのね。自分の不在を、白紙という形で『計上』させようとしている)
私はその夜、自宅の書斎で、父の形見の万年筆を手に、届いた7枚の白紙を机に並べた。
ふと思いつき、その一枚をストーブの熱にかざしてみる。
「……やっぱり」
じわじわと、焦げ茶色の文字が浮かび上がってきた。
それは、かつて直樹が私に叩き込んだ、あの「1円単位の家計簿」の書式だった。
ただし、そこに書かれていた数字は、生活費ではない。
『4月19日:詩織の睡眠時間 6時間12分』
『4月20日:陽太の登校時間 8時03分』
『4月21日:詩織の買い物額 4,218円』
背筋に氷を押し当てられたような戦慄が走った。
直樹は檻の中にいる。
なのに、彼は私の、そして陽太の「今」の数字を、正確に把握している。
彼は死を待つ身でありながら、外にいる「誰か」を使い、私たちの生活を一円単位で監視し続けているのもしれない。
(死ぬまで私を管理するつもり……? 冗談じゃないわ)
直樹は白紙の手紙を通じて、私にこう告げているのだ。
『お前がどれほど成功しても、お前の人生の帳簿をつけているのは、この俺だ』と。
私は、浮かび上がったその数字を、父の万年筆のペン先で激しく塗り潰した。
怒りで手が震える。
けれど、私はすぐに深呼吸をし、冷徹な計算機へと戻った。
私は翌朝、山崎さんを呼び出した。
「山崎さん。刑務所の外部協力者、あるいは看守の中に、直樹に買収されている人間がいるかもしれない。一円の漏れもなく、その『金の流れ』を特定して」
「……それから、直樹が一番執着している『あるもの』を、今すぐ完全に破壊する準備をしてちょうだい」
「あるもの……とは?」
「……彼の『名前』よ」
【残り29日】
#離婚
#ヒトコワ
#仕事