テラーノベル
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目を開けると、いつもの朝だった。窓からは東京の街並みが広がり、遠くにはスカイツリーが見える。しかし私の心臓は早鐘を打ち続けていた。昨夜の夢はあまりにも生々しかった。
赤い靴。
雨に濡れた公園。
そして消えた彼女。
頭の中で何度も反芻する。夢のはずなのに、感触が残っている気がする。革の赤い靴。冷たい雨。ぬかるんだ土の匂い。
「またあの夢?」
声の方を見ると、彼女がコーヒーを持って立っていた。優しい笑顔だが、どこか機械的な表情。
「ごめん。起こしちゃった?」
「大丈夫。それより顔色が悪いわ。最近多いよね」
彼女の言う通りだ。同じような夢を繰り返し見ている。しかも毎回違う場面が追加されるのだ。
「ねぇ、これって本当にただの夢なのかな……」
彼女は一瞬だけ固まったように見えたが、すぐに微笑みを取り戻す。
「もちろんよ。疲れてるんでしょ。今晩は早く寝ましょうね」
彼女の言葉を聞きながら、私はふと気づいた。彼女はいつもそう言う。早く寝るようにと。
そうだ。あの夢を見始めた頃から、彼女は私を早く寝かせようとするようになった。まるで何かを隠しているように。
急に胸騒ぎがして立ち上がる。寝室へ行き、クローゼットを開けた。
そこには——赤い靴を履いた女の子がいた。
「そんなはずがない……」
言葉が喉に張り付く。体が硬直し動かない。目の前にあるものは現実なのか夢なのか、区別がつかなくなっていた。
赤い靴を履いた小さな女の子。人形のように動きもしないが、確かにそこに存在していた。恐怖と混乱が入り混じる中、後ろから静かな声が響いた。
「ああ、ついに見つけてしまったのね」
振り向くと彼女が立っていた。その表情には驚きや悲しみではなく、安堵のようなものが浮かんでいる。
「あなたがずっと探していたもの。やっと見つかった」
彼女の言葉の意味が理解できず呆然とする。次の瞬間、女の子がゆっくりとこちらを向き、笑った。まるで無邪気な子供のような純粋な笑顔。しかし背筋に走った悪寒は尋常ではなかった。
「逃げて!」
突然聞こえた警告の声に我に返る。誰かの叫び声だ。しかし周囲を見渡しても誰もいない。ただ頭の中に直接響いているようだった。
混乱の中で一つだけ確信できることがあった。これはただの夢ではない。何らかの形で現実と繋がっているのだ。
「時間が来たようね。さあ、すべてを終わらせましょう」
彼女の声とともに世界が反転。全てが歪み、そしてそこには悍ましい光景が広がっていた。人間の手でできたランプ、血で描かれた壁の絵画。そして中央には……
私が立っていた。いや、正確には私の姿をした者がいた。その手にはナイフが握られていた。足元には血溜まりがあり……その先には……
「うそだ……そんなはずない……」
現実逃避を試みるが無駄だった。血溜まりの先にある物体を見て全身が震え上がった。それは紛れもなく”私”だった。
「これが真実よ。あなた自身が犯したこと」
声が響く。同時に彼女が近づいてくるのが分かる。ゆっくりと、確実に。
「でも信じたくないんでしょ?だから何度も繰り返す。自分を守るために」
その言葉と同時に視界が暗転。再び目を開けるとそこは東京タワー。人々の喧騒。しかしその背景には……
巨大な蜘蛛の巣があった。そして私はその中心に立っていた。周りには赤い靴を履いた無数の少女たち。彼女たちの瞳には一切の光がなく……ただ私を見つめていた。
「あなたこそが悪夢の源」
声が響く。それは私自身の声だった。
「いや違う!私はただ……」
「逃げて!」
再び頭の中で声が響く。しかし今回は恐怖よりも強い意志を感じた。誰かが私を助けようとしている?
「やっと気付いたのね。でももう遅いわ」
彼女の声がすぐ近くで聞こえる。振り向くと目の前に赤い靴があった。それを履いた彼女は……
私自身だった。
「ずっと分かっていたんでしょ?自分が何をしてきたか」
過去の罪を暴かれそうになる恐怖。それから逃げるために必死に身を捩る。しかしどんなに暴れても身体は思うように動かない。
「認める時が来たのよ」
そう言い放つと彼女は一歩ずつ近づいてきた。その手には刃物が握られている。それは確かに私自身が愛用しているナイフだった。
「嫌だ……やめてくれ……」
懇願する声も虚しく響くだけだった。そして次の瞬間———私は雨の降る公園で両親を殺したことを思い出した。血のせいで靴が真っ赤に染まったんだ。そしてそれを見ている一人の少女。その子が泣きながら言った。
「お兄ちゃん……どうしてこんなこと……」
そうだ。あの日のことは全部覚えているはずなのに忘れていた。いや忘れようと努めていた。
「そうよ。あれがあなたの始まり」
彼女の声が響く。そして次の瞬間———
私は自らの手で母親を殺した記憶を鮮明に思い出してしまった。あの日以来私はずっと偽ってきたんだ。自分の行いを他人のせいにして。それどころか被害者ぶってさえいたんだ……
「それが真実よ。あなたこそが全ての元凶」
その言葉を聞いた瞬間私の心は完全に壊れてしまった。それと同時に身体も崩れ落ちていく。地面に倒れ込む寸前に微かに見えた景色…… それは私自身の遺体だった。
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