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早朝だというのに、遠くからは声を張りながら素振りをし鍛錬に励む勇ましい男達の声が聞こえていた。
そんなものはBGMはならず、むさ苦しいだけで私は静かな林の中で時より聞こえる小鳥のさえずりに耳を傾け目を閉じていた。
すると、ザッザッ……と草を踏みしめる足音が聞こえ私は目を開けた。
「……どうして」
目を開けるとそこには、信じられないと言わんばかりの表情で私を見つめる翡翠の瞳を持つ青年、グランツがいた。
彼は手に持っていた木剣を握り直し、眉をひそめる。
そうして、ギュッと下唇を噛み、閉じていた口をゆっくり開いた。
「エトワール様」
「おはよう、グランツ」
私は、いつも通り挨拶をした。
すると、彼はさらに顔を歪め、一歩二歩私に近づいてきた。
けれど、私はその場から動かず、ただ彼の言葉を待った。
彼はばつが悪そうに、それでいて申し訳ない、顔向けできないとでも言うように私を見つめると俯いてしまった。
昨日の今日であんな別れ方をしたため、まさか私が来ると思っていなかったのだろう。
グランツの顔からそれらが全て伝わってきて私はふぅと息を吐く。
「……おはようございます。エトワール様」
「顔、あげて」
挨拶をすると見せかけ、頭を下げたままのグランツを私は見下ろしていた。
見下ろすのは気分がいいとかなんとか言う人がいるが、全くそんなことを感じる余裕も何もなかった。
私は、人と対等でいたい。
それは、身分も年齢も関係なしに。
「あげられません」
「何で?」
「俺は、貴方に許されざる事をしました。だから、どうか……」
「俺を許さないで下さいって……?」
「……ッ!」
図星だったのか、ビクっと肩を震わせてグランツは更に頭を深く下げた。
私はそんなかれの様子を見て呆れてしまう。
何だろう……堅いというか、何というか。
兎に角、さらに誤解されるのを防ぐべく私は口を開く。彼に何て言えば伝わるか、きっと遠回しも嘘も彼には通じないし、彼の心をさらに閉ざす原因になるだろうと考えた。
好感度は昨日から上がっても下がってもいない。
「あのね、グランツ」
「…………」
「私が剣術を教えて欲しいっていった理由、あれね」
「俺には、教える資格なんてありません」
「あるかないかは、私が決めること」
ピシャリと言い放つと、グランツはぐっ……と押し黙ってしまった。言葉が強かったかも知れないが、これぐらい云わないとグランツは反論してくると思ったからだ。
何だか、権力を振りかざしている人間に見えて、自分が仕方なくなってしまったため、私はそのまま続けた。
「剣術習ったら格好いいだとか、身を守るためだとか……それは本当なの。でも、一番は、貴方を私の専属の護衛にしたいから」
「……エトワール様」
本物の聖女であるヒロインの護衛騎士はグランツだった。
近衛騎士から専属の護衛騎士になった男、それがグランツだ。
だから、ヒロインに取られる前に私はグランツを手に入れたかった。確かに、攻略キャラだから手元に置きたいって言うのもあるけれど、それより何より私は彼の努力する姿に心を打たれたのだ。
昔の自分を見ているような気がして。
だから、彼には掴んで欲しいしその努力は実るんだと、無駄じゃないんだと教えてあげたい。
それを、この方法を彼は拒むかも知れないけれど、努力は報われるべきなのだ。
ただ、平民と言うだけで差別され、魔力がないからと護衛騎士になれないと夢を諦めているような目をしているグランツに希望を。
だって、今の私は聖女だから。
彼の希望になろうとするぐらい、許されるだろう。私は、女神の化身でも何でもないしただのオタクだけど、それでも他の人よりかは人の痛みを理解できると思う。
「護衛騎士は……近衛騎士から一人選ばれるのです。ですが、それは俺じゃない。力と実績のあるものが、選ばれるのです」
「でも、守って貰うのは私よ」
「…………」
「私は、グランツを私の専属の護衛騎士に任命したいの」
そう言うと、グランツはゆっくりと顔を上げた。
そして、私と目が合うと目を見開き驚いているようだった。
翡翠の瞳が大きく揺れ、その瞳にはしっかりと私がうつっていた。光を帯びた翡翠の瞳は宝石のように光を帯び輝きを放つ。
「何で、エトワール様は……」
「私は、努力は報われるべきだと思う。それに、私がアンタの事を気に入ったから」
「同情ですか?」
「そうかもしれない……けど、それだけじゃない。私に二回も木剣飛ばしておいて責任も取らずに逃げられると思ってるの!? その責任だって取って貰うし、アンタは私に教えるってあの日言った。口約束だけど、それでも約束は約束じゃない」
「確かにそうですが……」
「それとも何!? 主になる、私の命令が……騎士の誓いってそんなものなの!?」
私がたたみかけるように言うと、仰るとおりです。とグランツはしゅんと、叱られた子犬のように小さくなった。
その姿に思わずキュンとしてしまう。
確かグランツは、エトワールと同じぐらいか一個上だった気がする。十八か十九……いや二十だったか……正確には覚えていないのだが(リースしか興味なかったし)、中身二十一歳の私からしてみれば彼は可愛い年下と言うことになる。
だから、何というか……こう甘やかしたい衝動に駆られるのだ。
庇護欲をそそられ、母性本能がくすぐられてしまうというか。
私は、コホンと咳払いをして話を続けた。
「兎に角、私が言いたいことは……アンタは最高の騎士になれるって信じてるって事! 私は、アンタの腕を見込んで専属の護衛騎士にしたいの!」
「俺が、エトワール様の護衛騎士……に?」
「何? 文句あるわけ?」
「いえ、滅相もないです。ただ、俺で良いのかと」
「うん、いい。いってるじゃん、さっきから! 私はグランツが良いの」
そう伝えても、グランツはまだ何か言いたげな様子だったが、口を開くこともなく何も言わずただ黙って私を見ていた。
暫くの沈黙が流れ、その後ピコンと機械音がその空気を壊すかのように鳴る。
激しく彼の頭上の好感度は点滅し、30という数字を刻んだ。
私はその数字を見て、ニッコリと笑い心の中でガッツポーズを決めた。
それは、好感度が上がった喜びもあったが、何より私の言葉が彼に届いたという喜びの方が遥に大きかったからだ。
「そう、ですか……分かりました。俺は、貴女を守る騎士になります。そして、最高の騎士になることをここに誓いましょう」
グランツは、そう言うと胸に手を当て頭を垂れた。
それは、騎士の誓い。
私は、グランツを見てか細く微笑む。
しかし、きっと周りはよしとしないだろうと不安にも駆られた。私が言えばきっと何かしらの配慮を近衛騎士達はしてくれる。しかし、この国の、此の世界の平民というものは役に立たない、騎士になれるはずのない存在として、そして騎士となったグランツは平民上がりと言うことで邪険にされてきた。
だから、道のりはきっと険しいはずだ。
私は、そこまで考えて目を伏せた。
確かに、グランツの言うことには一理あるし、きっとまた大変な役目を彼に押しつけてしまったのだろうと思った。だが、後悔はしていない。
それに、彼本人が誓ってくれたのだから。
「そうだ! グランツ、私に剣術教えてよ」
「……また、その話ですか?」
「だって、本当に習いたいって思ってるし、グランツの姿見てやってみたいって思ったんだもん。いいじゃん」
そう言うと、グランツは少し困ったような表情を浮かべたが、直ぐに真顔に戻りため息をついた。
あからさまに。
「何故、エトワール様がそこまでこだわるかは分かりませんが、俺でいいなら教えましょう。そういう約束でしたから」
「やった!」
私が喜ぶと、グランツも嬉しそうに笑みを見せた。
それから、私とグランツは剣の稽古をすることになった。
と言っても、まだ身体が出来上がっていない私が本格的な鍛錬をすることは出来ないため、基礎的な素振りや知識を入れることに。
「うーん、昨日も持ってみたけど実際何度か振ってみると結構腕にくる……」
何度か素振りをすると、徐々に手の筋肉がつるような感覚におそわれ私は眉間にシワを寄せた。
それを見ていたグランツは、明日筋肉痛になるかも知れませんが。と人ごとのように言っていた。
やめたいとか、痛いとか言いたかったがここで弱音を吐くわけにはいかないと私は力み、剣を振り下ろす。しかし、一瞬気を抜いてしまったため、木剣は後方へもの凄い早さで飛んでいってしまった。
「あっ! まず……ッ」