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「夜に沈む日」
🟦←🏺 片思い
3
黒い夜空に時折銃声と爆発音が響く。空にはコピー用紙を丸く切り取って糊で貼り付けたような月が白々と浮かんでいる。
つぼ浦はコンクリートの地面の上に倒れていた。ダウンしてから結構な時間が過ぎていた。ただ身体の動かない時間は暇で仕方ない。暇つぶしに夜空の星で適当な星座を作ろうにも、煌々と照る月が邪魔でよく見えない。
大型犯罪は特殊刑事課の出番ではないが、今日はアーティファクト強盗に苦戦しているようで次々と無線から声が消えていった。ならばとライオットで大胆にも入り口から駆けつけたところ、まだ敵ギャングに出入り口を見張られていたのが運の尽き。名乗りを上げる前に撃つという、戦隊ヒーローを変身途中に殴るようなことをされてつぼ浦はあえなくダウンしてしまった。
幸い、ライオットはキャップが乗り回して前線で暴れている。こんな後方で倒れていても、無線のやり取りが聞こえるだけまだマシだった。
不意にけたたましいサイレンがつぼ浦の耳を貫いた。重たい首を無理矢理持ち上げると、つぼ浦の少し先に土煙を上げてパトカーが急停車した。
「オイ、まだそこの建物の上にいるぜ!!」
ライフルを片手に飛び降りてきたのは青井だった。つぼ浦が警告するのと同時に屋上から放たれた弾丸が首や足に当たる。しかしそれを意にも介さず撃ち返す。
「やったやった、最後の一人!」
無線の先から『ナイス~!!』という無数の声が聞こえる。青井は無線で事件の収束を告げ、それから犯人の護送など割り振りをしている。
「……俺しかいないからってもう少し隠したほうがいいんじゃないっすか?」
無線が途切れたのを見計らって、つぼ浦は倒れたまま青井に声をかけた。
「はは、弾丸程度じゃ一瞬で治るから出血もしないからね。相手も当たったことさえ気づいてないよ」
「まずい、地上が強いアオセンなんてアオセンじゃねぇ」
「必勝法がわかったんだよ。エイム悪くても自分が死ななければいずれ当たるから、倒せる」
「チクショウ、博打よりひでぇ、これこそ賭博罪だぜ。イヤ、詐欺罪か?」
ブツブツ文句を言うつぼ浦の横に、青井がしゃがみ込む。顔や傷を覗き込み、つぼ浦の様子を慎重にうかがっている。
「……大丈夫?身体変だったりしない?」
妙に不安そうな声だった。つぼ浦がうなづくと、ただのダウン者にかけるにしては大きな安堵の息が鬼の顔の向こうから聞こえた。
それから青井はつぼ浦の身体を掴んで引きずり起こしにかかった。思わぬ助けにつぼ浦は目を輝かせた。
「エ、もしかして回収しに来てくれたんっすか?!」
「ダウンしてかなり時間経ってるでしょ、ちょっと、流石に心配で」
「助かったぜ、さすがアオセンだぜ」
「だってお前リスポーン……記憶をなくしかねないから」
「変なことを言うんだな、俺は記憶をなくしたことなんてないぜ」
「それがもうなくしてるんだって、前科ありなんだよ」
「アァ?水掛け論か?」
「かかってんの、水はもうお前に!」
埒が明かなくなる気配を察して青井は強引につぼ浦の腕を掴み、図体のでかい身体を肩に担ぐ。長すぎる足はゴリゴリ引きずりながらパトカーへと運んでいく。
鬼のヘルメットのせいで表情は見えないが、青井の白い喉が何度か動くのにつぼ浦は気づいた。弾丸がかすめた額から未だに大げさに血を流すつぼ浦の顔が、青井のすぐ横にあった。生唾を飲む音さえも聞こえてつぼ浦は目を見張る。
「……飲みたいなら、いいっすよ」
つぼ浦は引きずられながら小声で聞いた。しかしそれに返事はない。つぼ浦は後部座席に押し込まれ、無言のままパトカーは走り出した。
*
「つぼ浦、ザマァねぇな」
「んだとこのヤブ医者ァ!!」
つぼ浦と神崎の言い争う声が病院のロビーに響き渡る。犬猿の仲、トムとジェリー。理由がなくても煽り合う二人が揉めているのを、もはや他の救急隊員たちも気にかけない。
「起こしてやったのになんだよその言い草は」
「診察台から二回も落としといて何様だ?どうやら暴行罪がお望みらしいなぁ?」
「それはお前が暴れるからだろうが!」
「あぁ?!患者のイテェところ持つやつが悪いだろうが!」
「はいはい、おしまいおしまいー」
つぼ浦がスマホを出して請求書を切ろうとした瞬間、青井が手をパンパン叩きながらつぼ浦の背後に立った。
「戻ってきてくれたんすか?よかった、こいつ引き取ってくださいよ!!」
「うーん、やめとけばよかったかな」
犬ならまだグルグル唸っているような状態のつぼ浦の首根っこを掴み、青井はため息をつく。松葉杖で何もできない代わりにこっそり請求書を切ろうとするつぼ浦の手をついでにパシッとはたいた。
「らだおさん病院で会うの久しぶりっすね、来てくれて助かりましたよ。さすが対応課」
「その呼び方は本当にやめてほしいんだけど。まあ後輩も増えたし、危ない前線には率先していってもらってるからね」
青井はつぼ浦のことをツンツン指差す。とても釈然としないが、ここで騒動を起こしても分が悪いのでつぼ浦は忌々しげに唇を噛んだ。
「ヘリは楽だよ、あまり怪我しないし、上で飛んでるだけだし」
「んなことないでしょ、それ新人が聞いたらひっくり返るぞ……」
「はは、じゃあね。ほら行くよ」
青井に襟首を掴まれたままつぼ浦はロビーから外に引きずり出された。お大事にしてください〜という女性陣の声と、二度と来んなお大事に!という神崎の罵声が背中にぶつかる。
「止めんなよ、アイツに暴行罪切れたのに!」
「やめとけ、神崎で小銭稼ぎしないの」
つぼ浦お得意の救急隊ファーミングを水際で阻止し、青井はため息をついた。
「なんで来てくれたんっすか?」
さっさと歩く青井の後ろをつぼ浦は松葉杖でヒョコヒョコ追いかける。
「俺が搬送したんだから帰る足ないでしょ」
「じゃあ一回帰るなよ、待っててくれりゃいいのに」
「ちょっと用事があったの。救急隊に送ってもらうのも忍びないし」
「んだよ、用事って……」
サッパリとした返答につぼ浦は落胆した。もしかするとつぼ浦だから駆けつけてくれたのかもしれない、と思っていたが、青井は誰にでも均等に優しく均等に興味がない。
つぼ浦はモヤモヤしたまま水色に塗装された青井のパトカーの助手席に乗り込んだ。運転席の青井のことをチラリと見ると、服にまだ穴が空いていた。着替える前につぼ浦を迎えに来たようだ。
ドアを閉めると密閉空間にフワッと新しい血の匂いがした。先程の戦闘で青井は首や足にもろに弾丸を食らっていた。その怪我が再生した分を補うために血を飲んだのだろう。
血まみれのつぼ浦を支えているときに喉まで鳴らしていたのに、そんな非常時でも飲んでもらうことができなかった。さすがのつぼ浦も胸の奥が重くなった。
「……俺の血、じゃないんすね」
「怪我してるのに飲めないでしょ、傷口に塩どころじゃないやん」
「流れるだけ無駄なんだから飲んでもよかったんだぜ。源泉かけ流しだぞ」
「はいはい、また今度ね」
「本当か?怪我したからたくさん血がいるんじゃないっすか?さっき結構撃たれてたよな」
「もう飲んできたからいらないよ」
毎度のやりとりだ。青井はつぼ浦の献身を受け取らない。献身と言っても固く握ったままの拳を無理やり開かせて愛を握らせようとするようなやり口だ。その拳で殴られないだけマシなのかもしれない。
「絶対俺の血、美味しいと思うぜ」
「そうだね」
つぼ浦はチラリと青井の顔を見るが、鬼のヘルメットの下の表情は伺えず、青井は車を走らせながら前方から目をそらさない。
つぼ浦の願いは変わらない。どうにかして青井を振り向かせたい。視界の中に入りたい。血を飲んでもらいたいし、どれだけ恋焦がれているかも知ってもらいたい。しかし青井を振り向かせるような方法が、恋愛初心者のつぼ浦には思いつかなかった。
「……なんか美味しいものでも食べたの?寿司とか?」
「は?」
「そういうわけじゃないの?」
急に青井に問われてつぼ浦は焦った。いつもご飯を食べたあとに血の美味しさをセールスしているので、それを聞かれたのだと数秒ののちに気づいた。
つぼ浦は答えようと口を開けて悩んだ。直前に食べたのがしなしなフライドポテトだった、というのもあるがそれ以上につぼ浦にはまだ最大のアピールポイントがあった。
「その……吸血鬼って汚れなき身体の血が好物だって言うだろ?だから俺、……チクショウ、俺は絶対美味いぞ!」
つぼ浦は当然処女で、悲しいことに童貞だ。恋愛初心者で性愛から逃げ続けてきたのはこの日のためだったのかもしれない。言うつもりのなかった対吸血鬼最強の切り札を勢いに任せて切った。
つぼ浦の返事を聞くためにアクセルから足を離していた青井が、その言葉を聞いてまた深くペダルを踏んだ。車体が強く揺れる。
「なら俺なんかにつきまとってる場合じゃないんじゃない?何言っても俺はお前の血は飲まないんだよ。つぼ浦くんも早く好きな人でも作って、それで早く”不味く”なれるといいね。……まぁ、無理かもしれないけど」
「ア!?いや、ちが……違くもないんだが」
思わぬ角度で解釈され、返ってきた冷たい言葉につぼ浦は焦った。
車は本署の駐車場に停まる。先にドアを開けた青井が車体に手をかけ、助手席に座ったままのつぼ浦に不快そうに言った。
「俺なんかで操を立てんなよ。……秘密を黙っててくれてるのは正直、助かってるけど。お前の将来までは面倒見きれないからね」
「ちげぇんだアオセン、俺は、」
「違わないだろ。そんなんで人生狂っても俺のせいにしないでよね」
「……っ、埒が明かねぇ」
最悪な方向に誤解された。つぼ浦は歯ぎしりする。吸血鬼に噛まれたいから純潔を保っていたわけがない。人生の中で青井以外に強い恋慕を抱くことがなかっただけだ。
しかしつぼ浦の一方的な献身を青井が重荷に感じるのも仕方ない。吸血鬼のステレオタイプを押し付けたのも嫌味と捉えられたかもしれない。
青井は鬼の面の向こうで聞こえるほどに大きなため息をついた。つぼ浦の目の前で無情にも車のドアは閉まり、さっさと歩いていく後ろ姿だけが見えた。
つぼ浦はすぐにでも追いかけようと思ったが、ドアに掛けた手がどうしても動かなかった。
「チクショウ、……ちげぇっての」
湿っぽいため息が車内に落ちる。今の会話でわかったのは、青井はつぼ浦の将来を心配してくれたのだということ。そしてつぼ浦は本当に恋愛の眼中に入っていない、ということ。よくてただの吸血鬼ファン。悪ければ……それを考えそうになってつぼ浦は首を振った。
口から重たい息だけが落ちる。一方的に好きでいることは楽なのに、愛されようとすると恋愛という怪物は牙を剥く。青井がいるだけで楽しくて、なにかやらかすとすっ飛んでくるのが嬉しくて、それだけでも良かったのかもしれない。吸血鬼なら純潔な血が好きなはずだ、と勝手に一歩踏み込んでしまったことをつぼ浦はひたすら後悔した。
心が重い。身体も重く、つぼ浦はそのままぐったりとシートに背中を預けた。深呼吸をすると青井のタバコの香りが鼻をくすぐった。現実とは裏腹に好きな人の名残だけが甘ったるく側にいる。
「……アンタのことが好きなんだぜ」
青井の苦い言葉を思い出し、つぼ浦はゆっくり目を閉じた。
もし青井のせいで”不味く”なれるなら、それは幸せなエンディングだろう。しかしどうしようもないくらい太い線を引かれてしまった。人としても、吸血鬼としても。
「なんで俺は駄目なんだよッ」
自分なら支えられる、と歓喜して始まった関係は、無情な断絶を突きつけられて風前の灯火だった。
胸が焼けるように苦しい。どうしても青井の「特別」に収まりたい。拒絶されてもなお、つぼ浦の恋心は消えてくれなかった。
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