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あのような消極的な発言をした母親は、奈々子に会いたいと言っては
いままでのようにしょっちゅう奈々子に会いに来る。
いっそ邪険に二度と娘には会いに来るなとでも言ってやろうか、などと
思うけれど、その考えは思いとどまった。
私がまだ何かどこかに自分を救える突破口があるのではないかと模索し続けていたからだ。
何か行動を起こす時、娘が足手まといになる可能性もある。
縁を切るのはいつでもできる。
でもそれは今じゃない……そう思ったからだ。
理不尽な結婚生活を飲み込まされた日に桃は自分に誓った。
絶対自分のことは自分が守ると。
この日から誰にも相談できない桃は自分の中に話を聞いてもらえる
『さくら』という姿形もなく、全く存在しない存在に話をし、相談するようになる。
きっと犬やネコでもいればその子たちにその役目を担ってもらっただろう
けれども。
生憎桃の家にはそのどちらも飼っていない為、見えない相談相手を作り出す
しかなかったのだ。
別にそれは二重人格だとかというものではなく、いうなればとどのつまり、
独り言のようなものである。
『どうすれば今ある苦しみから脱出できるだろうか』
毎日桃は考え続けた。
身動きのとれないこの環境下で。
現在手持ちのカードはゼロ。
ストレスを抱え込んだ状況で、桃は大手通販サイトで見るともなく
見るという感じで洋裁の本を見ていた。
途中で別の本をクリックしたつもりが手元が狂いマウスがパソコンのどこかに
触れたのか? 見ていたページを弾いて別のページへと飛んだ。
そこにはモデルがさまざまなポーズをとっている本があった。
モデルは女性で……マッパだった。
そう裸婦モデルだったのだ。
どの人もその辺にいそうな普通の体型の人たちだった。
それでも?
パリコレなどと違って普通レベルでなれるのだと知った。
浮気……裸……モデル、点で繋がったと言うべきなのか、無理やりこじつけて
繋いだのかよく分からないけれど桃はモデル本を見て『これだ』と思った。
私の探していたものだ、きっと。
不確かではあるが本能がそう告げた。
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だけど、裸婦モデルなんてどこへ行けば募集しているのだろう。
所謂アイドル路線上のモデルだとか、女優さんでモデルになるだとか……
モデル事務所があるけど、芸能関連とは違うように思える。
芸術系になると思う。
閃いたものの、これじゃあ辿り着けないと思った。
あ~あ、落胆するしかない。
なんかっ、もう少しで望むべき不確かなモノが手に触れそうなのに……
この手に掴めそうなのに……見えているだけでとても手に届かないという
もどかしさを抱えて私はしばらく悶々と過ごした。
そんなある日のこと、母が娘に会いに来たのをいいことに、気晴らしに
最寄りの駅前ではなく少し足を延ばして学園都市駅前まで行くことにした。
電車に揺られ、久しぶりの車窓から見える景色を楽しんでいると
横に座っている男子学生の話し声が聞こえてきた。
耳があまり良くないのか?
大きな声で話をしていた。
「あの女性よかったのになぁ~。
家の事情で今月いっぱいで辞めるなんてな」
「植木先生がまたNice Bodyの女性を探して
くるんじゃないのか。あんま心配しなくても大丈夫だって」
「探すんじゃなくて、募集かけるんだよっ」
「あぁ、そうなんだ。
そりゃそうだよな、どこへ探しに行くっつうんだって、はははっ」
「そうだよ、裸になるモデルでその上きれいな女性って……
探しに行く場所どこだよって話」
「でもあれだよ、佳代子さんきれいだったからなぁ~、同じくらいのモデルは
無理じゃね?」
「ま、そこはあのおっさん、植木先生の手腕にかかってるよな。
来週あたりには大学の掲示板で募集かけるんじゃないかな」
「大学の掲示板なんてモデルになってくれるような女性が
見にくるのか?」
「歴代のモデルでそうじゃなかった人もいるみたいだけど案外バイトを探しに来る人
多いらしくて……佳代子さんも掲示板見た口みたいだしな」
「へぇ~、どんな人が来るのか楽しみだなぁ~。目の保養だからな」
「ほんとっ、植木はいい奴だよ。童貞学生の救いの主だよ」
「お前、恥ずかしいことをデカい声で言うなって」
「すまん、すまん……なははっ」
なんという、シンクロニシティ。
私の求めていた答えが、座する電車の席の横にあったとは。
トレビアーン。
私は買い物などどこかへうっちゃって、彼らに付いていくことにした。
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彼らが通う芸大は高台にあり、山間の広大な敷地に建てられている。
はて❔ 掲示板はいずこに……。
彼らの後をつけると言っても学生ではない自分が近距離で付いて行くのは
流石に難しいものがあり、校内に入ってからは単独行動することにした。
私が学生の頃は食堂の中にアルバイト募集の掲示板があったのを
記憶している。……ということでとりま、食堂を目指すことに。
生憎食堂がどこなのか分からなかったのと掲示板は一か所だけではなかったこと、
それとアルバイトの募集は学生向けばかりでメールなどを使い登録しないと
いけないらしいことなど私の求める募集は見当たらず、ひとまず
撤収することにした。
電話で直に教授に聞いてみるのが一番手っ取り早そうに思えた。
家に帰り早速大学へ電話をかけた。
◇ ◇ ◇ ◇
「絵画の授業を受け持っている先生にお聞きしたいことがあるのですが、
ご紹介いただけないでしょうか?」
「少々お待ちください」
思ったよりもあっさりと教授を紹介された。
その男性は植木芳夫と言った。
モデル志願者だと言うと、少し驚いた様子が伺えた。
けれど、どうしてモデルを必要としていることを知ったのか、ということは
訊かれなかった。
すぐに本題に入り、氏名年齢、住所電話番号メールアドレス、それとモデル歴などと併せ
他の事務所への登録の有無、身長とサイズ、絵や彫刻の裸婦モデルの可否、
勤務可能な時間帯などを明記し、着衣の写真と顔の写真を添付して送付するよう
指示された。
書類審査に通ったら当日水着か、なければ短パンとTシャツ姿になってもらいますと
言われる。
もちろん、その審査の時は女性スタッフも同席させますので、とのことだった。