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パーティー会場から私は外へ出た。


「はあぁー」

無意識のうちに声が漏れる。


私の中で、奏多さんは思い出の人になったはずだった。

もう二度と会うことのない幻の人。

シンガポールで過ごした数日は私にとって夢の時間で、大切な宝物にするつもりでいた。

それが・・・

なんで再会してしまったんだろう。

それも大企業の副社長。

私なんかには近ずくこともできない人になって表れるなんて、惨すぎる。


これからどうしよう。

総務の新人なんて副社長と顔を合わせることはないはずだけれど、同じ会社にいるって思うだけで私には辛い。

同じ建物の中にいて会えないのも苦しいし、噂話が耳に入ってくるのも嫌だ。

私の知っている奏多さんと副社長は別人だといくら思おうとしても、実際見えるところにいられれば気持ちは揺らぐ。

こうなったら、春からの契約延長は希望せずに別の就職先を探そうかな。


「芽衣」


え?

この声は・・・


「芽衣」

もう一度呼ばれ、私は振り返った。


***


「蓮斗」


自分の声が震えているのが分かる。

できることなら会いたくなかった。


「そんなに嫌そうな顔をするなよ」


たった数か月前まで、愛する人だったはずの蓮斗。

あんなに大好きだったのに、今は同じ場所にいるのもつらい。


「久しぶりだな」

「うん」

「ずっと避けているな」

「それは・・・」


理由は蓮斗にもわかっているはずじゃない。


「仕事を辞めて、アパートを出て、電話にも出ない」

「だから、それは」


新しい彼女ができて、私の勤める会社に誹謗中傷の書き込みをされて、日に何度も無言電話がかかってくる。

そんなことされれば逃げて当然。


「芽衣、戻って来い」

「はあ?」

さすがに声が大きくなった。


この状況で、真顔で『戻って来い』なんて言える蓮斗はやはり普通じゃない。


「もう働かなくていいから、一緒に暮らそう」

「蓮斗?」


この人は一体何を言っているんだろう。

私がそんなことを望んでいると本気で思っているのかしら。

バカらしい。


***


「そうだ、マンションを買おうか?今のところじゃ2人では狭いし、この先家族も増えるかもしれないしな。親父に言ってよさそうなところを探してもらうよ」

「ちょ、ちょっと待って」

「やっぱり都心がいいよなあ」


一人で勝手に話をすすめようとする蓮斗の側に私は歩み寄った。

ここではっきり言わないと、ずるずると関係が続いてしまう。

私は決心して蓮斗と向かい合った。


「蓮斗落ち着いて。私は蓮斗と暮らせない。もう別れたんだから」


簡単には理解してもらえないのかもしれない。

何度も繰り返してわかってもらうしかない。


「なあ、芽衣」

「何?」


グイッ。

「キャー」


いきなり髪をつかまれ、引っ張られ、悲鳴を上げた。


「芽衣のこの髪、俺は好きだよ」

言っている言葉は穏やかなのに、髪の毛が抜けそうなほどの力で引っ張る蓮斗。


「お願い、やめて」

私は必死で訴えた。


そう言えば、蓮斗はこんな人だった。

一見優しいのに、気に入らないことがあると怒りだしてときには手が出る。

でも、それでも蓮斗のことが好きだったから、私がいけなかったのねと自分を納得させてきた。

それが間違いだったのよね。


***


「俺のマンションが嫌ならホテルの部屋をとるから、2人で話そう」

「・・・」

「なあ、いいだろう?」


グイッ。

さらに髪を引っ張る力が強くなった。


きっと、私が行くというまで続ける気だわ。

それでも、私は行きたくない。


グ、グィッ。


「ウ、ウゥウー」


もう無理。限界。

髪が抜けるー。


「やめろ」

突然男性の声が聞こえた。


私は痛みのせいで目を開けることもできないけれど、この声は聞き覚えがある。


「何だよ」

一瞬力を緩めて、蓮斗が声の主を見ている。


この時になって、私はやっと目が開けられた。

そこにいたのは、奏多さんだった。


「彼女、嫌がっているじゃないか」

「うるさい、俺とこいつの問題だ。お前には関係ない」


声を荒げ怒鳴り散らす蓮斗に、野次馬の視線が集まる。


「君はどうしたいの?」

黙っている私に、奏多さんが聞いてきた。


「私には話すことはありません。会いたくもないし、同じ空気を吸うのも嫌」

「ということだ。これ以上暴力を振るうなら、警察を呼ぶが?」

奏多さんは携帯をちらつかせて蓮斗を脅している。

しばらく奏多さんを睨んでいた蓮斗も、さすがに分が悪いとわかったらしい。


「クソッ。芽衣、覚えていろよ」

捨てセリフを吐いて逃げるように消えていった。


***


「大丈夫?」

「うん」


蓮斗に髪を引っ張られグチャグチャになった頭を奏多さんに撫でられた。

痛いけれど、今は蓮斗から離れてホッとした気持ちの方が強い。

あのまま奏多さんが現れなかったら、私はまた蓮斗のもとに戻っていたのかもしれない。

そう思うと、怖いな。


「行こう」

奏多さんがそっと肩を抱いた。


「でも・・・」

このままついて行ってはいけないと、私の本能が言っている。


蓮斗について行くことはバカな行動。

この先どんな厄介ごとが待っているかわからないし、自分の身を亡ぼす行為だと思う。

でも、奏多さんについて行ってしまうことも、同じくらい危険な行動。

まだ奏多さんの素性を知らなかった時ならともかく、今はもう平石奏多が何者なのかを知っている。

これ以上近づいてはいけない人だって、わかってしまった。


「そんな顔した芽衣を一人にできるわけないだろう?」

「奏多さん」


私は今、服も髪も乱れ、真っ赤な泣きはらした目をしている。

一人にできないって言う奏多さんの気持ちもわからなくはない。

それが奏多さんの優しさなんだろうと思う。

でもねえ・・・


「歩けないなら、抱えてもいいけれど?」

まっすぐに私を見る奏多さんの目は真剣で、どこか不機嫌そう。


「怒ってます?」

「ああ」


え、否定しないんだ。


「行くよ」

今度は力強く肩を抱かれ、私は歩き出すしかなくなった。


***


近くの路上に止まっていた黒塗りの車の後部座席に奏多さんと並んで座った。

運転席には初老の男性がいて、きっと奏多さん専属の運転手さんなんだろうと思う。

平石物産の副社長なら運転手付きの車があって当然。今着ているスーツだって、パッと見ただけでオーダーメイドの品だってわかる。

やっぱりこの人は、王子様なんだ。


私の方に視線を向けることもなく何を話す様子もない奏多さんを見ながら、この沈黙に耐えられなくなった私は

「何か、ありました?」

恐る恐る声をかけた。


どうやらかなり機嫌が悪そうだし、できれば原因ぐらいは聞いてみたい。

やっぱり、辛そうな奏多さんは見たくないもの。


「何で怒ってると思う?」

私の方は見ずに質問で返してきた奏多さん。


「仕事が大変なんですか?」

「そうだね。楽ではないね」


知ってます。だって、副社長ですから。


「でも、それが原因じゃない」


そうよね、奏多さんはできる人。

与えられたハードルが高ければ高いほど、燃えそうだもの。


「芽衣は、俺の不機嫌の原因が自分だとは思わないんだな」

「へ?」


思いもしなかった言葉に変な声が出てしまった。


***


私、何かしたっけ?

平石物産に勤めたのは本当に偶然だったし、シンガポールでも奏多さんの素性は知らなかった。

それに、私が平石物産の社員だって奏多さんは知らないはず。


「何で黙って帰った?」

「えっと、それは、」

シンガポールからって意味かな?


「せめて連絡先くらい残せよ」

「だって、私たちは」

その場限りの関係。

だからこそ思いを残してはいけないと思ったのに。


「俺は、すごく楽しかったし、もう一度会いたかったけれどな」


言外にお前は違うのかと聞かれている気がする。


「もう、会う必要はないと思っていました」

「かわいくないな」


フン、どうせ私はかわいくなんかない。


「じゃあどうして、この車に乗った?」

「それは、奏多さんが強引に」

「本当に嫌なら、さっきの元カレの時みたいに抵抗すればよかっただろう」


ウッ。


「大声を上げてでも、腕を振り払ってでも、芽衣は逃げられたはずだ」

「それは、」

「それをしなかったのは芽衣も俺に会いたかったからだろう?」


私は頭の中で必死に言葉を探した。

自分の気持ちを気づかれず、奏多さんが納得してくれるような都合のいい言葉を。


「いい加減諦めろって。そうやって言い訳を考えている時点で芽衣は俺のことが好きなんだよ」

「・・・意地悪」


ギロッと睨んだ私を、奏多さんが抱きしめた。


「ちょ、ちょっと」

運転手さんが気になって止めようとしたけれど、奏多さんは意地悪く笑うだけで離してはくれなかった。

逃げて、恋して、捕まえた

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