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その日、私は大学時代からの友人たちと会う約束をしていた。
そのことを告げた時、案の定太田の機嫌は悪くなった。この頃になると、同性異性に関わらず、私が友人たちと会うことを嫌がるような言動が以前よりも増えていて、彼と付き合うことに窮屈さを感じるようになっていた。
『自分の約束だから自分で行く』と告げたが、太田は心配だから送り迎えをすると言ってきかなかった。結局、彼に根負けする。そして私は今、極めて苦い顔をして運転する太田の車の助手席に、いたたまれない気持ちで乗っている。
目的地に着いた。
彼は店舗前に車を寄せる。
「ごめんなさい、ありがとう。行ってきます」
礼を言いながらシートベルトを外す。助手席のドアを開けようとした時、太田の手が肩にかかった。ぐいっと引っ張られて、いきなり首筋に歯を立てられた。ちくっと小さな痛みが走る。
「っ……」
太田が体を離した。痛みを感じた辺りを指で軽くたたく。
「俺の物だっていうシルシだ。……行っといで。時間になったら迎えに来る」
「い、行ってきます……」
動揺しながら彼の車を降りる。背中に太田の視線を感じながら、店に向かった。
店の前には数人の男女がいた。友人たちだった。その中の一人が私に気づいて声をかけてよこす。
「もしかして笹本?」
「えっと……」
「木田だよ。覚えてなかったな」
「いえいえ、そんなことないわよ」
彼とはゼミが一緒だった。当時それなりに仲が良かったはずだが、今まで会う機会がなく、正直に言うと、うろ覚えだった。
彼は私の顔をしげしげと見て、しみじみと言う。
「笹本ってこんな顔だった?」
「なんだか失礼な言い方ね」
「いやいや。こんなに綺麗な人だったら、俺、告白してたはずなのに、って思ったからさ」
「からかわないでよ」
木田のリップサービスに私は苦笑した。
「いやいや、ほんとに。どう?俺と付き合わない?」
「遠慮しときます」
木田と軽口をたたき合っていると、店から出てきた客と肩がぶつかりそうになった。木田が咄嗟に私の腕を引っ張ってくれたおかげで衝突を回避できた。しかしその弾みで、体ごと彼の胸元にぶつかってしまう。
「ご、ごめんっ!ありがとう」
「おぅ、大丈夫か」
木田から慌てて離れ、はっとする。慌てて振り返って見た視線の先には、太田の車がまだ止まっていた。まずいと思った。心臓が縮み上がりそうになる。
「笹本、店、入るよ」
友達の声に我に返る。
「今行くわ」
明るく返し、もう一度太田の車を確かめようとして、やめた。彼の表情を見るのが恐かった。
太田への説明を考えながらの飲み会は、心から楽しめなかった。ほぼ時間通りに終わり、二次会に誘われたが断った。
「また会おうね」
名残惜しそうに言って次の場所へと向かう友人たちの背中を見送る。ため息をつきながら、私は店の前で太田を待った。
彼は間もなく迎えに来た。
礼を言って車に乗り込む。車中はしんとしていて、空気が張り詰めていた。彼の不機嫌の原因を察しておずおずと口を開く。
「この前も言ったけど、今夜一緒に飲んだ男の人たちはみんな、大学のゼミで一緒だった人たちで、何もないですから」
太田は私を横目で見たきり、何も言わない。無言のままで車を走らせて向かったのは、誰もいないひっそりとした河川敷広場だった。
私は怪訝に思い彼に訊ねる。
「どうしてこんな場所に?」
しかし彼は黙然として自分と私のシートベルトを外す。車のライトを落とすなり言った。
「お仕置きする」
「え?」
訊き返したと同時に、太田は腕を伸ばして助手席のシートをガタンと倒した。私の両手を上に持ち上げてつかみ、いつの間に取り出したのか、ひものような物でヘッドレストに縛りつけた。
両手をはずそうとしてもがくが、ヘッドレストが邪魔をする。
「や、やめてっ!」
「出張用のネクタイ、こないだクリーニングに出したやつ、車に置きっ放しにしてたんだ。俺以外の男に色目を使ったバツだよ」
「色目なんて使ってない!」
「だめだ。俺だけ見てって言っただろ?もう忘れたのか?」
太田の手が私のブラウスの裾をまくり上げる。
「やめて……っ」
「やめないよ。これは笹本に分からせるために必要なことだから」
太田は私の胸元を露わにして、そこに舌を這わせ始める。
「んっ、いやっ……」
太田は唇を離し、逃げようとしてじたばたと動く私の背を抱いて抵抗を封じる。彼はスカートの裾からもう一方の手を潜らせて、ショーツの中で指を滑らせた。
自分の意に反して声がもれる。
「あっ……ん」
「笹本がよそ見なんかするからいけないんだぜ」
「よそ見なんかしていない」
吐息の合間に声を振り絞って私は反論した。
太田は私の言葉を無視して、首筋に舌を這わせながらショーツの中の指をさらに動かす。
「ほら、こんなに濡れてる」
嬉しそうな太田の言葉に、私は唇を噛んで声を押し殺す。
彼はくすっと笑うと、私の耳に囁いた。
「今日はこれで勘弁してやるよ。だけどこの疼きを鎮めてあげられるのは、俺だけだってこと、体で思い知って」
太田は優しい手つきで、ようやく私の両手の拘束を解いた。私を抱き起こし、倒したシートを元に戻す。乱れた私の着衣を丁寧に直し、シートベルトまでかけてくれる。
「帰ろうか」
いつも以上にねっとりと優しい声音に悪寒が走った。
これまで感じてきた違和感を「彼の愛ゆえ」と言い聞かせて自分を騙し、直視することを避け続けてきた。けれどこの時、確信した。彼の愛し方は、そこに例え愛があったとしてもそれは独りよがりで、私にとってはただの暴力でしかない。私のあれこれを把握しようとするのは、心配ではなく束縛だ。私の中に別れたいと思う気持ちが生まれたのはこの時だ。
一刻も早くこのことを太田に告げたかった。しかしなかなか言い出すタイミングをつかめずにいた。
二度と会うことはないと思っていた学生時代の元恋人が、私の目の前に現われたのは、そんな時だった。