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太宰って、人気が高いからこそめちゃめちゃカップリングあってみてて飽きないですよね。
太中の太宰、織太の太宰、太芥の太宰・・・・・。3人の太宰がBAR、ルパンで語らいます。
琥珀色の光が微かに揺れる、地下のバー「ルパン」。そこは現実のヨコハマの地図には記されていない、時間の澱みが溜まる場所だった。
カウンターに並んだ三脚のスツール。そこに座っているのは、顔立ちも、声も、纏う厭世的な空気も寸分違わぬ「太宰治」という名の三人の男たち。しかし、その瞳が映している「地獄」と「光」の形だけが、決定的に異なっていた。
「いやはや、聞いておくれよ。うちの小型重力使いときたら、相変わらず語彙力が貧困でね。再会するたびに『死ね』か『ぶっ殺す』の二択だ。手帳を埋める自殺の予定より、彼からの罵倒のバリエーションの方が先に増えてしまうよ」
砂色の外套を羽織り、武装探偵社の社員証を懐に忍ばせた太宰は、氷の溶けかけたグラスを指先で弄んだ。その口調は軽快だが、中原中也という名を出すたびに、言葉の端々に隠しきれない「体温」が宿る。
「でもね、面白いんだ。あんなに私を嫌悪しているくせに、いざ命を預ける場面になれば、彼は一切の躊躇なく『汚濁』を解放する。私の無効化の異能を、自分の命の最後の一線だと信じて疑わないんだよ。……滑稽だと思わないかい? 誰よりも私に死ねと言いながら、誰よりも私の生存を前提に暴れている。あんなに醜悪で、美しくて、退屈しない玩具は他にいないよ」
彼はふふ、と喉の奥で笑った。それは、裏切りと信頼が表裏一体となった、共依存という名の呪いを慈しむ男の顔だった。
「……玩具、か。君は随分と甘い『自分』になったものだね」
低く、温度を失った声が響く。そこに座っていたのは、ポートマフィアの最年少幹部時代の太宰だった。右目に巻かれた包帯、肩にかけた黒い外套。その背後には、彼が切り捨ててきた死体の山が見えるような冷徹な威圧感がある。
「私にとっての『彼』は、玩具ですらない。磨かなければ光ることのない、ただの不格好な石礫だ。芥川くん、と言ったかな。彼は私に認められたい一心で、その身を削り、肺を病ませ、血を吐きながら叫んでいる。滑稽なのはどちらだろうね」
黒衣の太宰は、酒には一切手を付けず、虚空を見つめた。その瞳には、芥川龍之介という少年に注ぐ、あまりにも冷酷で、同時にあまりにも「巨大な期待」という名の暴力が宿っている。
「彼は私という『言葉』を失えば、存在意義すら見失うだろう。だからこそ、私は彼を褒めない。認めない。絶望の淵で私を殺そうとするその飢えだけが、彼を本物の『禍犬』にする。彼に愛なんて与えてどうする? 彼は憎しみと、飢えと、私という絶対的な壁があるからこそ、この地獄で生き長らえられるのだから」
二人の太宰が語る「執着」と「支配」を静かに聞いていた三人目の太宰が、ようやく口を開いた。彼は、先の二人とは明らかに違う空気を纏っている。それは、何かにひどく怯えているようでもあり、同時に、救いようのない聖者に触れてしまった後のような、清冽な静寂だった。
「……君たちの話は、どちらも賑やかで羨ましいよ。誰かを『所有』したり、『教育』したりできるうちは、まだ世界に色が残っている証拠だ」
彼は、織田作之助という男と同じ場所に立とうともがいていた時期の太宰だ。その瞳は、二人の太宰が語るような対象に向けられた熱ではなく、手のひらからこぼれ落ちていった「砂」への追慕に濡れている。
「私にとっての彼は、何も求めてこなかった。支配も、依存も、期待も。彼はただ、隣で酒を飲み、私のくだらない自殺の四方山話に、呆れたような、それでいて優しい顔で相槌を打ってくれた。……ただそれだけのことが、どれほど私をこの世界に繋ぎ止めていたか、君たちなら理解できるだろう?」
彼は愛おしそうに、隣に置かれた空のグラスを見つめた。
「織田作は、私を『救い』なんて言葉で縛らなかった。ただ、あっち側(光の当たる場所)へ行けと、最期に背中を押してくれた。彼との関係には、中也とのような激しい共鳴も、芥川くんとのような歪んだ師弟愛も必要ない。ただ、彼という人間がこの世に存在したという事実だけで、私は死ぬまで孤独を飼いならすことができる。……執着なんて、そんな贅沢なものは、彼が死んだ瞬間に置いてきたよ」
三人の太宰治は、互いの顔を見ることなく、それぞれの酒を見つめた。
中也という「呪い」を愛でる太宰。 芥川という「刃」を研ぎ続ける太宰。 織田作という「光」に殉じようとする太宰。
「結局のところ」と、探偵社の太宰が沈黙を破った。「私たちは、誰かという鏡を通さないと、自分の形を確認できない、ひどく欠落した人間なんだね」
「欠落しているからこそ、埋めてくれる何かを、死に物狂いで手繰り寄せている」と、幹部の太宰が冷ややかに肯定する。
「それが、どれほど残酷な形をしていてもね」と、独りごちる青年の太宰。
カラン、と氷が鳴る。
「……さて」 砂色の外套の太宰が立ち上がった。 「そろそろ戻るとするよ。中也が私の部屋の酒を勝手に開けて、盛大にクダを巻いている時間だ。あのアホ面を拝まないと、どうにも一日が締まらなくてね」
「私もだ」 黒衣の太宰が、翻る外套と共に闇へ溶け出す。 「芥川くんが、まだ私の指示を待って震えている。もう少しだけ、絶望を与えてやらなくては」
最後に残った青年の太宰は、ゆっくりと立ち上がり、空のグラスに一瞥をくれた。 「……私は、もう少しだけ歩いてみるよ。織田作が見ていた景色を、私もいつか、本当の意味で見られるようになるまで」
三人の太宰は、それぞれの「愛」という名の地獄へと帰っていく。 後に残されたのは、琥珀色の光に照らされた、三つの空のグラスと、誰のものでもない溜息の余韻だけだった。