テラーノベル
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臨戦態勢の通達を受けた冒険者ギルドでは、冒険者たちがそれぞれの武器を手に取って外へ飛び出して行った。
招集がかかったのはBランク以上の熟練者。Cランク以下は待機命令が下されている。
雪が降り始めた風景の中、ユリウスが無銘を高く掲げて叫んだ。彼の両脇にはロビンとヴィーがいる。
「いいか、みんな! 無理はしなくていい。雑魚の魔物はドリファ軍団が食い止めてくれる。だからみんなは軍団の補助をして、打ち漏らした魔物の掃討をしてくれればいい。いつも通り、生きて帰るのを第一の目標にするんだ!」
「ああ、分かってる!」
「冒険者だからな。活躍の場所は兵士に譲るぜ」
たとえ熟練者であっても、冒険者は装備が貧弱で兵士とは比べられない。集団戦の訓練も受けていないので、下手に戦場に出れば足を引っ張ってしまいかねない。だからこその遊撃任務だ。
ユリウスはさらに言う。
「大物は僕に任せろ。いつも通りかっこよく仕留めてやるからね。さあ、行くぞ!」
「おお!」
気負わないユリウスの姿に、冒険者たちの緊張もいくらかほぐれたようだ。各々の武器を握りしめて、町の外へ向かっていく。
「ユリウス!」
雪の向こうに消えかけた背中に、ユーリは叫んだ。
生きて戻って。無事でいて。そう言いたかったのに、言えなかった。
振り向いた彼の瞳に、固い覚悟が見えたので。
「……幸運と、武運を!」
「うん、ありがとう。あなたに願ってもらえれば、百人力だね」
見送りの言葉を笑顔で受け取って、ユリウスは今度こそ雪の向こうに消えた。
後に残されるのは、ユーリたち職員や実力の乏しい冒険者たち。戦う力を持たない者たちだ。
彼らは祈るような気持ちで北の方角を見ていた。
進軍を始めたアウレリウスの元には、見張り塔や斥候隊からの報告が入る。
それらの情報を頭の中で整理して、彼は最善の布陣を考えた。
カムロドゥヌムの町から西に一番目の見張り塔に行って、その門に軍を通す。
その場所に魔物が集まるよう、斥候隊や冒険者たちの力を借りて誘導していたのだ。
魔物の群れはまだ見当たらない。
だが、確実に異変は起きていた。
魔の森の魔力が黒く染まっている。
その黒は魔法の才能を持たない者にすら明らかな濃度で、森全体を覆っていた。
「全隊、整列。基本隊形!」
ユピテル帝国の軍団の基本隊形は、三列構造を取る。
最前列は中堅兵。心身ともに充実した年頃で、経験も不足のない軍団の背骨である。
中列は新参兵。体力はあるが経験不足の兵たちが、最前列の次に控える。
そして最後列は老兵たちだ。体力に劣るものの経験は誰よりもある彼らが、しっかりと隊列を支えている。
三列の隊列を取ったまま、アウレリウスはウルピウスの防壁と魔の森までの距離を半分ほど詰めた。
ここまで来れば、散発的に弱い魔物と遭遇した。どの個体もパニックを起こしたようにでたらめに動いて、兵士たちに突っ込んでくる。兵士らは冷静にそれらを切り捨てた。
と。
魔の森が鳴動した。
大地が震えて木々が揺れる。どす黒い魔力が空に放たれる。
――オオオォォォォオオオォオ――!!
響き渡るのは、魔王竜の咆哮。先ほどよりも強く明確に発せられて、兵士たちを揺さぶった。
アウレリウスは北を、森の中心部を睨んだ。魔力感知を走らせた彼の目には、漆黒の巨体が身を起こしつつあるのが確かに視えた。
(頼むぞ、ユリウス……!)
森の鳴動に呼応するように、魔物が森から飛び出てくる。兵士らを目掛けて突き進んでくる。
「前進、停止! 補助兵は弓を使え!」
ユピテル帝国の軍団では、弓は補助兵の担当だ。兵士らの列の横に控えていた補助兵たちが矢をつがえて、いっせいに魔物の群れに向かって放った。
小さな魔物の多くは矢を受けて転がり、雪の上に鮮血の赤を撒き散らす。
魔物たちは切れ目なく現れる。小さく弱いものからだんだんと、大きく強いものへと種類を変えながら。
「中列、投げ槍を投擲!」
アウレリウスの号令に応じて、若い兵たちが投げ槍を投げた。ユピテル帝国の投げ槍は殺傷能力が相当に高い。
放たれた槍は中型の魔物の体に突き刺さり、突き破る。悲鳴と血しぶきが上がった。
けれども魔物の群れは尽きず次々と現れた。オーガ、ゴブリン、ブラックウルフ。どれもが血走った目で殺気をあらわにしていた。
だが、押し寄せる魔物の群れの最前列が急に姿を消した。
予め掘ってあった落とし穴に落ちたのだ。
落とし穴の底には先を尖らせた丸太がたくさん据えられている。かなりの数の魔物が穴に落ちて体を貫かれ、絶命した。
落とし穴は相応に広い範囲に渡って何重にも掘られている。積雪があるため位置が分かりにくく、狂乱した魔物たちは次々と足を取られては落ちていった。
しばらくは落とし穴と弓矢、前列と後列の兵の投げ槍で時間を稼いだが、それでも魔物の勢いは落ちない。
(狂っているな。八年前もそうだった。あの黒い魔力が魔物を狂わせるのだろう)
馬上のアウレリウスは戦場を見渡した。そろそろ落とし穴が魔物の死体で埋まる。突破されそうだ。
最前列の兵のさらに前に立って、彼は声を張り上げる。
「ここからが本番だ! 持ちこたえろ!」
「おおっ!」
兵士たちの声が応える。
落とし穴を乗り越えた魔物たちが、兵士に殺到する。
戦いの火蓋は切って落とされた。
魔の森の深部に向かって、ユリウスは走っていた。
魔物たちは後から後から湧き出るように現れて、いちいち相手にしていてはきりがない。
ロビンの索敵とヴィーの魔力感知を最大限に生かして、最小限の戦いで力を温存しながら進んだ。
Bランクはもちろん、Aランクの冒険者たちもとっくに脱落している。彼らは実力に見合った場所で、魔物の誘導や追撃に従事しているはずだ。
行く手を阻んだジャイアントスパイダーを斬り伏せた際、ヴィーが膝をついた。
「どうした。攻撃を受けたかい?」
ユリウスの言葉に、彼女は頭を押さえながら答えた。
「違う。この先は魔力が濃すぎて、感知ができない。無理に視ようとしたらめまいが」
ユリウスは先を見る。黒い魔力に侵された魔の森は、異様な気配に包まれていた。
「俺も索敵がうまくできない。殺気とか、そういうものが木や地面からも感じられるんだ」
と、ロビンが言う。
昼なお暗い森は陽光と降雪すらもさえぎって、むき出しの黒さをさらしている。
――標的が、魔王竜が近い。
その確信がユリウスの心を激しく燃え立たせた。
行こう、そう言いかけた彼の目の前に影が生まれた。
とっさに飛び退って抜刀、一閃。
崩れ落ちた影は黒い狼のもの。魔の森に出る中級魔物のブラックウルフによく似ているが、あまりにも魔力が濃すぎた。
その証拠にユリウスの一撃でさえ仕留めきれず、再度の斬撃でやっと絶命をした。
影は地面を這いずるように生まれて実体を持つ。見た目は他の魔物によく似ていたが、魔力の濃度と強度が違った。
「これはまた、ずいぶんなお出迎えだね」
三人は自然、互いに背を預けるように立つ。
次々と生まれる影の魔物は、じりじりと彼らに近寄っていく――。
魔の森の出口では、ドリファ軍団と魔物の群れの激しい戦闘が繰り広げられていた。
両者の間に距離はもはやない。
灰色熊の突進を数人がかりの盾で受け止める。勢いが止まった熊の体に何本もの剣が突き刺さり、悲鳴が上がった。
ゴブリン族の魔法使いが放った火球は、魔法兵たちの水の障壁が吹き飛ばした。無防備になったゴブリン族に弓矢と氷礫の魔法が襲いかかって殺した。
オーガ族の剛腕から繰り出される一撃をもろに受けて、兵士の一人が地を転がった。助けは間に合わない。彼はそのまま魔物たちに踏み潰され、命を落とした。
血の紅と雪の白が奇妙なコントラストを織りなす戦場のただ中で、アウレリウスは剣と魔法を振るいながら、戦いの|趨勢《すうせい》を見極めている。
彼が剣を二度振ると、伝令係のラッパが鳴った。それを聞いた兵士たちのうち、中央にいる者たちが徐々に後退していく。
退いた分だけ魔物は前に出る。まるで兵士たちの列を食い破ろうとするように、魔物の勢いは衰えない。
三列体制のうち最前列は既に使い物にならず、若い中列とベテランの後詰めで戦線を支えていた。
彼らの背後にはウルピウスの防壁。
人々の心の支えにして、最後の防衛線。
万が一にもこの壁まで魔物が到達すれば、壁を超えてしまえば。
カムロドゥヌムまで僅かな距離があるのみ。城塞都市とはいえ市民しか残っていない町は、あっという間に蹂躙されるだろう。友人と家族は殺されて、無惨な死体の山が積まれるだろう。
だから誰もが必死に戦い、守ろうとしていた。ここが最後の戦場であると、心に刻んでいた。
けれど戦線はじわじわと下がっていく――。
コメント
1件
うわ、ついに開戦ですね……! ユリウスの「生きて帰るのを第一の目標」って台詞が彼らしくて好きです。ユーリとの別れの場面も、言いたいことを飲み込んで「武運を」って送り出すところが切なくてじんときました。軍団の布陣や落とし穴の描写も具体的で、戦場の緊張感がすごく伝わってきます。ユリウスたちが森の奥へ進むにつれて魔力が濃くなって索敵不能になる展開、不気味で続きが気になりますね!
羽海汐遠
12,098
#魔道具職人
こはる
471
フユめん
190