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106 水野俊の番外編1
◇水野俊の胸の内
俊が胸のうちを吐き出して堪らなくなる日がきた。
本当は許されてもいないのに、桃の記憶喪失をいいことに愛されている
夫を演じているのだ。
桃を二重に裏切っているようでとても苦しくなる。
だから桃の気持ちを探りたくなって聞いてしまった。
「ね、もしもだよ、自分の旦那が浮気をしたとして
桃はどういう謝罪を受けたら許せる?
いやあのね、俺の友人が浮気をしてしまったんだけど奥さんが許してくれなくて
困ってるんだけどさ、その女性の立場でアドバイスというか何か突破口が
ないかと思って」
「その人によるんじゃないかしら。3回4回と浮気されても許せる人は
いると思うし。許せない人は一度でも許せないと思うわ」
「そっか……」
「ね、雪女の話知ってる?」
「へっ? あぁ、なんとなくざっくりと」
「確か、命を助けられた日にこの日のことは誰にもしゃべらないようにと
言われ約束するの。
でも姿を変えて現れた雪女と結婚し幸せな日々を過ごすうちに、あの日のことを
話してしまい、約束を破ってしまうの。
そのせいで、好きだった妻、つまりあの日の雪女が自分と子供たちの前から
いなくなるっていう話ね」
「あぁ、確かそんな話だったっけ」
「鶴の恩返しも知ってる?」
「うん、これもざっとだけど。アレだろ?
機を織っているところは見ないでほしい言われていたのに、覗いて
見てしまい、これもあれだね、娘に化けてた鶴がおじいさんの元を
去るんだったっけ」
「私は俊ちゃんが浮気をしていたら絶対許さないよ、
どんなことがあってもね。
嫌いになれないかもしれないけど、もう一緒には暮らせないと思う」
「どんなに謝っても?」
「うん、どんなに謝られてもね」
「そっか……。
ね、それでさっきの民話というか日本昔話にはどういう意味があるのかな?」
「約束は守った方がいいよねっていうことと、何でもかんでも暴かないほうが
いいってことを言いたかったの~。
ちよっと比喩が難しいけど、私の言いたいこと分かる?
じゃないと、失くさずに済んだものを失うことになるっていうことかな」
私は俊ちゃんが真実を私に話したくなっていることに気がついた。
黙っていることに耐えられなくなったのだろう。
浮気したことを奥さんに告白して許されたがっている俊ちゃんの立場と
日本昔話のキャラクターたちが犯した愚行とは微妙に少し違っているけれど
『真実を暴くことに意味はない』ということを精いっぱい伝えたつもりだ。
本当に言いたかったのは『真実だからといって、それを告げることが最善でもないのだ』
ということだったんだけどね。
これで、それでも俊ちゃんが耐えられなくなって酷い過去の真実を……
記憶を失くして幸せに暮らしている私に告白するというのなら、私は
娘に化けた鶴や雪女のように、今度こそ俊ちゃんの前から姿を
消さなければならなくなる。
私だって辛いけど、その時は今度こそバイバイだよ、俊ちゃん。
107 ◉完結 水野俊の番外編2
[水野俊の感じたことは……]
あまりに今の暮らしが幸せ過ぎて……本当は許されてもいないのに、
桃の記憶喪失をいいことに愛されている夫を演じていることが、桃を二重に
裏切っているようでとても苦しくなり、俺は犯した罪が許される道が
どこかにあればいいと願い、その方法を探したくなった。
それで桃に浮気を許すとしたら、どういう方法があるのか訊いてみた。
だが桃にはそんな道はないのだと断言されてしまった。
『何でもかんでも暴かないほうがいい。
じゃないと、失くさずに済んだものを失うことになる』とも、言われる始末。
浮気をされたとしたら桃はどういう謝罪を受けたら許せるのか?
と訊いた答えがこれだった。
俺は妻の答えに唸るしかない。
まるで、俺たちの過去を知っているかのような受け答えにさえ思えてきた。
俺は自分の問いかけに答えてくれた妻の話を重く受け止めることにした。
タラればで訊いたつもりだが、実際過去の妻は俺のことを絶対
許さなかったじゃないか。
だからこそ、現在答えてくれた
『私は俊ちゃんが浮気をしていたら絶対許さないよ、どんなことが
あってもね。
嫌いになれないかもしれないけど、もう一緒には暮らせないと思う』
これが全てなのだと思えた。
俺はつくづく甘い、甘えた人間なのだと再認識した。
許されたくて、くだらない真実を話してまた妻を
見失ってしまうところだった。
妻の記憶が戻らない限り、ずっと一緒に仲良く暮らしていけるのなら
少しくらい苦しくとも、その道を選ぼうと俺は改めて心に誓った。
ずーっとずーっと、桃とこの先も一緒にいたいから……。
――――― お ―― し ――― ま ――― い ―――――