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馬車から降りると、そこはオーガスタ学園である。エリナーミア・ボンハーデンは両手を空にあげて、んーと伸びをした。
「やっとついたわ」
ここオーガスタ学園は王都の東寄りに位置する施設である。15歳から18歳までの男女共学の学校で平民も貴族も関係なく、国民であれば通える。その隣には19歳から21歳まで通える専門学科がある。現在、騎士科に通う2番目の兄がそこにいるのだ。
騎士を目指す兄の影響か、エリナは3年前から剣術を習い始めていた。2番目の兄、ランドリュース・ボンハーデンの友人ハデスリード・ララドールの家は剣術の名門である。剣術を習うきっかけになったのは、ハデスリード・ララドールの弟、イーラルド・ララドールとの出会いがあったからだ。
「リー、お疲れ様」
聞き慣れた声が聞こえたと思ったら後ろからガバッとハグをされる。私の事をリーと呼ぶのは家族しかいない。
「ラン兄様」
「よく来たね。暫く会わない間に、更に美しくなったね」
「お兄様こそ、腕の筋肉がたくましくて、ドキドキしますわ」
ええ、とってもいい筋肉になりましたね、お兄様。52歳だった私は細マッチョ好きでイケメン好きだった。当時大晦日になるとテレビの特番では、男性アイドルグループのパフォーマンスを見ては裏番組の格闘をみて、自分の足りない何かを埋めたものだ。
異世界あるあるなのか?ランお兄様は誰もが振り向く美しい顔立ちに締まりまくった筋肉。髪の色は私と同じ、ブラウンに光の加減でブルーに見える神秘的な色。1番上の兄、ロイドーラ兄様も同じ、この色は両親からではなく、お父様の父すなわちお祖父様から受け継いだものだ。
「お兄様そろそろ離して下さらない?」
「んーー嫌だね」
「はぁ?」
「その反応、可愛い」
「なっ‥‥」
バックハグされているわけで顔との距離はめちゃ近い。そして、そのイケメンと声優さんみたいなイケボ(イケてるボイス)に助けて下さい神様。兄の顔面凶器で今にも命を落としそうです。まだあなたの側に行く予定はございません。いやいや、兄マジ最強。魅惑オーラヤバいって。あっちではテレビの中の人だったイケメンが身内なんて異世界万歳!
「と、と、と、ところでお兄様」
やっとの思いで兄の魅惑オーラから抜け出し、お兄様の腕からもなんとか抜け出せた。対面になって、正面もキラキラと眩しいぜ。
「手紙にはロイドお兄様も来てくださることでしたが、待ち合わせはここだとご存知ですか」
「兄上は少々立て込んだ仕事を片付けたら来ると言っていたから、少し遅くなるそうだ。なんなら先に学園内を案内していてと言っていた」
「そうですか。今会えないのは残念ですが、ランお兄様を堪能したので、そろそろ案内をお願いしてもよろしいですか?」
「リーはこれくらいで堪能と言うにはまだ早いよ」
お兄様は左手を差し出すと
「ではリー学園探検行こうか」
と笑みをうかべる。うわーどこまでもキラキラだわ。そう言えば、あっちでは「イケメンは3日であきる」という言葉があったけど、飽きるのか慣れるのか。私は兄の手を取ると引かれるまま歩き出した。
オーガスタ学園の男子寮。校舎から少し離れた場所に位置する建物が、広い学園敷地内にそれはある。
自室のクローゼットをチェックする。イーラルド・ララドールは今期から学園に入学する。家は剣術の名門ララドール。家の者が既に荷物を運び、着替えや本やらを決まった場所に入れてくれたようだ。
「あいつもそろそろついたころか?」
そう呟くと窓の外へ目をやった。
あいつと言うのは、3年前にララドールの屋敷に剣術を習いたいと手紙を送って来た少女である。
エリナーミア・ボンハーデンと名乗った、宰相フォード・ボンハーデンの末娘で兄の友人の妹である。エリナーミアは剣術について全く知識もなく剣を握った事もない。公爵家の姫なのだから、握るより騎士に守られていれば良いだろうと思うのだが、彼女の真剣な眼差しに、馬鹿にせずそのやる気を尊重したのである。しかし、教えるにしても、国王陛下直属の騎士団団長の父親では教える時間もなく、父親も兄と一緒で王都に行ったっきり。屋敷の警備をしている警備長も公爵家令嬢を教えるなどと遠慮して逃げてしまった。イーラルド本人が教えると言ったとして、彼女が納得してくれるかと思ったけれど、実際出会ってみて自分が教える事に表情も変えず、すんなりと承諾したのだった。
いろんな思いもあったが、彼女自身がやりたいというので、根を上げるまで自分の修行もかねて引き受ける事にした。教えるのは週に一回。日々の鍛錬は朝剣を振ること。やっているかやっていないかは週一の状態を見れば分かる。
あれから3年。エリナーミアと会わない時間が寂しいと感じる事が増えてきた。剣を振る姿勢がだんだんと様になって、ふと口をついで出た言葉「ずいぶん上達したな」その言葉に嬉しそうに微笑んだ彼女の表情に胸をギュッとつかまれた。簡単にまとめると、初恋である。しかし、毎回会うたびにドキドキしているのはとても照れ臭く、この気持ちを悟られまいとして、つっけんどうに言葉を交わしてしまう時もあった。
「会いたいな‥‥」
無意識に口から出た言葉。はたと我に帰って顔がカッカと熱くなった。
黒に近い濃紺の髪をかきあげて、窓の外から日の光が彼の瞳を照らす。瞳はホークスアイの様な青みがかった黒。綺麗な瞳である。エリナーミアはそんな彼の瞳を好いている。剣を握る時の真剣な眼差しは、鷹が獲物を狙い定めた時の鋭さがあり、緊張が解けた時に見せる瞳は透明感のある輝きに目を奪われていた。イーラルドはそんな風に思われているとも知らず、片思いをこじらせているのである。
あす入学式が行われる講堂までランドリュース兄様に案内してもらった。外からだけど、校舎や中庭、競技場やらを手を繋ぎながら歩いた。新学期前の休みで生徒や学校関係者は居ないはずだけれど、ラン兄様が私を案内するという情報を聞きつけた令嬢達が待ち伏せていた。
「ランドリュース様〜」
と言う黄色い声が響き渡る。
「えぇぇぇ〜‥‥」
とびっくり顔の私。
彼女達の存在にラン兄様は全くの無反応。逆にこっちの方が恥ずかしくなる。兄様がモテるとは知っていたけど、キャーキャー言われているの実際に目の前にするとめっちゃ恥ずかしい。皆知らないと思うけど、この兄、屋敷の自室ではまっぱ(全裸)の息子丸出しで筋トレしてるのよね。息子の収まり悪そうだけど。先月の連休で屋敷に帰って来た時知らずにノックして返事があってドアを開けたら見ちゃったのよ。本人は平然としていたけど、見た方は慌てるって、他人だったら「ありがたや〜」って拝むところだけど、身内となるとなんだか損した気分になる。
「兄様、ホントおモテになりますね」
「ん?そうかい?」
と自分がキャーキャー言われるのに全く興味ないようだ。
「そんな事より、この講堂で明日の入学式が行われるよ。兄上が出席するって言っていたけど俺も見に行くかな」
「ロイドお兄様の手紙で知っていたけど、ラン兄様は騎士科の始業式ではなくて?」
「俺がいなくても始業式は行われるよ」
「いやそう言う事ではなく、担任の先生の心証が良くないんじゃない?」
「そう言うの気にするの?」
「ええ、気にしないの?」
そうだラン兄様はこう言う人だ。さっきのキャーキャー言われる事といい、目上の人の評価うんぬんといい、周囲が作る(思う)ランドリュースに対して、どうでも良いと感じる人だ。兄は自分がどうありたいと思う気持ちが強く、自分ルールを絶対曲げない。
「ラン兄様のそう言うところ好きだわ」
「リー」
ラン兄様は嬉しそうに目をキラキラさせて私の頬に優しく手を当てた。そして、
「リーは近親相姦についてどう思う?」
と目尻を下げると言った。私は間髪入れず
「キモイ」
と言い捨ててやった。
「あっ」
と私は声をあげると、ラン兄様の後ろから首に腕をまわし締め上げる人物が太めのイケボを響かせて言葉を投げ捨てた。
「騎士になる男のセリフとは思えぬ言葉だな」
「うううう‥‥兄上‥‥」
ロイドーラ・ボンハーデン、1番上の兄、現在王城に勤める宰相である父の元で、仕事を手伝いながら、社会勉強をしてゆくゆくは母と交代し、領主として家を継ぐ予定である。この人もまた、美系につき、おモテになる方である。
「リー、久しぶりだな。息災でなによりだ」
首を締めながら、クールに微笑む。
「ロイド兄様も元気そうで何より。それよりラン兄様が虫の息になる前に離してさしあげて下さいな」
するとスッと腕を緩め、
「リーは相変わらず優しいな」
と私の頭を撫でた。
「ロイド兄様お忙しいのにすみません」
「当たり前だろ。大切な妹の成長の瞬間を見るのは長男の勤めだ」
「勤めって‥‥」
咳をしながらラン兄様は言うと
「兄上、俺はリーと結婚」
ロイド兄様は素敵な笑顔を浮かべながら、
「ランドリュース。またバカな事を言い出して、後で王都の屋敷まで来る様に。その色ボケした頭にいろいろと言いたい事もあるからな」
「えええ‥‥」
ボンハーデン家は王都にも屋敷がある。そこにはお父様とロイド兄様が身を置いているのである。最初は私もラン兄様も王都の屋敷から学園に通うという話もあったけど、個人の独立心を養う為に寮生活を母が決めたのである。即ち、領主命令である。
「ロイド兄様、明日宜しくお願いします。ラン兄様、今日は案内有り難う御座いました。2人共、これからの王都生活不束者ですが宜しくお願いします」
私は兄達のわちゃわちゃした空気を遮るよに始まりの挨拶をした。
2人は照れくさそうに
「我が家の姫の仰せのままに」
と声を合わせて片膝を地に付ける。
この姿は子供の頃から私の願いを叶えてくれる時に2人がやってくれる騎士と姫ごっこの挨拶である。