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「なあ。なんで三田くんは黙ってばかりいるん? しかめっ面なんか、似合わないよ」
窓からの風を受けて、たおやかに少年は笑った。――ぼくの前で。誰の前でもこころを閉ざすぼくの前で。
そう言ってにこにことぼくに向けて笑う。机に添えた手が、ぼくのよりも随分と大きい。
「せっかく綺麗な顔をしているんだから、笑った顔見せてくれると嬉しいのになあ……」
それから、なにも言わないぼくの席へと、休み時間ごとに通い詰め、沈黙するぼくに話しかける。よっぽどの物好きか……馬鹿なのか。
ぼくは、最初は黙ってはいたが。笑い話をしたり、顔芸を披露するものだから、段々こらえきれなくなり、笑ってしまうこともあった。
――こんなに、単純に動かされてたまるかという抵抗力も虚しく、ぼくの衝動は突き動かされていく。
「うちもさー。親が裕福でさー。だから、きみの置かれてる状況は分かるよー。頼んでもないのに勝手に周りが反応するんだよねえ。そういう、他人の求める顔がさぁ、ほんとの自分の顔とは違ってたりしてさぁ」
久我は、ずばずばと核心を突く男だ。いつの時代も――どんなときも。
「でも、期待されてるのは、悪いことじゃないと思うんだよね。それだけ、きみがみんなに信頼されてることの証――なんだから。
そのからくりに気づいてからは、おれは、前向きに受け止められるようになったよ――現状を」
顔の見えない大衆に、名前がついていく。――田中。鈴木。伊藤。三村。
あいつはちょっと怒りっぽくて、感情が高ぶると机を叩いて笑う。――久我は。久我鍵斗は、よく笑う男だった。
彼のお陰で、血の通っていなかった領域に、あたたかな血が通いだす感覚を覚える。――周りは周り。自分は自分――。
そう割り切れば、周囲のどんな反応も受け入れられる――そう思った。
久我は、やがて、戦友となった。こころが強く繋がる……深く繋がれる友達に。
クラスが別になり、別々の高校に進学しても、おれたちの交流は続いた。――期待される側の苦悩を知る人間。久我は、おれの、ソウルメイトとなった。
一方で、未熟で、未成熟な『ぼく』のほうは温存されることとなり……二人の自分を有したまま、ぼくは成長過程を突き進んでいく。
* * *
「ああ……ああ、ああ……三田会長……!」
誰もいない生徒会室で会計の女の子を背後から愛しこむ頃には、おれは、『二つの顔』を使い分けるようになっていた。――ジキルとハイド。白と黒。表と裏……黒々とした自己を有す優秀な自分を。
薄いゴム越しに欲望を吐き出し、後処理を済ませ、部屋を出て行く。……こんなおれの裏の顔を知るのは、他に誰がいるだろう。女の子。……あまたの女の子。
注意深く、おれは、相手を選んだ。守秘義務を貫ける女の子。ぼくの裏の顔に触れることに快楽を見出す女の子。
――菅生智子のことが、苦い記憶として、ぼくのなかに残っている。――素顔を曝せば女の子は離れていく。――醜い、汚い自分を見せれば……。
結局、ありのままを曝せる女の子は、どこにもいなかった。
それは、大人になってからも同じで――。
眼鏡をかけることで自己を防衛し。クールな自分を保つ……激情など滅多に晒さない。それが、おれという人間の行動様式――だったはずが。
きみに出会ったことで、狂わされた――。
おれという人間の思考回路が混乱する。――本当に、自分があるべき姿を、追い求めたくなってしまう――。
これが、おれの、弱さなのだと思う。きみに晒すことで安心を得たい……自分のなにもかもをも受け止めて欲しい……素直な欲求。
きみは、拒むだろうか。こんなぼくを知って、失望するだろうか。おれは、きみではないから、それは、分からない……自分がどうなっていくのか。なにを求めているのか。
すべてを打ち明けたおれは、きみの反応を待った。――きみがどんな決断を下そうとも、受け止める覚悟を胸に抱きながら。
*