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「殺す?」と目を丸めたミアは、持ち上げられ、宙に浮いた足をバタつかせながら抵抗した。
しかし桁違いな魔力で押さえつけるピートの力は強固で、締めずとも自然に呼吸ができなくなった。
「一思いに首をへし折るなど容易い。しかし、こんなものが私を縛りつける最後の欠片だと思えば、多少の名残惜しさも出てくるというもの」
「ぴ、ピートさん、は、離して……」
「愚か者フレア・ミアよ。我らアリストラ本国がなぜ滅びたか、よもや忘れてしまったとは言わせぬぞ」
「アリ、ストラ、が、滅びた?」
「甘さだ。貴様やメル、陛下のような甘さが、配下どもを増長させ、結果自分たちの首を絞めるもととなった。私やマセリはいつも忠告していたはずだ。情けは無用、反乱の分子は、一つ残らず根絶やしにしろとな」
「そんな、でも――」
「でもだと? 貴様らはすぐそう反論する。自らの愚かさを認めず、無意味な正論を振りかざし正当化する。それで国が滅亡していてはなんの意味もないということを理解せずにな!」
喋ることすらできぬほど強い力で握られたミアは、顔色が青紫色に変わり、抵抗することもできなくなった。
実力差は雲泥。メルローズほどの力があれば、互角の勝負ができたかもしれない。
しかしミアがピートに勝る部分は一つとしてなかった。逆転の目は万に一つもなく、いよいよ朦朧と視線が泳ぎ始めたミアを、ピートは無慈悲に投げ捨てた。
「なぜメルはこのような愚か者を助けるため、命を賭して戦ったのか。今となっては虚しく思うほどよ」
気を失い倒れたミアを見下ろしながら、手を開いたピートはせめて姿かたちも残らず消してやると魔力を溜めた。
誰もいなくなった会場の空に、黒く禍々しい魔力が立ち昇り、怪しい雲を作り出していく。
陽の光が遮られ、魔力に吸い寄せられた風が周囲を飛び交う。
耳を劈く音とともにミアの身体がふわりと浮き上がると、ピートの目前でピタリと静止した。
「護るべき存在が消え、生きる意味を失った私にとって、この空白の数十年がどれだけ苦痛なものだったか貴様にはわかるまい。のうのうと生きながらえ、あまつさえ再び奴隷に落ち、醜態を晒し続けてきた貴様には、私の苦悩など欠片も理解できまい!」
怒りのまま、浮かんだミアの頸動脈を遠隔で掴んだピートは、少しずつその力を強めていった。無意識のまま自分の首元を掻きむしったミアは、しばらくするとまただらんと腕を落とし、そしていよいよ静かになった。
「これで終わりだ。アリストラの歴史も、忌まわしい過去の記憶も、なにもかも。砕け散れ、無様な傀儡の成れの果てよ」
締める場所を首から体全体に変化させたピートは、巨大な手をイメージさせる大きな力で、ミアの全身を締め上げていく。
雑巾を巻き込むように身体が縮み、あまりの痛みから意識を取り戻したミアが悲鳴を上げた。しかし身動きはとれず、いよいよピートの右腕が最後の一息を加えんとした時だった。
後方から悲鳴のような、叫び声のような甲高い声が響き、すばしっこい子供の影が接近し、ピートの背後へ飛び上がった。
『 ッの野郎、ミアを離しやがれッ! 』
棍棒のように固められた土色の塊を持った何者かがピートに殴りかかった。
後頭部に棍棒が直撃し、金属が弾きあうような音が鳴った。
しかし微動だにせず首を傾けたピートは、半分だけ首を回し、残りを目玉だけギョロリと動かしながら、武器を手にした何者かの姿を見定めた。
「な、なんだコイツ、硬ッ?!」
ピートに殴りかかったのはロイだった。
空中で体勢を崩すロイの首を掴んだピートは、あまりにも冷静に、かつ冷淡な目で顔を寄せると、身なりと人相を足元から確認し、「はて」と呟いた。
「貧民街のガキか。不意打ちとはいえ、私に一発入れたことは褒めてやる。しかし残念ながら、こんな武器は私に通じない。私にダメージを与えたくば、一国の軍隊でも引っ張ってくることだ」
そのままロイを壁に投げつけるとすぐに、また別の声が会場を囲むように上がった。
一斉に飛び出した多くの人影が、一直線にピートへ飛びかかった。
「また貧民街のガキ? なんだか知らんが、鬱陶しい」
一歩も動くことなく子供たちの攻撃を躱したピートは、避けては振り払い、避けてはまた振り払い、無慈悲に子供たちを地面に叩きつけた。
最後の一人を地面へはたき落とし、そのままになっていたミアを一瞥した。
「まただ。こんな愚か者を命を賭けて守り何になるというのだ。黙って隠れていれば、このような目に合わず済んだというのに」
倒れた子供の頭を踏みつけながら、気絶したミアに「なぁ?」と語りかける。
しかし直後、また何者かがピートに殴りかかった。
「仲間からその汚ねぇ足を離しやがれ、クソ野郎!」
頭から血を流したロイが棍棒を振りかぶるが、今度は難なく躱され、首を掴まれてしまった。
ピートは足元の子供を蹴飛ばしてから、ミアの顔横でしゃがむと、掴んだロイの顔を近付けた。
「どうしてこんな奴を庇う。貧民街のガキならば、私の顔くらいは知っているはずだろう」
「う、うるせぇ、そんなの、俺が一番聞きてぇよ!」
「ふむ。となると、スキルか魔法の類で操られているか。しかしこの愚か者が、そのような高等技術を使いこなすとは思えんが……」
首を捻りながら、ロイがピートに唾を吐きかけた。
真顔で微笑んだピートは、唾を払うでもなくロイの顔を掴むと、爪を立て、ぐいと指先に力を込めた。
「一つ教えておいてやろう。私は昔から下民が嫌いでね、貴様のようなガキを見ていると虫酸が走るのさ。何度貴様らのような塵を、まとめて焼き払ってやろうと思ったことか。そうだな、であれば丁度いい。この街を全て燃してしまおう。祝いのセレモニーとしてお誂え向きだ」
ロイをポイと捨てたピートは、その場で目を瞑り、両腕を開いた。
そして鼻から思い切り息を吸い、肺が膨らんだところで息を止め、ゆっくりと目を開けた。
『 一人残らず、全員まとめて死ね 』
両腕に禍々しいほどの黒い炎が宿り、そのまま静かに浮き上がり上昇していく。
そして裏街全体を見通せるほどの高さで静止したピートは、ロイを中心に街を見下ろした。